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アメジストの章 その9

 アルベールたちが、病院へと戻ってきたと同時に、カランカラン、カランカランッと、甲高い鐘の音が鳴りひびきました。


「なんだこれ? 結婚式でもあるのか?」


 いぶかしがるアルベールに、セバスチャンがまゆをひそめて答えました。


「いえ、これは警告の鐘です。このあたりの町では、なにか危険なことが起きたときに、鐘を鳴らして知らせる風習があるのです。しかしなにごとでしょうか?」


 すると、いきなりドアがバタンッと開いて、アルベールの治療をした男の看護師が飛びこんできたのです。看護師は早口でまくしたてました。


「なにのんびりしてるんですか! 鐘の音が聞こえなかったんですか、早く逃げてください!」

「逃げるって、いったいなにがあったんだ?」

「敵です、天使みたいなやつが、たくさんのイズンを引き連れて攻めてきたんです! 西の空に、紫色の光が見えて、それで――」

「ソフィアだ! あんた、どこでその光を見たんだ?」


 アルベールが看護師につかみかかったので、エプロンがあわててアルベールを引きはがします。


「落ち着いてって。西の空っていってたから、きっと忘れられた港からだわ。あなたたちはすぐに逃げて、あとはわたしたちがなんとかするから」


 看護師は目をむきました。信じられないといった顔でエプロンたちを見ていましたが、すぐに首をふりました。


「無理です、戦争用のイズンが、何体もいるんですよ、しかもその天使の光に当たったら、イズンはみんなすがたが変えられて、あいつの手下にされてしまうんです。いくらあなたたちでも、あんなのかないっこないですよ」

「そうか、じゃあやっぱりソフィアだな。それじゃあますます逃げるわけにはいかないな」


 アルベールの言葉に、エプロンたちもうなずきました。看護師はしばらくぼうぜんとしていましたが、やけくそ気味にいいました。


「わかりました、どうなっても知りませんからね」

「ああ、無理いってすまないな。よし、みんな行こう。ギュスターヴはセバスチャンがかかえていてくれるか?」

「かしこまりました。さあ、ギュスターヴさん、行きましょう」


 セバスチャンがギュスターヴをかかえようとしましたが、ギュスターヴは首をふって、ベッドから床に飛び降りました。どてっと着地には失敗しましたが、それでもギュスターヴは起きあがり、アルベールを見あげました。


「ぼくも戦います。兄様が戦うなら、ぼくだって!」

「おい、無理するな。お前が戦えるはずないだろう。おとなしくセバスチャンといっしょにいろ」


 アルベールが、ギュスターヴを捕まえようと手をのばしましたが、ギュスターヴはそれをするりとかわしました。


「兄様だってうでをけがしているじゃないか。それにぼくは決めたんだ、兄様にどう思われてもいい、それでも兄様のお役に立ちたいんだ。だってぼくは、ずっとずっと兄様のことが好きだったんだから」

「お前……」


 アルベールはがしがしっと頭をかきました。ギュスターヴからは顔をそらして、つぶやくようにたずねました。


「お前、さっきおれがいったことを気にしてるのか?」

「気にしてないって、そういったらうそになるけど、でも、ぼくはそれでもいいって思ってる。信じてもらえなくても、憎まれてもいい、兄様がいつかぼくを弟として受け入れてくれるまで、ぼくは兄様についていくよ」


 アルベールは、ちらりとエプロンを、そしてセバスチャンへと視線を移しました。二人ともすずしい顔をして、アルベールを見ています。アルベールははぁっとわざとらしくため息をついて、それからギュスターヴに右手をさしだしました。


「おれの肩につかまってろ。いっとくが右肩だぞ。左はけがして痛むんだから」

「兄様……ありがとう」


 ギュスターヴが、すばやくアルベールの右手をのぼっていきました。肩にしがみついたのを確認して、アルベールは看護師へと向きなおりました。


「すまん、待たせたな。それじゃあ案内してくれ。ソフィアを、その天使を見つけ次第、あんたはすぐに逃げてくれ。あとはおれたちがやる」

「……本当に戦うつもりですか。わかりました。逃げるぼくがいうのもなんですが、どうかこの町を守ってください」


 アルベールはドンッと右手で胸をたたいて、力強くうなずきました。




 真夜中だというのに、町の大通りは大騒ぎになっていました。カンテラをもった人々が、悲鳴とどなり声をあげています。急いで荷物をまとめたのでしょうか、ふろしき包みをせおった人が、手をつないで走り去っていきます。人の波に向かって、馬車をあやつる御者が道をあけるように声をはりあげています。逃げまどう人の波をなんとかかきわけ、アルベールたちは西のほうへ進んでいきました。


「うわぁっ! きたぞ、あいつだ! 化け物だ!」


 男の悲鳴がきっかけとなって、人の波はさらに激しくうごめいていきました。もみくちゃになって、それでも逃れようとする人々に、空から声が聞こえてきました。


「イズンの協力者たちよ、逃れようとしてもむだだ。イズンは悪。争いをもたらし、人間に敵対するもの。わたしの敵だ。そしてそのイズンとともに暮らす人間も、やはり悪だ。わたしはイズンを滅ぼすもの。イズンを滅ぼし、世界に真の平和をもたらすもの」


 空を見あげると、そこには真っ白なつばさをはためかせた、青紫色の髪の天使が飛んでいました。月の明かりが、白いつばさと純白のエプロンドレスを、さらにけがれないものに見せています。命のかけらも感じられないほどに、美しいそのすがたを見て、何人かは逃げるのをやめて見とれています。胸にはアメジストのイズニウムが、紫色の輝きをはなっています。と、突然ソフィアの手に、白銀に輝く美しい弓が出現しました。つばさを広げた白鳥のようなシルエットのその弓は、見とれているものたちにため息をつかせるほどに優雅なものでした。ソフィアは弦をピンと張り、紫色の矢がつがえられました。


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