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ゴールドの記憶 その18

 声がかれるまでさけんでいるうちに、記憶の世界はどんどんそのすがたを変えていきました。赤、黄、茶色と、いくつもの色に満ちた町の紅葉樹は、爆撃によって火に包まれ、赤一色に変わっていました。整備されていた大通りは、いまや穴だらけで、ときおり爆発音とともに道がえぐれるのが見えました。建物のほとんどは崩壊し、そこかしこで人々がうめき、そして動かなくなっていきます。フィーゴ王国はどうやら、町を焦土にしてから兵を送りこもうとしているようで、町には人間の兵士はもちろん、イズンすら見えませんでした。しかし空にはいまだ、イズンの爆撃部隊がつばさを広げて、地上へと爆弾を落とし続けていました。


 ――記憶の中のぼくは、いったいどうなってしまったんだ。さっきからずっとすがたが見えないけれど――


 がれきと火の粉の中を、現実のギュスターヴは当てもなくさまよい続けました。ここは記憶の世界なので、現実のギュスターヴには、爆撃ですらわずかにそよ風が吹いたほどにしか感じることはありませんでした。しかしそれでも、町が、王都ユードラシールがこれほどまでにめちゃくちゃになる様を見るのは、ギュスターヴにとって耐えがたいものでした。心にふたをしたまま、ギュスターヴは歩みを進めました。記憶の中だからでしょうか、歩いているうちに、だんだんと向かうべき場所がわかってきたのです。


「……ここだ」


 がれきの山の前で、ギュスターヴは足を止めました。空を見あげると、すでにフィーゴ王国の爆撃部隊は、南の空へと帰っているのが見えました。あらかた爆撃し終えたと判断したのでしょう。ギュスターヴが空をにらんでいると、ふいにがれきが、ガラ、ガララッと動いたのです。そして中から、記憶の中のギュスターヴがすがたをあらわしました。


「うう、足が……」


 記憶の中のギュスターヴは、顔をしかめて右足を押さえました。右足首が、赤くはれ上がっています。その足を引きずりながら、ギュスターヴはのどをふりしぼってさけびました。


「リリーさん、どこですか! ソフィアちゃん!」

「ここよ、わたしはここ! でも、ママが、ママが……」


 ソフィアの声がした方向へ、記憶の中のギュスターヴが近づいていきます。足の痛みにうめきながらも、ようやくソフィアのすがたを見つけました。ソフィアはエプロンドレスが汚れてしまったぐらいで、けがはなさそうでした。しかし、リリーのすがたは見えません。


「リリーさんは? いったいどこに」

「この下よ! ママは、わたしをかばってがれきの下敷きになってしまったの。お願い、早くママを助けて!」


 ギュスターヴはうなずき、歯をくいしばってがれきをどけていきました。右足の痛みでうまくふんばることができませんでしたが、それでも少しずつがれきをどかしていきます。爆撃によるけむりが呼んできたのでしょうか、ぽつぽつと雨が降ってきました。黒く汚れた雨に打たれながらも、ギュスターヴは一心不乱にがれきをどけていきました。


「う、うう……」

「リリーさん!」


 ようやくリリーの顔が見えたので、ギュスターヴは最後の力をふりしぼって、リリーを押しこめていた岩のかたまりをどかしました。


「いやぁっ! ママ、ママ!」


 リリーのすがたを見て、ソフィアが半狂乱になってさけびました。ギュスターヴも口を押さえて、おえつをこらえるのがやっとでした。がれきに押しつぶされていたのでしょう、リリーのからだは血まみれで、左うでは折れておかしな方向へ曲がっていました。リリーはかすれた声でソフィアを呼びました。


「ソフィア、わたしの、娘は……無事なの?」

「はい、大丈夫です、ソフィアちゃんには、少しもけがはありません。リリーさん、ぼくにつかまれますか? もう爆撃は終わったから、今なら治療用のイズンに治してもらえますよ」


