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ゴールドの記憶 その16

「うわっ!」


 いきなり激しい地震に襲われ、記憶の中のギュスターヴは悲鳴をあげてしまいました。現実のギュスターヴも、激しいゆれに立っていられなくなりました。リリーが記憶の中のギュスターヴの手をつかんで、すばやくテーブルの下へもぐりこませます。現実のギュスターヴもはいながらテーブルの下へ避難しました。ソフィアをかかえてリリーもテーブルの下へもぐりこみましたが、食器が割れる音が聞こえ、ティーカップが床に転げ落ちていくのが見えました。


「地震なんて、ぼく初めてだ! それにこんな大きな地震が起きるなんて」

「ギュスターヴ様、そのまま頭を下にして、じっとしててください! これは、ただの地震じゃないわ!」


 リリーのいうとおり、地震とともに窓の外から、爆発音が何度も聞こえてきたのです。爆風によって窓ガラスが砕け、破片が飛び散ってきます。ギュスターヴはあわててうしろに下がりました。


「敵襲だ! みんな、逃げろ! 敵だ、うぎゃあっ!」


 男の人のさけびごえが、爆発音にかき消されました。近くでまた爆発が起こり、耳がキーンと痛みます。ギュスターヴは思わず耳を押さえました。


「そんな、どうして? フィーゴ王国とは、和平交渉が続いていたはずなのに」

「簡単だろう、和平交渉が決裂したということだ。お前はそんなこともわからないのか?」


 どこからともなく、しわがれた声が聞こえてきました。不思議と背筋が寒くなるような、不吉な声の主を探して、リリーが声をはりあげました。


「ルドルフ先生! いったいどこにいるの?」


 再び爆発音がして、部屋の壁が砕けました。そうしてできた穴を通って、ルドルフが目をらんらんと輝かせて入ってきたのです。いつものフードは今日は脱いでいて、赤くぼさぼさの髪が見えます。ルドルフがパチンッと指を鳴らすと、青い羽をした精霊がすがたをあらわしました。ルドルフは精霊になにか命じると、精霊が羽ばたき、家のまわりが青い結界におおわれていきました。すると爆発音がやみ、地震もおさまったのです。


「どうして先生がここに? まさか、牢を抜け出してきたというのですか?」

「ふん、そんなことよりまずは礼が先なのではないかな? 魔法でこの家を結界で包んでやったのに」


 リリーは油断なくルドルフをにらみつけました。その目には警戒の色がうかんでいます。


「ずいぶんと嫌われたようだな。それが師を見る目か? 昔からお前は敬意というものを知らぬ娘だったな」


 リリーは苦虫をかみ殺したような顔をしましたが、すぐにルドルフを問いただしました。


「わたしの質問にちゃんと答えてくだされば、敬意を払います。先生は脱獄してきたというのですか? それにどうして和平交渉が決裂したことをご存知なのですか?」

「脱獄など簡単なことだ。というより、わしは投獄などされておらん」


 ルドルフはくっくと、不吉な笑い声をあげて続けました。


「投獄されたのは、わしが魔法で生み出した身代わりだ。国王たちは、まぬけにもそれに気がつかなかったようだがな。お前もそうだ。まあでも、おかげでわしはしっかり仕事を果たすことができたがね」

「なにを、いったいなにをしたんです!」


 リリーのどなり声を、ルドルフはむしろ楽しそうに聞きながら、熱を帯びたしわがれ声で答えました。


「簡単なことだ。わしは鞍替えをしただけだ。エリオットがこしぬけで、わしら魔法使いを重宝しないのであれば、当然だろう」

「鞍替えですって? まさか、先生は、フィーゴ王国に寝返ったのですか!」


 ルドルフはぎろりとリリーをにらみつけました。まるで虫けらを見るかのような、冷たく侮蔑のこもった視線をリリーに向けて、ルドルフは首をふりました。


「わしが寝返ったのではない。この国がわれら魔法をつかさどる者たちを裏切ったのだ。魔法使いやイズニストを軽んじて、簡単に敵国に技術を渡そうとするなど、凶器の沙汰としか思えん。他国を侵略するほどの技術を持ちながら、平和、平和、平和だ! ふん、エリオットのこしぬけめ!」


