ムーンストーンの章 その1
「な、なあ、アルベール、オラ、やっぱりセバスチャンたちが心配だから、いったんセバスチャンたちのところへ戻ろうよ」
ダヴィデが声をふるわせてアルベールに頼みこみます。アルベールの代わりにソフィアが、バカにしたような口調でいいます。
「あんた、本当は怖いからそんなふうにいってるんでしょ。わたしにはすぐわかるんだから。まあでも、セバスチャンたちが心配ってのはよくわかるわ。アル、早く戻りましょ」
「いや、ソフィアの声だってふるえてるじゃないか。ソフィアも怖いんだろ」
「し、失礼ね! 怖くなんてないわ! ただ、セバスチャンが心配だから、それで戻ろうっていっただけよ」
はぁっとわざとらしいため息をついて、アルベールは肩をすくめました。
「いやいや、完全にまっくらだったらわからないでもないけど、この避難道、魔法の光でけっこう明るいだろ。こんなところでゆうれいなんて出ないって。それにだいたい、ゆうれいなんかよりルドルフや天使のソフィアのほうがずーっと手ごわい相手だろ。そいつらと戦わないといけないってのに、どうしてゆうれいなんかを怖がらなくちゃいけないんだ」
「でも、兄様。ゆうれいが怖いかどうかは別にしても、セバスチャンさんが心配だっていうのは、みんな同じですよ。やっぱりここは一度戻って、しっかり休んでから進むほうがいいんじゃないですか」
「おいおい、ギュスターヴまでなにいってんだよ。そろいもそろって怖がりばかりって、こんなんじゃ先が思いやられるぜ」
頭をかかえるアルベールを、エプロンがくすくすっと笑います。ばつの悪そうな顔をして、アルベールは早口で続けました。
「とにかく教えてもらった出口を確認して、それでとびらが開きそうだったら開けて様子を探る。もし天使のソフィアたちに見つかったら、そのときは戦う。単純だけど、作戦ってのは簡単なほうがうまくいくもんだ。ま、気楽に行こうぜ」
「ゆうれいがでるっていうのに、兄様はよくそんな能天気になれますね。ぼくはもう怖くて怖くて」
エプロンにかかえられたギュスターヴが、ぶるるっとみぶるいしました。
「そういえば、なんであんたアルのことを『兄様』なんて呼んでるのよ? 敵だったくせに、なれなれしいわね」
つっけんどんな口調で、ソフィアがギュスターヴにつっかかります。アルベールが「そうだった」と、頭をがしがしかきながら説明しました。
「そういや話がとぎれとぎれになっちまったから、ここらでちゃんと整理させておくか。とりあえずソフィアには、ルドルフの洗脳が解けたギュスターヴと出会った話からするか。お前たちも、おしゃべりしながら進んだほうが、怖い気持ちもうすらぐだろ」
「別にわたしは怖くないけど、まあ、ダヴィデとギュスターヴが怖いんだったら、しょうがないわね。わたしは怖くないけどね」
アルベールはハイハイと聞き流して、それから話をはじめました。ギュスターヴと出会ったところから、トリエステがタロットを使ってアルベールたちを逃がしてくれたところまでは、エプロンが途中で口をはさみながら。そしてギュスターヴの記憶の話は、ギュスターヴにときどき確認しながら。出口を見つけ、がれきでふさがっていることに落胆しながら、アルベールたちは話を続けました。ソフィアは決して聞き上手ではなく、ところどころでいろいろ質問したり怒ったり、リリーの話になると泣き出したりといそがしそうでした。それでもみんな、それぞれの物語を共有することができて、ずいぶんと距離が近づいたように感じられます。ちょうど最後の出口が見えたころに、ようやくすべての話を終えることができました。
「うーん、ここもだめだ。どうやら天使のソフィアは、町全体をがれきの山に変えちまおうって考えたみたいだ。まさかどこも全部ふさがってるとは。これじゃお手上げだぜ」
肩をすくめるアルベールでしたが、怖がり三人組はどうやらみんなほっとしたようです。気が抜けたのか、ダヴィデが声をはずませていいました。
「それじゃ、早くセバスチャンのところへ戻ろう。オラ、なんだか眠くなっちまった。とりあえず戻ってゆっくりしよう」
