ゴールドの章 その2
アルベールに聞かれて、ソフィアはあたりの気配に集中しました。
「もうそろそろだわ。ほら、そこの柱の下から感じるわ」
ソフィアが指さしたのは、横たわった柱の下でした。こけでびっしりとおおわれていますが、もとは立派な柱だったのでしょう。アルベールがこけを手でむしりとると、複雑な竜の彫刻が現れました。がっしりした柱を調べながら、アルベールがふうっと息をつきました。
「まさかと思うけど、これを動かせなんていうんじゃないよな?」
「動かさないと、イズンのエネルギーも、それにイズニウムだって手に入らないわよ」
ソフィアが、茶目っ気たっぷりな口調でいいました。アルベールは頭をがしがしかきながら、こしを落とし、肩を柱につけます。ソフィアはあわてて肩から飛び降りました。肩に全体重をかけて、柱をグーッと押しましたが、柱はびくともしません。
「あー、こりゃ無理だぜ。ホントにこんな柱の下に、イズンが埋まってるのか?」
「本当よ。もうほとんど波動は感じないけど、それでもこの下からだわ」
「よくそれでまだエネルギーが尽きないな」
アルベールが感心したようにつぶやきます。ソフィアは、エプロンドレスの胸についた、アメジストのイズニウムを手でさわりました。
「本当に、わたしたちイズンの輝きには驚かされるわ。もっと早くに輝きを失うことができたらいいのに」
アルベールが口を真一文字にむすんで、ソフィアを見おろしています。
「……ごめんなさい。わかってるわ、わたしはビアンカちゃんの分まで生きるって、決めたから。ただ、この柱の下に埋まっているだろう、イズンのことを思ったら、早く楽になれたほうがよかっただろうって思って。魔法の力でずっと生かされるなんて、残酷なことだわって思って」
「魔法、そうだ、ソフィア、お前魔法は使えないのか?」
突然アルベールにいわれて、ソフィアは首をひねりました。
「どういうこと?」
「だってお前、戦争のために創られたイズンだろ。それなら、この柱だって魔力を使えば、一気に吹き飛ばせるんじゃないのか?」
ソフィアは静かに顔をあげました。人形なので表情は変わりませんが、紫色のビーズでできた目は、にらみつけるようにアルベールを見あげています。
「ひどいわ、アル。わたしのこと、やっぱり戦争の道具だって思っていたのね」
「いや、そういうことじゃないけど、ただ、もし魔法みたいなことができるんだったら、これからイズニウムを探すのにも役立つんじゃないかって思ってさ」
しどろもどろになるアルベールから、ソフィアは顔をそむけました。
「魔法なんて使えないわ」
「じゃあ、どうしてお前は戦争兵器なんだ? もしかして、ソフィアの勘違いなんじゃ」
再びソフィアが、アルベールを見あげました。たじたじになるアルベールに、ソフィアはため息をつくようなそぶりを見せました。
「もしそうなら、どれだけ幸せだったかしら。でも、そうじゃないわ。ママを殺した魔法使いが、わたしのことを戦争兵器だって、そういったから」
「ママ?」
ソフィアはハッと、自分の口を押さえました。
「ママって、もしかして、ソフィアを創った魔法細工師のことか?」
「それは」
ソフィアが口ごもったときでした。二人の目の前にあった柱に、ピキピキッといやな音がして、ひびが入りはじめたのです。
「まずい、ソフィア!」
アルベールがソフィアをガシッとつかんで、横っ飛びでその柱から離れました。柱のひびが金色に輝き、ついにはドガンッという爆音とともに、柱が砕けとんだのでした。他の柱のかげにかくれたアルベールは、おそるおそる爆発した柱の様子を見ます。
「いったい、なんだったんだ? もしかして、下に埋まってたイズンが爆発したんじゃないだろうな?」
爆発の影響で、つちけむりがもうもうと起こっています。アルベールは柱のそばに行こうとしました。しかし、ソフィアがアルベールの肩をぎゅうっとつねったのです。
「いてて、なにすんだよ」
肩にしがみついていたソフィアを見ると、なぜかぶるぶるとふるえています。アルベールは首をかしげました。
「どうした? もう爆発は収まったから、大丈夫だぞ」
ソフィアは首を振り、それからアルベールを見あげました。
「アル、おかしいの、いつの間にかイズニウムの波動が、一つから二つに増えているの。一つはさっきまでと同じ、とても弱い波動だけど、もう一つはとても強い波動よ」
声をひそめるソフィアに、アルベールも目を凝らして、つちけむりの向こう側を見ています。
「そんな、どういうこと?」
再びソフィアが声をあげます。周囲の様子に神経をとがらせながら、いらだち気味にアルベールが聞きます。
「なんだ、今度はなにが起こったんだ?」
ソフィアが、ふるえる声でいいました。
「波動が一つ消えたわ。ううん、これは消えたんじゃない、吸収された……?」
「ほう、もう一体イズンがいたとは。しかもこの波動、まさか」
二人の会話に、少年のような声が割りこんできました。アルベールが声のしたほうを見ようとして、突然地面に倒れこみました。
「う、動けない……」
いつの間にか、アルベールのからだを、真っ赤な光の縄が縛りつけていたのです。身をよじって抜け出そうとしますが、どうしても抜け出すことはできません。
「抵抗してもむだだ。ルドルフの魔術はお前のような下級市民にはどうしようもない」
少年の声が、あざけるような口調に変わりました。アルベールは首をひねって、なんとか声の主を見ようとしました。そのすがたをとらえて、アルベールはがくぜんとしました。
「なんだ、お前は? まさか……イズンか?」
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