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ゴールドの記憶 その20

 だんだんと世界のゆらぎが収まっていき、そしてようやく景色が安定したとき、現実のギュスターヴは思わず目を疑いました。


「ここは、いったいどこだ?」


 建物の中、もっというと、地下だろうということはわかりましたが、そこがいったいどこなのかはわかりませんでした。ほこりとかびのにおいがして、ギュスターヴは顔をしかめました。窓ひとつない石造りの壁には、様々な武器が飾られています。魔法のともし火が、不気味な黄緑色の光をはなっていましたが、その頼りない明かりでは、部屋の中全体は見回すことができませんでした。しかし、ずいぶんと広い部屋のようです。そう、まるでここは、あの儀式があった地下室のような――


「あっ、ルドルフ!」


 部屋の真ん中には、ルドルフが立っていました。ぶつぶついいながら、なにか呪文を唱えているようです。むだだとは知りながらも、現実のギュスターヴはルドルフに飛びかかりました。もちろんルドルフを素通りして、ギュスターヴはドテンッとその場に転がりこみます。起きあがってもう一度ルドルフをなぐろうとして、足元に誰かが横たわっているのに気がつきました。


「えっ、どうして!」


 記憶の中のギュスターヴが、手足を魔法のなわでしばられたまま、地面に横たえられていたのです。しかしそれだけではありませんでした。ギュスターヴの寝かされている地面には、魔法陣が描かれていたのです。そう、あの儀式のときと同じ魔法陣でした。それに気づくと同時に、魔法陣が銀色に輝きはじめたのです。現実のギュスターヴは、あわてて魔法陣から出て、声をはりあげました。


「早く起きるんだ! そこから逃げないと!」


 その声が届いたわけではないのでしょうが、記憶の中のギュスターヴはううっと苦しそうなうめき声を上げ、のろのろと目を開きました。自分がどんな状況におちいっているのか、わかっていない様子でしたが、ルドルフの顔を認識した瞬間に、ギュスターヴは獣のようなさけび声を上げていました。


「ルドルフ! よくもリリーさんを!」


 身を起こそうとしますが、なわでしばられているため身動きが取れません。くやしそうにもがくギュスターヴを、ルドルフはおどけるような口調でたしなめました。


「これはこれは()()。お目覚めでございましたか。ぶしつけかとは思いましたが、動かれぬように手足を拘束させていただいております」

「お前、ぼくをバカにしているのか! くそっ、これをほどけ! どうするつもりだ」


 ルドルフはくっくとゆかいそうに笑い、地面の魔法陣を指さしました。


「聡明なギュスターヴ()()なら、もうお分かりでしょう、この魔法陣をお忘れになったわけではありますまい」


 頭は動かすことができたので、ギュスターヴは左右をきょろきょろと見まわしました。その顔から血の気が引いていきます。ルドルフは満足そうに顔をゆがませました。


「お気づきになられましたか。()()が最後の素材なのです。どうかそのまま動かれずに、儀式の成功をお祈りください」


 ついにこらえられなくなったのか、ルドルフは高らかに笑い出しました。ギュスターヴはというと、真っ青な顔で、がたがたと歯を鳴らしながら、ルドルフを見あげるだけでした。


「いい顔だ。そうだ、これでもかというぐらいにわしの邪魔をしてくれたのだ。お前の父親は面白い反応をしなかったからな。せめてお前は、泣きさけんでわしを楽しませてくれよ」

「どういうことだ? 父上は、お前、父上になにをした!」


 かみつくように声をはりあげるギュスターヴを、ルドルフは鼻で笑いました。


「なんだ、気がついてなかったのか。今お前のことを、わしはなんと呼んだ? ギュスターヴ()()と呼んだだろう。それがどうしてか、わからんのか」

「まさかお前、父上を……」


 ルドルフはにやにや笑いを止めずに、芝居がかったおじぎをしました。


「このルドルフ、痛恨の極みでございます。エリオット陛下に永遠の命を献上することができずに、そのたましいを闇へと散らせてしまうとは。しかしながらアルベルト様、そしてエリオット陛下の無念を晴らすべく、ギュスターヴ陛下が自ら素材として名乗り出るとは、ルドルフめは大変うれしゅうございます」

「じゃあお前、父上にまで禁術を!」


 ルドルフはいびつな笑顔をうかべたまま、スッと部屋のすみを指さしました。黄緑色の明かりの下に、黒焦げになった死体が横たわっていたのです。金切り声をあげるギュスターヴを見て、ルドルフは手を叩いて喜びました。


