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エメラルドの章 その6

 アルベールは目をみはりました。再びソフィアの肩を激しくゆすります。


「バカ、なにいってるんだ! そんなことできるわけないだろう。バカなこといってないで、早く起きあがるんだ」


 ソフィアのうでを肩にかけて、アルベールが無理やりからだをかかえ起こします。月を見あげて、アルベールは声をはりあげました。


「ビアンカ、助けてくれたのはありがたいが、悪いけどおれはここにはいられないよ。ソフィアだけじゃなくて、おれの仲間たちも大変なんだ。早いとこもとの世界へ戻してくれよ」


 しかしビアンカは答えずに、代わりにソフィアの声が耳元で聞こえました。祈りをささげるような、今にも消えてしまいそうな声で、アルベールに哀願します。


「お願い、わたしを封印して。アルならそれができるから。だってアルは、わたしの愛する人だから。だからお願い、わたしがみんなを、アルを傷つけてしまう前に」


 きっとここでうんといってしまえば、すべて正しい方向へと向かうのでしょう。戦争兵器であるソフィアは封印され、もうこれ以上罪を犯すことがなくなるのですから。他のイズンのエネルギーを吸収して、ずっと罪悪感をかかえてきたソフィアのことを想い、アルベールはうなずきました。


「わかった、おれはお前を封印……」


 アルベールは言葉を飲みこみ、そしてしっかりした口調で想いを完結させました。


「おれはお前を封印しない」

「どうして? アルは、わたしのことを愛していないの?」


 アルベールは首をふりました。


「そうじゃない。おれだってソフィアのことは大好きだ。旅を続けているうちに、お前といっしょに生きていきたいって、そう願うようになった。きっとこれが、愛するって気持ちなんだと思う」

「じゃあ、どうして」

「だからこそなんだ。だからこそ、ソフィアを封印してめでたしめでたし、なんて、そんな結末じゃいやなんだ。おれはソフィアと、まだまだ旅をしていたい。ソフィアといっしょにいろんな場所を見て、いろんな人と出会って、お前といっしょに生きていたい。お前といっしょにいたいんだよ!」

「そんな、そんなこといったって、どうにもならないでしょ! だってわたしを封印しないと、わたしはずっと戦争兵器のままで、それどころかアルだって矢で打たれて死んじゃうじゃない! どうしようもないのに、どうしてそんなこというのよ!」

「矢で打たれるからなんだっていうんだ!」


 肩で支えていたソフィアを、アルベールが急に抱きしめました。驚きで言葉を失うソフィアを、つぶさんばかりにアルベールは抱き続けました。ソフィアの胸の中で、なにか熱いものが砕けて、じんわりと広がっていくのが感じられました。抱きしめたままでアルベールは続けました。


「矢で打たれようと、魔法でやられようと、そんなのどうってことないさ。お前を失うつらさに比べたら、そんなの痛みにすら入らないよ。わかるか? 伝わるだろ、おれの胸の熱が。ソフィアを失うかもって思うだけで、胸の奥が熱く焼けていきそうなんだ。それなのに、本当にお前を失ってしまったら、きっとおれも焼け焦げちまうよ」


 アルベールがソフィアと顔をあわせました。いつも肩に乗っていたときと同じ距離のはずなのに、こんなに近かったことに、ソフィアは初めて気がつきました。しかしソフィアはグッとアルベールのからだを押しのけ、首をふりました。


「だめよ、そんなこといってもどうにもならないわ。わたしを封印する以外に、この世界を救う方法はないのよ。それなら封印するしか」

「いやだ。お前を封印するぐらいなら、おれが力ずくででもお前を止める。だからそんな悲しい顔するなよ。泣きそうな顔で、そんなこというなよ」


 ソフィアはハッと、自分の目を手でふれました。


「……ぬれてる。これは」


 驚きで見開いた目は、あのビーズのようなひとみではもうありませんでした。青紫色の、人間と同じひとみでした。あふれんばかりに涙をためた、人間と変わらないひとみでした。


「それは、涙だよ」

「涙、これが……」


 指についた水滴を、ソフィアはいとおしそうにながめました。そんなソフィアの頭を、アルベールは胸に抱き寄せました。


「涙だよ、それが。なあ、ソフィア。お前は戦争兵器なんかじゃない。涙を流せるお前が、戦争兵器であるはずがないだろう。だから、帰ろう。帰って、またいっしょに旅をしよう。二人でいれば、なんでもできる。そうだろ?」


 ようやくソフィアは、顔をあげました。その顔からは、迷いも、苦しみも、あれほどさいなんでいた罪悪感のかげも消えていました。


「ありがとう、アルベール。うん。帰ろう。わたしたちの世界へ。みんなのところへ」


 夜空の星が、きらきらと二人に降りそそいできました。魔法の月が、光を解き放ちます。足元のがれきは消え、二人は光の中へとまざりあうように溶けていったのです。




「これで、本当によかったのかしら?」


 二人が消えたあと、残された星空の下で、ビアンカの声がしました。声はしましたが、そのすがたはどこにも見えません。ただ、星が静かにまたたくだけです。星が見守る夜空から、シンシアの声が答えました。


「きっと大丈夫だよ。姉さんもそう思ったから、二人を元の世界へ戻したんでしょう」

「でも、ソフィアさんは戦争兵器のままだわ。それにまだルドルフが残っているのに。ソフィアさんを封印すれば、アルベールさんの気持ちは別にして、世界は確実に救われたはずなのに」


 心配そうなビアンカに、今度は別の声が答えました。


「心配ないですわ。あの二人なら、きっと世界を救うはずですわ。封印ではなく、共存で。人も、イズンも、魔法も、すべて共存できる。あの二人はその道を選んだのですから」


 かすかに雨の香りが、夜空にただよいました。声だけになった三人は、ゆっくりと夜空に吸いこまれて消えていきました。


いつもお読みくださいましてありがとうございます。

最終話まであと残り2話です。7/27に完結する予定です。

本日20時台にもう1話投稿予定です。

どうか最後までお付き合いいただけると幸いです。

また、7/28からは、同じシリーズの新作を投稿予定ですので、よろしければそちらもどうぞ♪

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