アメジストの章 その15
あらかた廃墟になった町を見おろし、天使のソフィアはひたすらルドルフの命令を待ち続けていました。心を失った天使でも、魔法の月に照らされるのはここちいいのか、その顔には笑みがうかんでいます。
「どうだ、やつらは見つかったか?」
ルドルフの声が、魔法で伝達されてきます。地上を見ると、がれきの山にこしかけて、ルドルフがふんぞり返っているのが見えました。そばには創り変えられた、しもべのイズンたちが何体かいます。数が少ないのは、町を廃墟にするときにしもべもろとも建物を破壊したからだと、天使のソフィアはぼんやり思い返していました。雑念を消すかのように、ゆっくりと空を旋回してから、天使のソフィアは首をふりました。
「いいえ、人間のすがたも、イズンのすがたも、まったく見えません。わたしが創り変えたイズンが、わずかに動いているだけです。やつらもがれきに埋もれて死んだのではないでしょうか」
「いや、やつらはしぶとい。特にあのバカ王子二人は、がれきの山から生還しているからな。きっとどこかで身をひそめているのだろう」
「しかし、もうすぐ夜明けもきます。そろそろ次の町へ移動しませんか? この町のイズンはあらかた浄化したのですから」
いらだちを隠せないのか、ルドルフの声がとげとげしくなりました。
「お前はわしの命令に従っていればいいのだ。とにかくもう一度探せ。夜が明けて、他の町から応援が来たら面倒なことになる。なんとしてでも夜明け前に探し出すのだ!」
天使のソフィアは機械的にうなずき、それからつばさをはためかせました。エプロンドレスが風にゆらめき、青紫色の髪が目にかかります。髪を手でかきわけると同時に、白銀の刃がひらめきました。エプロンドレスのすそが切りさかれ、天使のソフィアは無造作に右手を見つめました。イズンなので血は流れませんでしたが、ひじから手首にかけてすっぱりと皮膚が切れていました。
「イズンか?」
白銀に輝く弓を出現させて、天使のソフィアは油断なくまわりを見わたしました。地上はもちろん、空にもイズンのすがたは見えません。目をすばやく走らせ、突然天使のソフィアは頭上を見あげました。大きく近く見える魔法の月から、まぶしい光がはなたれて、天使のソフィアの目が一瞬くらみました。
「やぁっ!」
声の主はシンシアと同化したソフィアでした。白銀の槍を勢いよく突き出し、月と重なったソフィアが天使に急降下します。天使は身をひるがえし、三日月の刃をかわそうとします。するとソフィアは、手首でくるりと槍を回し、刃の角度を変えたのです。エプロンドレスを切りさき、天使の左肩が刃でさけます。たまらず天使はつばさをはためかせて距離をとります。ソフィアも急旋回し、あとを追います。
地上から見える二人のイズンの戦いは、まるで流星が乱れ飛ぶように美しく見えました。もちろん当人たちは、どちらも必死で、美しさなどかけらもありません。距離をとられると天使が矢をはなつので、ソフィアは全力であとを追います。天使は、ふところに入られるととたんに弓矢は使えなくなるので、距離をとろうと全力で飛びます。白銀に燃える二つの流星は、燃え尽きるまで飛び続けるしかありませんでした。
「このっ、待ちなさいよ!」
ソフィアがどなり、天使のつばさに槍をのばします。天使はくるっと転回して、ソフィアの槍をかわします。つばさにぶわっと風を受けて、突然スピードをゆるめて、そこから一気に加速します。フェイントにかかったソフィアと距離をとり、天使は矢をかまえました。ソフィアもつばさでうまく風をつかみ、一気に滑空すると見せかけて急上昇したのです。天使が紫色の矢を連射します。ソフィアは左右にぶれながら飛び、狙いを外そうとやっきになります。追うものと追われるものの立場が逆転し、今度は天使が声をはりあげました。
「あきらめろ! 悪であるお前たちイズンが、わたしに勝つことなどできないのだ。おとなしく落ちろ!」
「だれがあきらめるもんですか!」
左右だけでなく、上昇と下降をくりかえすことで、ソフィアがだんだんと距離をつめていきます。天使は矢を連射したあと、風に乗って距離をとろうとします。逃げの手を打った天使を、追い風でスピードに乗ったソフィアが突進します。しかし天使は急に振り返り、一直線に向かってくるソフィアへと矢を乱射したのです。罠にはまったソフィアは、身をよじって矢をかわそうとしますが、紫色の矢がつばさの先をかすりました。空中でバランスをくずし、ソフィアはぐらりと落下します。急に進路が変わったので、乱射された矢の網はかわすことができましたが、うまく体勢を整えることができません。天使が勝ち誇ったように笑いました。
「終わりだ。わたしの矢はイズンを創り変える力を持つ。お前のつばさも、すぐにお前を害する刃となるだろう」
しかしソフィアは、なんとか墜落せずにつばさで風をつかみ、空中で静止しました。つばさはさっきよりもぎこちない様子ですが、創り変わる様子はありません。天使はいぶかしげにそのつばさを見つめました。
「どうなっている? この矢で打たれたものは、イズンであればすべて創り変えることができるはずなのに。まさかお前は、イズンではないのか?」
とまどう天使に、ソフィアはフンッと鼻をならして答えました。
「わたしはイズンよ、見ればわかるでしょ! たぶんだけど、あなたが自分を創り変えることができないように、わたしを創り変えることもできないのよ。だってわたしはあなただから」
「お前が、わたしだと? それはどういう――」
突然二人の会話に、ルドルフの罵声が割って入りました。人を不快にさせるあのしわがれ声で、ルドルフが天使をどなります。
「ええい、なにをしている! お前は戦争兵器だぞ、最高のイズンで、最強のイズンだろう! そんなちっぽけなイズン相手に遊んでいるんじゃ……うおっ!」
ルドルフが恐怖におびえた悲鳴をあげたので、二人のソフィアは同時に地上を見おろしました。ふんぞり返っていたルドルフに、アルベールたちがおそいかかっています。町の人たちも、残り少なくなったイズンを相手に、がれきを投げつけ奮闘しています。
「アル、それにみんなも、うまく地下を脱出できたんだね!」
喜びの声をあげるソフィアに、天使が矢をはなちます。余裕を持ってかわしたつもりでしたが、つばさに矢を受けたからか、身をひるがえすのが遅れました。ぎりぎりで矢をかわし、ソフィアは天使をにらみつけました。
「なによ、ちょっとみんなの様子をみるくらい、待っててくれてもいいんじゃない?」
天使はにらみかえし、そして鼻で笑いました。
「そうだな、待っていてやってもよかったかもしれない。確かにつばさは創り変わっていないが、うまく飛べないようだからな。創り変えるのではなく、使い物にならないようにしてやろう」
再び二人のソフィアによる空中戦が始まりました。しかしスピードでは天使に追いつくことができないので、ソフィアは矢をよけることだけに集中せざるをえません。天使は矢を連射して、ときどき旋回し、急上昇や急降下でフェイントを入れるだけでよかったのです。ソフィアはだんだんと追いつめられていきました。ですが、だんだんと目も慣れてきたようで、矢を槍ではじけるようにもなりました。つばさは飛ぶことだけに集中させ、最小限の動きで矢をよけ、よけられない矢は槍ではじきます。ソフィアは地上で戦っているアルベールたちに思いをめぐらせました。
――ルドルフさえ倒せば、天使のわたしへの支配魔法も消えるはず。そうなればわたしたちの勝ちだわ。ここで一番まずいのは、わたしがこいつにやられて、こいつがルドルフの加勢をすること。なんとかして食い止めないと――