 ギュスターヴがリリーのからだを起こそうとしましたが、リリーは弱々しく首をふるだけでした。


「いいのよ、わたしのからだは、わたしが一番わかっているわ。もう、足の感覚も、うでの感覚もないもの。わたしは、ここで死ぬのよ」


 罰が当たったのね、と、か細い声でリリーはつぶやきました。


「そんな、まだあきらめたらだめですよ! 王宮に行けば、きっと治療用のイズンだっているはずです、だから!」

「ギュスターヴ様、お願いです、ソフィアを……ソフィアを、そばに呼んでくれませんか?」


 焦点があっていないのか、リリーのひとみがゆれうごいています。ギュスターヴはグッと言葉をこらえてから、ソフィアをリリーのそばへかかえて連れていきました。


「ママ! お願い、死んじゃやだよ!」


 ソフィアの目から涙がこぼれることはありませんでしたが、その声は涙に十分あふれていました。リリーはすでに息も満足にできない様子で、激しくせきこみはじめました。せきをするたびに、口から血があふれていきます。それでもリリーは、力をふりしぼってソフィアに語りかけました。


「秘密に、していて、ごめんなさい。でも、あなたはわたしの、大事な娘よ」

「ママ、お願いしっかり!」

「……あなたの、戦争兵器としての力は、わたしが封印をかけたわ。封印は、わたしがあなたを、愛することをやめない限り、解けることは、ないわ。だから、安心して。あなたは決して、戦争の道具なんかじゃない。わたしはこのまま、死んでしまうけど……死んでもあなたを、愛しているわ。わたしの、かわいい、ソ、フィア……」


 リリーの青いひとみから、光が永遠に消えてしまいました。くちびるはかわききり、からだはもう少しも動くことはありませんでした。




 雨が激しくなってきました。黒い雨が、血まみれになったリリーのからだを、さらに汚していきます。ギュスターヴは破れかけていた、自分の服のそでの部分を、ビリビリッと引き裂いて、リリーの顔の血をそれでぬぐいました。雨の冷たさが、さびたようないやなにおいが、今さらながら感じられて、ギュスターヴはぶるるっとみぶるいしました。立ち上がろうとして、右足首をいためていることを思い出し、ううっとうめき声をあげました。


「ソフィアちゃん、おいで。行こう」

「……ママは? ママはどうするの?」

「きみのママは……もう、どうすることもできないよ」

「でも、ママは壊れたイズンを、いつも修理してたよ。セルフィーのお姉ちゃんなんか、よくドジをして、指を切ったりしてたけど、全部ママが直してたよ。ママの傷は、治せないの?」


 ギュスターヴはなにも答えることができませんでした。ただ、ソフィアをゆっくりと抱き上げて、王宮へと向かうことしかできなかったのです。


「いやだよ、ねえ、待って! ママを、ママを置いていかないで!」

「つらいだろうけど、でも、リリーさんは死んでしまったんだ。もう、動かないんだ」

「そんなはずない! だってママは、動かなくなったイズンだって、ちゃんと修理できていたもの。イズニウムにエネルギーをそそげば、動かなくなったイズンだって」

「でもリリーさんは人間なんだ。もう、たましいがないんだよ……」


 よろめきながら歩いていると、がれきに足をとられて、ギュスターヴは転んでしまいました。ソフィアがどてんっと地面に転げ落ちます。倒れたときに打ったのでしょうか、今度は右肩にも痛みが走ります。足首も熱であぶられているように、激しい痛みが感じられます。冷たい雨に打たれたからでしょうか、からだもけだるく、なんとか起き上がるのでせいいっぱいでした。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 ソフィアに聞かれて、ギュスターヴはわずかにうなずきました。しかし、立ち上がることはもうできませんでした。


「イズンだったら、ぼくもこんな痛みを感じないで、楽に死ねたのかな……」

「ほう、お前も兄と同じように、イズンになりたいと願っているとはな」


 しわがれた声がして、ギュスターヴはすばやくふりかえりました。いためた右肩に激痛が走りましたが、痛みすらどうでもよくなるほどに、激しい怒りがこみ上げてきました。


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