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ゴールドの章 その3

 アルベールのすぐ近くに、ソフィアと同じくらいの背たけのイズンが立っていました。豪華な飾りボタンがたくさんついた真っ白なコートに、すらっとしたキュロット、それに大きな羽のついた羽根つき帽子をかぶっています。こしには金で装飾された剣を下げています。


「そのかっこう、まるで貴族だな」

「無礼な、この下級市民め! このお方をどなたと心得るか!」


 今度はしわがれた声が聞こえてきました。不思議と背筋が寒くなるような、不吉な声でした。アルベールが首を持ち上げ、声の主を探しました。


「よいよい、ルドルフ。この時代の者が、余の名を知るよしもなかろう」


 少年の声が、ルドルフと呼ばれた男をさとすようにいいました。


「申し訳ありませぬ、ギュスターヴ殿下。殿下がお目覚めになるまでに百年もの月日が流れ、ユードラ王国のことを覚えておらぬ、無知な下級市民どもがこの国にあふれているのです。しかしながらこのルドルフが、殿下を長い眠りから解き放ったことで、再び世は殿下の治めるものとなることでしょう」


 しわがれた声が、次第に熱を帯びていきました。その間に、アルベールもその男の姿を見ることができました。血のような真紅のローブを着て、同じく真紅のフードをかぶっています。顔はよく見えませんでしたが、そのすがたはまるで、おとぎ話に出てくる魔法使いにそっくりでした。


「殿下って、このイズンが王族だってことか? じょうだんはよしてくれ、イズンがユードラ王国を治めていたってのか?」


 動けないアルベールの髪の毛を、ルドルフがしわだらけの手でつかみました。そして、無理やりに引っぱりあげたのです。


「まだ無礼なことを口走るのか、下級市民めが!」

「よい、ルドルフ。余はその者に聞きたいことがあるのだ。おい、お前」


 ギュスターヴが、アルベールに目をやりました。ソフィアと同じ、ビーズのようなもので目が作られていますが、金色に輝くその目は、ソフィアのそれよりももっと、強い輝きを秘めていました。


「なぜお前のような下級市民が、ユードラ王国の秘宝とともにおるのだ?」


 なにをいわれたのかわからず、アルベールはぽかんとしていました。ギュスターヴはいらだたしげに繰り返しました。


「余の質問に答えろ! なぜお前が、魔法技術の結晶である、ユードラ王国の秘宝とともにおるのかと聞いておるのだ」

「ユードラ王国の秘宝? おれがお宝を持っているような顔に見えるのか?」


 ギュスターヴはこしにかけていた剣を抜きました。剣のつかに、光り輝く金の宝玉が飾られていました。ギュスターヴのイズニウムでしょう。ギュスターヴはアルベールに剣を突きつけました。


「現に一緒にいるではないか。あのイズンは、我が国が創りあげた、対イズン用の戦争兵器だ」


 ギュスターヴが、剣をソフィアに向けました。ソフィアはこしを抜かしていたのでしょうか、がたがたふるえてその場に座りこんでいます。


「ソフィアがユードラ王国の秘宝? それに、対イズン用の戦争兵器って」

「やめてっ!」


 ソフィアが大声を張りあげました。ギュスターヴは少しひるんだ様子でしたが、すぐにクックと、あざけるように笑いました。


「なにをいうか、道具の分際で。そうだ、お前はユードラ王国最強の、戦争兵器だ。そして道具は、それを使うものに服従するべきである。余に従え。余に従って、ユードラ王国復興に協力するのだ」


 ソフィアはなにもいえずに、ただギュスターヴを見つめるだけでした。


「ギュスターヴ殿下、わしが思いますに、このイズンはまだ覚醒していないものかと。ゆえに戦争兵器としての力も封印されているのでしょう」


 ルドルフの言葉に、ギュスターヴは納得したようにうなずきました。


「なるほど。確かに波動は感じられたが、魔力は感じられないな。ルドルフ、お前はこのイズンを覚醒させることができるのか?」

「はっ、このルドルフの禁術を使えば、このものの封印を解いて、戦争兵器として覚醒させることができるでしょう」


 ギュスターヴがゆっくりとソフィアに向き合いました。人形なので表情が変わることはありませんが、それでもソフィアには、ギュスターヴの顔がにやっと笑ったように思えました。


「それなら話は早い。すぐに覚醒させよ」


 ルドルフが、じりじりとソフィアに近づきました。こしが抜けているソフィアは、はうようにしてあとずさります。


「やめて、来ないで」

「くくく、案ずることはない。わしの魔術で、殿下の右うでとして働けるようになるのだ。むしろ光栄なことと思うがいい」


 そういうと、ルドルフは頭をおおっていた、真紅のフードを取り去りました。


「あなたは……」


 フードに隠されていたのは、しわくちゃのほおに、はげあがった頭をした、意地の悪い顔でした。絶句するソフィアを見て、ルドルフは背筋が寒くなるような、しわがれ声で笑いました。