「そうだそうだ、その反応がほしかったのだ。ハハハ、ああ、今日はずいぶんと気分がいいぞ。それじゃあ陛下、ユードラ王国最後の王として、戴冠式もかねた儀式を始めましょうか。バタバタに創ったから、兄上のように精巧なイズンではございませんが、永遠の命が手に入るのです。そこはがまんしていただきますよ」


 ルドルフはギュスターヴのとなりを指さしました。そこにはギュスターヴのすがたをまねた、ソフィアと同じぐらいの大きさをしたイズンが置かれていました。現実のギュスターヴは、それを見てぞくりといやな寒気を感じました。


 ――あれだ、あれは現実の、ぼくのすがただ。じゃあ、この儀式は――


「さあ、それじゃあそろそろ儀式を始めよう。三度目の正直ということだし、今度こそ成功しておくれよ」


 ルドルフは目を閉じ、ぶつぶつと呪文を唱えていきました。ときにはささやくように、ときにはどなりつけるかのように。ときに速く、ときになめらかに、抑揚をつけたり、棒読みするかのように、しわがれ声を不吉にふるわせ、ルドルフは呪文を唱えつづけました。イズンが置かれた魔法陣が、銀色に輝きはじめました。


「やめろ、やめてくれよ! いやだ、ぼくは死にたくない! 兄様、助けて!」


 哀願するギュスターヴを見て、ルドルフはどんどん声を大きく、目を血走らせていきました。ルドルフが狂気をおびていくにしたがって、儀式は大詰めへと向かっていきました。ギュスターヴとイズンの胸から、少しずつ七色に変化する、光の橋がかかっていったのです。ギュスターヴは首をふりながら、必死でその虹を消そうとしますが、もちろん動くことはできず、ただただ悲鳴をあげることしかできませんでした。


「やめてくれ! いやだよ、たましいが消えてしまうなんて、そんなのいやだ! 兄様!」


 最後は断末魔のような悲鳴を上げ、そして記憶の中のギュスターヴは事切れたように動かなくなってしまいました。しかし、現実のギュスターヴは確かに見ました。記憶のギュスターヴの胸から、金色に輝く光が現れ、ゆっくりとその虹の橋を渡っていくのを。そして、最後にはイズンの胸の中へと吸いこまれていくのを。


「あっ、イズニウムが」


 金色の光が胸に吸いこまれたと同時に、イズンの剣の柄に埋めこまれていた、金のイズニウムが、目を焼くほどの光をはなちました。小さなイズニウムでしたが、その光は太陽のように強く、そして命のように熱を持っていました。確かにそれは、イズニウムでしたが、同時にたましいでもあったのです。いつの間にか現実のギュスターヴの目からは、ぽろぽろと涙がこぼれてやみませんでした。悲しみからくる涙なのか、それとも怖さからくる涙なのか、いや、もしかしたらそれは尊さからくる涙だったのか。ギュスターヴにはまったくわかりませんでした。


「クハハハハッ! やった、やったぞ! 成功だ! ついにわしは禁術を成功させたのだ! わしこそが、この地で最高の魔法使いであることを、ついに証明したのだ!」


 高らかな笑い声とともに、地下室はゴゴゴゴゴッという激しい地震に襲われました。ルドルフがよろめくとともに、ギュスターヴの肉体が燃えあがりました。


「くそっ、あと少しだというのに、早くここから脱出せねば!」


 ルドルフは、イズンとなったギュスターヴの元へかけよろうとしますが、ものすごいゆれで立っていられず、へたりこんではっていくしかありませんでした。しかし、あと少しでギュスターヴをつかめるという距離にきたとき、いきなり地面がひび割れ、その中にギュスターヴのイズンが吸いこまれていったのです。地面が砕け、天井が落ちてきます。ルドルフは青い光をはなつ魔法陣を描き、その場から瞬間移動しました。


「うわぁぁぁぁっ!」


 現実のギュスターヴも、地下室とともに埋もれてなにもわからなくなってしまいました。引き裂かれるような痛みと、押しつぶされんばかりの苦しみが胸をさいなみ、ギュスターヴは肺をふりしぼるようにありったけのさけびをあげました。長く、長く、長く――


いつもお読みくださいましてありがとうございます。

本日19時台あたりにもう1話投稿予定です。そちらもお楽しみいただければ幸いです。

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