ゴールドの記憶 その19
「ルドルフ……!」
「ふん、弱虫のバカ王子が、そんな目でこのわしを見るでないわ!」
ルドルフの魔法のなわが、ギュスターヴを縛り上げました。抵抗するギュスターヴでしたが、もちろんどうにもなりません。ルドルフはぼろぼろになったローブを脱ぎ捨て、空に手をかかげました。ルドルフの頭上に結界が現れ、黒い雨をはじきます。ルドルフは疲れたようにゆっくりと肩をまわしました。
「しかし、あれほどの力を持っていたとは、さすがのわしも肝を冷やしたぞ。たましいの封印が、中途半端にしか解かれていなくて幸運だったわい。お前の兄は、イズンになってからもずいぶんとわしの邪魔をしてくれるやつだな」
「兄様に、いったいなにをしたんだ!」
ルドルフはクククと笑って、ギュスターヴを見おろしました。
「お前たち王族はもちろん、リリーのバカも気づいていなかったようだが、わしは単に封印用のイズンを創ったわけではない。戦争兵器を封印するという役割こそ持たせたが、それとは別に、あのイズンには戦争兵器に匹敵する戦闘力を持たせておいたのだ。王族のたましいを素材にすれば、それぐらいの力を与えるのは造作もないからな。あとはうまくあやつって、戦争兵器とともにお前たちの国を乗っ取ろうと考えておったが、まさかうまく制御できないじゃじゃ馬だったとは、とんだむだ骨だったというわけだ」
「なんだと、じゃあ、あの儀式は」
「そうさ。すべてわしのたくらみだったのだ。まあ、儀式は失敗してしまい、封印用のイズンももはや回収は難しいが、まあいい。戦争兵器が手に入るだけでも良しとしよう」
ギュスターヴは血相を変えてルドルフを見あげました。
「回収は難しいだって? お前、いったい兄様をどうしたんだ!」
「別にどうもしておらんよ。やつが勝手に暴走して、わしにつっこんできて、がれきに埋もれていっただけだ。運悪く爆撃部隊の爆弾も落ちていったから、あれじゃあどうにもならんだろう。まあ、この国を制圧したあとにでも、じっくり探させてもらうとしよう」
ギュスターヴは言葉を失い、ぼうぜんとルドルフを見るだけでした。ルドルフはクククといやらしい笑いをうかべながら、ソフィアに近づいていきました。
「やめろ、その子に手を出すな」
「ふん、うるさいやつだ。お前はそこでだまってみていろ!」
ルドルフを見あげて、ソフィアはおびえたようにその場にへたりこみました。じりじりとあとずさりしますが、ルドルフは気にも留めずに、ソフィアをつかもうと手をのばしました。ですが、ソフィアにふれたとたん、ルドルフの手はバチンッというはじけるような音とともに吹きとばされたのです。
「グァッ! なんだ、今のは」
ルドルフは思わず悲鳴をあげました。指先は、焼けただれてけむりが出ています。目を見開いてソフィアをにらみつけると、ルドルフは再びソフィアに手をのばしました。
――あなたなんかに、わたしの娘はわたさない――
ソフィアのからだが、突然まぶしいほどの光につつまれました。エプロンドレスの胸に飾られた、アメジストのイズニウムが、温かな紫色に輝いています。ルドルフがあせったようにあたりを見まわしました。
「リリーだな、なんだこの魔法は! こんな魔法、わしは見たことがないぞ! リリー、貴様、どこに隠れている!」
ルドルフはソフィアめがけて、魔法のなわをはなちました。しかしなわは紫色の光にさえぎられて、けむりのように消えてしまったのです。能面のように表情を失ったルドルフに、リリーの声が聞こえてきました。
――あなたが知らないのも当然よ。これは、愛する者だけに使える魔法だから。ソフィアの力を封じているのは、愛の力よ。愛はどんな魔法にも勝る力よ。愛するものがないあなたには、もうソフィアには指一本触れることはできないわ――
ルドルフはぎりぎりと歯ぎしりをしながら、ソフィアをにらみつけていましたが、やがて空中にいくつもの魔法陣を描いて、精霊たちを何体も召喚していきました。
「愛の力だと? 笑わせてくれる! そんなものわしの魔法で打ち消してくれるわ!」
ルドルフがソフィアを指さすとともに、精霊たちが一気に魔法をはなったのです。炎と風のうずに、稲光がソフィアをおそいます。足元からは土でできたうでが何本も現れ、ソフィアにつかみかかります。しかしそのどれもが、ソフィアのまとう紫色の光にふれると、けむりとなって消えてしまうのです。ルドルフは精霊たちにどなりつけました。
「なにをしている! 早くあの光を消し去るのだ!」
しかし精霊たちの魔法では、ソフィアを守る紫色の光を消すことはできませんでした。それどころか、紫色の光がソフィアの背中に集まって、天使のようなつばさができるのを、ただだまって見ているしかなかったのです。
――何度でもいうわ、あなたに娘は渡さない。さあ、ソフィア、はばたきなさい。あなたの未来へ――
紫色のつばさがはためき、そして一瞬でソフィアを空のかなたへと連れていったのです。ぼうぜんとそのすがたを見送るルドルフは、敗北の色に打ちひしがれていました。ソフィアが空に飛んでいくと同時に、雨雲も晴れ、黒い雨がやみました。ルドルフはペッと地面につばをはき捨てました。
「……まあいい、どこへ逃げようとも、必ずわしがこの手で捕らえて、封印を解いてやる。それにリリーよ、お前は娘だけを守れば満足だったようだが、あいにくまだまだ素材はいるのだ。それも二人もな。そいつらを使って、わしも手駒を増やさせてもらおう」
ルドルフはギュスターヴに向きなおり、手のひらをかざしました。ギュスターヴが身構え、抵抗しようとしましたが、ギュスターヴの魔法にかけられ、意識を失ってしまったのです。現実のギュスターヴも、ひどいめまいにおそわれました。がれきだらけの景色がゆがみ、ぐにゃあっと溶けるように、世界がゆらいでうずまいていきます。別の記憶へと変化していきます。世界は溶けるように色を変え、そして――
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明日は2話投稿する予定です。
お昼ごろに1話と、だいたいいつもの時間あたりにもう1話投稿予定です。