ルビーの章 その11
「ぁぁぁぁぁぁっ!」
ギュスターヴがガバッとはねおきたので、アルベールたちはうわっと思わずのけぞってしまいました。ベッドの上で、頭をかかえるギュスターヴに、エプロンがおそるおそる話しかけます。
「ギュスターヴ、大丈夫? ずっとうなされていたから、わたしたちずっと心配だったのよ。ねえ、どこか痛んだりしない?」
ギュスターヴははぁ、はぁと、荒い息でからだを丸めます。記憶の中で体験した様々な出来事が、一気に脳の中によみがえってきました。ギュスターヴはううっと頭をかかえてふるえだします。
「落ち着いて、大丈夫だから、今は記憶が戻ってきて、それで混乱しているだけよ。さあ、ゆっくり呼吸して。一、二、三……」
エプロンにいわれて、ギュスターヴは深く息を吸いこみました。めまぐるしい記憶の嵐が、じょじょに収まっていきます。あるべきところにパズルのピースが収まるように、めちゃくちゃだった記憶がだんだんともとに戻っていきます。割れるような頭痛が治まり、ギュスターヴのふるえが止まりました。
「そうだったんだ。そうか、だからぼくはイズンになっていたんだ。あいつが、ルドルフがぼくを」
「ルドルフだと? おい、いったいどういうことだ? ちゃんと話してもらうぞ、お前が思い出したことを全部!」
ギュスターヴは顔をあげました。目の前には、記憶の中で見た封印用のイズンとまったく同じ、アルベールの顔が見えました。思わずギュスターヴは、アルベールに飛びついていました。
「わっ!」
「兄様! アルベルト兄様! ああ、よかった、そうだったんだ。どうして気がつかなかったんだろう、どうして思い出せなかったんだろう。兄様は、ぼくのことを守っていてくださったんですね。兄様!」
突然のことに、アルベールはなにがどうなっているのかわからず、助け舟を求めるようにエプロンを見ました。エプロンもセバスチャンも、やはりなにがどうなっているかわからない様子で、首をかしげています。
「おい、お前本当に大丈夫か? なあ、エプロン、こいつずっと眠ってたから、まさかおかしくなったなんてことはないよな?」
「なにそれ、わたしのお菓子のこと、信用してないってこと?」
エプロンがムッとくちびるをとがらせ、アルベールをにらみつけました。アルベールはあわてて手をふり、いいわけするように早口で答えました。
「いや、そういうわけじゃないよ。ただ、長いこと眠っててさ、ずっとうなされてただろ。だから心配になってさ。だって半日ずっとうなされてたら、大丈夫かって思うだろ」
「半日?」
ギュスターヴに聞かれて、アルベールはうなずきました。
「そうだよ。お前、エプロンのお菓子を食べたあと、ずっと眠ってたんだ。こっちは早くトリエステを助けにいきたいのに、こんなに時間食うなんて」
アルベールは小さくため息をついて、窓の外を指さしました。お菓子を食べたときは、まだお昼にもなっていなかったはずなのに、いつの間にか外は日が沈みかけていました。
「でも、ぼくは記憶の中で、ずいぶん長いこと旅をしてきたんだ。兄様がイズンになってしまったあとも、ずっと、長いこと記憶をたどってきた。そうだ、アルベルト兄様は、あのあとどうされたんですか? ルドルフが、兄様はがれきに埋もれてしまったっていっていたのに」
「お前、いったいなにをいってるんだ? やっぱりこいつおかしくなったんじゃないのか? だいたいその、兄様ってなんのことだよ」
アルベールが、気味悪そうにギュスターヴを見ています。ギュスターヴは顔をあげて、じりじりとあとずさりしました。
「まさか……兄様は、いや、アルベールは、覚えていないの?」
「覚えていないのって、なにをだ?」
さっぱりわからないという風に、アルベールは肩をすくめました。そんなアルベールを押しのけ、エプロンがギュスターヴに向かい合いました。
「ねえ、ギュスターヴ。いったいなにを思い出したのか、わたしたちにも教えてくれる? あなたが思い出したことを。それに、あなたの口ぶりからすると、あなたの記憶に、アルベールも出てきたのね?」
「うん。アルベールっていう名前じゃなかったし、ぼくもまだ信じられないけど。でも、あれは確かにアルベールだった」
ギュスターヴはひとりでうなずき、それからぽつりぽつりと語りはじめました。たどってきた記憶の旅を。そして、アルベールがいったい何者なのか、ルドルフがなにをしたのか、そしてソフィアとリリーの愛の物語を――
ギュスターヴが旅してきた記憶をすべて語り終えたときには、すでに夜もふけて、窓の外は真っ暗闇につつまれていました。だれも口を開くことはできませんでした。アルベールは、突然のことで混乱しているようで、口をへの字に曲げたままおしだまっています。エプロンとセバスチャンは、おたがい顔を見合わせているだけで、やはり難しそうな顔をしています。ギュスターヴは語りつかれたのでしょうか、ベッドの上にすわりこんだまま、動こうとしません。明かりはついているのに、部屋の中にまで夜の闇が入りこんできたかのような、重苦しい空気がただよっています。
「……じゃあ、なんだ、お前の話が本当だとしたら、おれは人間じゃなくてイズンで、しかもソフィアを止めるために創られた、封印用のイズンだっていうのか? それで、おれを創ったのが、あのくそったれのルドルフだって、お前はそういいたいのか?」
投げやりな口調で、アルベールがはきすてました。だれもなにも答えることはできませんでした。アルベールは、チッと小さく舌打ちして、そっぽを向いてしまいました。
「兄様が信じられないのも、わかるよ。ぼくだって、自分がイズンだって知ったときは、すごくショックだったもの。でも、本当なんだ。ぼくはこの目で見たんだ、兄様のたましいが、封印用のイズンに吸いこまれていくのを」
「その記憶が本当ならな。おれは信じられないぜ。だっておれは人間だ。イズンなんかじゃない。ましてやあんなくそったれに創られたなんて、だれが信じるものか! おれはアルベールだ、お前の兄貴でもなんでもない!」
まるで自分にいいきかせるかのように、アルベールは声をはりあげました。びくっとふるえて、ギュスターヴがアルベールを見あげます。アルベールはその視線をふりきるように、部屋から出ていってしまったのです。
「兄様、待って!」
追いかけようとして、ギュスターヴはぼてんっとベッドから転がり落ちてしまいました。記憶の中で、ずっと人間のすがたでいたからでしょうか、感覚がつかめていないようです。ギュスターヴはううっとうめきながらも、ドアのほうへ向かいました。
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