ムーンストーンの章 その3
シンシアが視線を、アメジストのイズニウムへと移しました。アメジストとムーンストーンが、もやのようなおだやかな光につつまれていきます。
「温かい……。ビアンカちゃんのイズニウムと同じ温かさだわ」
『わたしがソフィアさんを呼んだ理由は、あなたにビアンカ姉さんのことを助けてほしいからなんです』
月の明かりがわずかにかげり、シンシアは目をふせました。かげにかくれた表情は、人形のはずなのに泣いているように見えます。シンシアは静かに続けました。
『ソフィアさんは、ビアンカ姉さんのエメラルドを、肌身離さず持っていてくださいましたね』
「どうしてそれを?」
『わたしのムーンストーンは、他のイズンたちよりもエネルギーが少なかったんです。でも、かわりに他のイズニウムを感じる力が備わっていました。だからわたしはエネルギーを失ったあとも、ビアンカ姉さんのイズニウムをずっと感じていたのです。姉さんがずっとひとりで町をさまよっていたことも、井戸に身を投げたことも、そして、ソフィアさんたちと出会ったことも……。姉さんのぬくもりとともに、ずっとわたしは感じていました』
ムーンストーンが、再びやわらかな光をともしました。その光はソフィアのアメジストにも、じんわりと伝わってきました。
「だから、ビアンカちゃんと同じ温かさを感じたのね」
『ですが、姉さんのイズニウムを感じるからこそ、今、姉さんのイズニウムが危険だってわかるんです。ソフィアさんが肌身離さず持っていてくださったイズニウム。それを今、戦争兵器となってあやつられている、天使のソフィアさんが持っています』
「そんなっ!」
ソフィアの悲痛なさけびに、アルベールが思わず「大丈夫か」と口にしました。他のみんなもアメジストを心配そうに見つめています。
「ごめんなさい、お願い、続けて」
ソフィアにうながされて、シンシアは話を続けました。
『今はまだ、天使のソフィアさんは気がついていませんが、もし気がつかれたら、きっとイズンを創り変える力で、姉さんのイズニウムも変えられてしまうでしょう。だからわたしは、ソフィアさんを呼んだんです。ソフィアさんなら、姉さんを助けることができるはずだから』
「でも、わたしは肉体を失っているわ。それなのにどうやって助ければいいの」
ソフィアのアメジストが、あわい銀色の光におおわれていきました。シンシアのムーンストーンは、紫色の光をまといはじめています。シンシアが両手を前にさしだし、答えました。
『わたしのイズニウムに、ソフィアさんのイズニウムを重ねて。そうすればわたしのからだに、ソフィアさんのイズニウムが移ることができるはずよ』
「えっ、でも、そんなことをしたら、あなたはどうなるの? あ、もしかして今のわたしとダヴィデみたいに、両方がひとつのイズニウムを共有することになるのかしら」
シンシアは首をふりました。しっかりとアメジストと向き合いながら、はっきりした口調でシンシアがいいました。
『違うわ。魔法の月の光を受けていたとはいえ、二人の意識をとどめておくほどのエネルギーは回復していないわ。でも、一人だけならなんとかなる。わたしのイズニウムのエネルギーを、すべてソフィアさんに預ければいいの』
「だめっ!」
突然ソフィアがさけんだので、アルベールはがまんできなくなって、ソフィアを問いただしました。
「いったいなにを話しているんだ? おれたちにもわかるように教えてくれよ。もしかしたら力になれるかもしれないだろう?」
「シンシアちゃんは、自分が犠牲になって、わたしに自分のからだを預けるって。お願い、アルも説得して! わたしはビアンカちゃんのエネルギーを吸収してしまった。シンシアちゃんのエネルギーまで吸収するなんて、そんなのいやだもの」
『でも、これしか方法がないわ。わたしだけだったら、天使のソフィアさんと戦うような力はない。でも、わたしのイズニウムのエネルギーと、ソフィアさんのイズニウムが合わされば、きっと天使のソフィアさんと戦うこともできるはずよ』
アメジストの輝きが強まり、よりいっそう濃い紫色へと染まっていきました。ダヴィデが「アチチ」と右うでをふります。
「おい、ソフィア、落ち着けって。よくわからないけど、あの子、シンシアは、自分のからだをお前に差し出すっていっているのか?」
「そうなの、だからアルからも説得してよ! シンシアちゃん、わたしはそんなことできないわ。お姉さんだけでなく、あなたまで犠牲にするなんて」
アルベールがダヴィデの右うでをつかみました。アメジストに指でふれると、焼けるように熱く感じました。それでも指でしっかりふれたまま、アルベールがどなりました。
「どうしてお前は、自分が生きるためにエネルギーを吸収することを、犠牲だなんて思うんだよ! そんなふうに思うことこそが、今まで吸収してきたたくさんのイズンたちに対する侮辱だって、どうしてお前は気がつかないんだ!」
ウッとソフィアが息を飲む声が聞こえました。アルベールはかまわず続けます。
「じゃあエネルギーを吸収せずに、お前が死んじまったほうがいいのか? お前は生きたいんだろう? しっかり生きていきたいんだろう! なら、犠牲だなんて思ってうじうじしてないで、前を向くべきだろ! お前はこの子の姉に、ビアンカにそう誓ったんじゃないのか?」
「……わたしは、ビアンカちゃんにそう誓ったわ。でも」
『ソフィアさん、姉さんはあなたに感謝していましたよ。あなたのエネルギーとして、あなたに吸収してもらえて感謝していましたよ。だからわたしも、姉を救ってくれたあなたに、恩返しがしたいんです。あなたがあの天使を、そしてルドルフを止めることができなければ、ビアンカ姉さんも他のたくさんのイズンたちと同じように、創り変えられてずっと苦しむんです。お願いします。わたしのからだを使って、もう一度ビアンカ姉さんを助けてください』
シンシアがゆっくりと頭をさげました。みんなの視線が、アメジストへとそそがれました。長い沈黙のあとに、ソフィアのうわずった声が聞こえてきました。
「……ダヴィデ、シンシアちゃんのイズニウムに、あなたのイズニウムを近づけて」
ダヴィデがアルベールを見あげてうなずきました。アルベールはダヴィデをかかえて、祭壇の上で待つシンシアのとなりに運びました。
「あなたと、あなたのお姉さんのこと、忘れないわ。必ず助ける! だから、安心して眠ってね」
ダヴィデの右手にはめられたアメジストのイズニウムが、シンシアのムーンストーンに触れたとたん、まるでとけていくように紫色が移っていきました。ムーンストーンが紫色に染められていき、アメジストはじょじょに、ダヴィデのイズニウムだったサファイアへと変わっていきます。そして紫色に染まったムーンストーンは、形を変え、アメジストへと変わっていきました。
『ありがとう。ビアンカ姉さんのイズニウムを、お願いね』
シンシアの最後の言葉が聞こえたと同時に、シンシアだったからだは、目がくらむほどの紫色の光につつまれました。アルベールたちは思わず目をおおいました。
「つばさが、それに、これは白銀の槍?」
光が収まり、ようやく目をあけると、シンシアの背中に紫色のつばさが生えていました。そして手には、白銀にきらめく長いやりを持っていたのです。先端についた三日月形の刃は、闇も切りさいてしまいそうなほど、冷たく輝いていました。
「ソフィア、なのか?」
シンシアだったイズンは、小さくうなずき、祈るように目を閉じました。そして小さく、「ありがとう」とつぶやくと、つばさをはためかせて空へ舞い上がったのです。