「久しぶりだな、ざっと百年ぶりだろうか。しかし驚いたよ、こんなところでリリーの忘れ形見に出会えるとはね」

「いったいどういうことなんだ? お前たちは、何者なんだ?」


 アルベールに聞かれて、ルドルフはギュスターヴをふりむきました。ギュスターヴがうなずいたので、ルドルフはアルベールに語り始めました。


「先ほどいったように、ギュスターヴ殿下はユードラ王国の王位継承者であられた。しかし、ユードラ王国は南のフィーゴ王国との度重なる戦争で疲弊し、ついにはフィーゴ王国の王都襲撃を許してしまった。進退きわまったギュスターヴ殿下とその父君は、わしにある禁術の使用を命じたのだ」

「禁術だって?」


 なんとか魔法のなわから抜け出そうともがきながら、アルベールが口をはさみます。ルドルフはふふんと不気味な笑みを浮かべて説明しました。


「そうだ、禁術だ。魔法使いがそこかしこにいた百年前にすら、ほとんどの魔法使いが使うことができなかった、失われた魔法だ。人間のたましいをイズニウムに封じ、イズンにすることで、半永久的な命を得るというものだ」

「人間を、イズンに? そんな技術があったなんて」


 言葉を失うアルベールを無視して、ギュスターヴはいまいましげにいいました。


「それは非常に複雑な術だった。ルドルフはまず父上に禁術をかけたが、失敗し、父上は灰となってしまった。残されたのは余だけとなった」


「ギュスターヴ殿下が、その当時若さにあふれた少年であられたことが幸いしたのだ。それに、わしは同じ術を()()失敗するほどもうろくしてはいなかった。()()()の正直とはよくいったもので、わしは殿下のたましいを、イズニウムに封じることに成功したのだ」


 ルドルフが自信たっぷりにいいました。ですが、ギュスターヴの口調は、さっきとかわらず怒りに満ちていました。


「禁術自体には成功したが、そのころにはすでにフィーゴ王国の攻撃が王宮にまでせまっていたのだ。その攻撃によって王宮は崩壊し、イズンとなった余はがれきに埋もれ、閉じこめられたのだ」

「がれき……?」


 ソフィアがちらりとアルベールに目をやりました。アルベールはなんとかなわをゆるめようと、からだをよじりながらもがいています。ルドルフたちに気づかれないように、ソフィアは急いでたずねました。


「でも、あなたはこうして自由にしているじゃないの! がれきに埋もれていたんじゃないの?」


 ルドルフがクックックとしわがれた声で笑いだしました。ソフィアをバカにしたように見おろします。


「殿下をそのままにして、わしがしっぽを巻いて逃げ出したとでも思ったのか? わしの禁術の実験……いや、大切な殿下をお救いしようと、わしは機会をうかがっておったのだ」


 ルドルフは肩をすくめました。


「禁術をかけたわしは、辛くも王宮から逃れることはできた。だが、ギュスターヴ殿下をお救いするには、長い年月を費やすこととなる。ユードラシールを襲撃したフィーゴ王国は、ユードラ大陸に残っていたほかのイズンの活躍によって、最終的には敗走することになった。首都が陥落しても、我が国のイズンはフィーゴ王国にとって驚異だったからな」

「そうか、それでユードラシールに戻って、そこのイズンを助け出したってわけか」


 はきすてるようにいうアルベールでしたが、ルドルフは首をふりました。


「わしもそうする予定だった。しかし、ユードラ王国に残っていた政治家たちは、ここぞとばかりにフィーゴ王国に和平を提案したのだ。その条件は、戦争の首謀者であるイズニストと魔法使いの拘束、処刑だ」


 ぎりりっと、ルドルフは奥歯をかみしめました。口に出すのもいまいましいという感じで、ルドルフははきすてるように続けました。


「腰抜けの政治家どもは、フィーゴ王国に抵抗していたイズニストや魔法使いをとらえ、そして処刑していった。すべての罪をわれらに被せたのだ。それにより、ユードラ王国は新たにイズンを産み出すものがいなくなり、徐々に衰退していった。そしてその結果がこれだ。ユードラ王国は崩壊し、ゆるやかなつながりしか持たない都市の集まりに変えてしまったのだ」


 ルドルフはまわりの廃墟を、苦々しげに見まわしました。


「かつての都であるユードラシールはこのありさまだ。それどころか、お前たちのような、イズニウムを発掘するトレジャーハンターたちがはびこることとなった。わしは耐えた。ずっと機会をうかがっておった。フィーゴ王国が他の国に滅ぼされ、魔法使いに対する迫害がなくなって、そこでようやくわしは殿下を、王宮あとから救い出すことができたというわけだ」


 ルドルフはそこで言葉を切りました。


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