「あら、ずいぶん気がゆるんでるみたいだけど、本番はこれからなのよ。このあとセバスチャンたちと合流したら、地上に出る方法を見つけて、天使のわたしとルドルフを止めなくっちゃいけないんだから。だからそんなゆるい感じじゃ……」
ソフィアが言葉を止めたので、アルベールが首をかしげました。
「どうした? なにかあったのか」
「シッ! ……ねえ、みんな、なにか聞こえない? なにか、だれかが呼んでいるような声が聞こえるよね?」
ダヴィデがぶるっと身をふるわせて、アルベールにしがみつきました。ギュスターヴが怒ったように首をふりました。
「なにも聞こえないじゃないか! やめてよ、そうやってぼくたちをおどかそうって思ってるんだろう。ソフィアだって怖がりのくせに、どうしてそんないじわるするんだよ」
「違うわよ! そんなことするはずないじゃない。そうじゃなくて、本当に聞こえないの? ほら、また……『こっちよ』って、そういってるじゃない、女の子の声よ」
ダヴィデに思いっきりしがみつかれたので、アルベールがイテテと悲鳴をあげました。
「ちょっと静かにして! ホントに聞こえたんだから」
「うそだ! ぼくたちにはなにも聞こえないよ。悪い冗談はやめてよ、もう!」
「オラも聞こえねぇけど、ソフィアは本当にオラたちをからかってるんじゃないのか? もし本当に聞こえるんなら、それって、まさか……」
身の危険を感じたアルベールは、ダヴィデを無理やり肩から引きはがしました。じたばたするダヴィデを右手でつかんだまま、アルベールはソフィアを問いただしました。
「一応聞くけど、本当なんだな、ソフィア」
「アルまでわたしのこと疑うの? ホントだっていってるじゃない。ちょっと待ってね、とりあえず来た道を戻ってみて。さっき分かれ道があったでしょ。そこまで戻ったら、どこから聞こえてくるのかわかると思う」
半信半疑のアルベールでしたが、どちらにしても戻らなくてはならないので、とりあえずダヴィデを手でつかんだまま、階段を下りていきました。
「ね、聞こえてくるでしょ。だんだんはっきりしてきたわ。やっぱり、こっちよ、こっちよっていってる。女の子の声。でも、どこかで聞いたことがあるわ」
しかし、ソフィア以外にはだれも、女の子の声は聞こえてきません。アルベールはいぶかしげな顔をしていましたが、なにもいわずに進んでいきます。そのうちに分かれ道へとたどりつきました。
「ついたぞ、どうだ、どっちから聞こえてくる? 右か、左か」
右はセバスチャンたちの待っている、風車への道です。左はさっき確認した、町長の家へ続いています。しかしソフィアは、そのどちらも選びませんでした。
「どっちでもないわ。ていうか、ねえ、ホントにだれも聞こえないの? もうはっきり聞こえるのに。ホントに聞こえないの?」
「ソフィアさん、いったいどこから聞こえてくるの? 右でも左でもないなら、もしかして戻ってもう一度探したほうがいいの?」
心配そうにエプロンがたずねます。ソフィアは少し考えこんでいるようでしたが、やがてぽつりとつぶやきました。
「わかった、いうわ。でも、みんなわたしのこと、おかしくなったとか思わないでね」
「なんだよ今さら。そんなの当たり前だろ。それより早く教えてくれ。もしかしたらホントにゆうれいかもしれないからな」
アルベールの言葉に、ダヴィデとギュスターヴが同時にヒッと息を飲みました。そんな二人は無視して、ソフィアはわかったわといいました。
「その分かれ道の間からよ。壁の中から聞こえてくるわ」
アルベールは目を丸くしましたが、エプロンはすぐにうなずき、アルベールに下がっているようにいいました。
「おい、いったいなにするつもりだよ」
壁に向かって巨大包丁をかまえるエプロンを見て、アルベールは顔をこわばらせました。エプロンは壁に思いっきり包丁で切りつけたのです。ギィンッと鈍い音がして、包丁がわずかに刃こぼれしました。ですが、壁の向こうにゴーンッという衝撃音が響き、ぐらぐらと壁がゆれたのです。
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