 今度はリリーが、ルドルフをにらみつける番でした。しかしルドルフは気づいていない様子で、どんどん声をはりあげながら演説を続けます。


「だが、大臣どもはこぞってそんなエリオットを持ち上げおる。あんなこしぬけの偽善者などが国を治めたらどうなるか。国というものは、戦を経て発展していくのだ。我ら魔法使いも同様だ。リリー、お前もこんな国でくすぶっていないで、わしとともに来い。こんな国では未来がないぞ。その点インペリオ大陸の国々は、どこも野心を持っている。少しでもすきを見せれば、食い殺そうと虎視眈々としておるわ。お前もわしとともに来るのなら、再びわしのもとで働かせてやるぞ」


 息をあらくして、リリーを見おろすルドルフでしたが、すぐに驚きの表情へと変わりました。リリーがルドルフを、哀れみのこもった目で見ていたのです。


「先生は地位と名誉を求めるがあまり、大切なものを見失ってしまったのですね」

「なんだと、貴様、わしを愚弄するか!」


 リリーはソフィアを抱いたまま、テーブルの下から出てきました。窓の外をちらりと見て、それからルドルフに視線を戻しました。


「この攻撃で、またたくさんの人が亡くなるでしょう。兵士はもちろん、その家族も、無関係な人たちも、たくさん。わたしはもうそんなのはいやなんです。誰かが悲しむのを、誰かが大切な人を失って泣くのを見るのは、もういやなの! お願いです、先生、戦争を止めさせてください! こんなことをしても、だれも幸せになんてならないわ。魔法使いもイズニストも、人々が幸せになるために魔法を使うべきじゃないんですか」

「だまれだまれ! 知ったような口をききおって、思えばお前は昔からそうだった。戦争用のイズンを創るときも、どうやったらより破壊力のある兵器を創れるかではなく、いかに被害を少なくできるかばかり考えておったな。ふん、どこまでもいい子ぶりおって。だがこれでわかったぞ、わしとお前は相容れないということが」

「……相容れないなら、どうなさるおつもりですか?」


 ルドルフはハハハと笑い声をあげました。しわがれた声でかなでるそれは、ぞっとするほどに不気味な笑い声でした。


「笑わせてくれるわ。知れたことよ、お前には消えてもらう。そしてお前の創りあげた戦争兵器と、イズンになりそこなった元王子様は、わしがうまく使ってやる。お前よりももっと有意義にな!」


 ルドルフの手から、赤い光でできたなわが飛び出しました。なわはリリーと記憶の中のギュスターヴを、軽々と縛り上げたのです。しばられたひょうしで、リリーのうでからソフィアが転げ落ちて床に転がりました。


「ソフィア!」

「ソフィアだと? ああ、なるほど。道理でおかしいと思ったのだ。以前見た戦争兵器は、天使のすがたをしていたのに、なぜ人形の姿になっていたか不思議に思っていたのだ。リリー、お前戦争兵器の力を封印したな。それで無力化した娘を使って、いい年こいて人形遊びか。死んだ娘の名前を人形につけるなど、根暗な遊びだな」

「よくも、よくもそんなことを!」


 リリーは必死にもがきましたが、光のなわはもがけばもがくほど、からだに食いこんでいくようで、リリーはうめき声をあげました。


「ううん……なに、ママ? せっかく寝てたのに、なにがあったの」


 もぞもぞとソフィアがからだを動かし、その場に起きあがりました。リリーの顔がひきつります。


「ソフィア、逃げて!」


 しかしリリーの叫びとともに、ルドルフの赤い光のなわがソフィアをグルグルに縛り上げたのです。突然のことにソフィアが悲鳴をあげました。


「やだっ、なにこれ、苦しいよ!」

「やめて、お願い、ソフィアだけは!」


 リリーの哀願する声を聞いて、ルドルフは満足そうに笑いました。


「いいぞ、その顔。まさかお前がそんな顔をするとはな。だが、どうしようか。こいつのことを、お前は娘だといっていたな。くっくっく、娘か、娘が苦しんで泣く声を聞くのは、さぞかし楽しいことだろうなぁ?」


 リリーの顔から血の気が引きました。カチカチと恐怖で歯を鳴らしながら、リリーは首をふりました。


「お願い……ひどいことしないで」

「そうしてやってもいいが、そのためにはまずわしの要求にこたえてもらおう。娘を助けてほしいのなら、お前が娘にかけた封印の解きかたを教えてもらおうか」

「なんですって?」


 すっとんきょうな声をあげるリリーに、ルドルフはあきれ顔で続けました。


「当然だろう? わしが無理やり封印を解いてもいいんだが、それで万が一暴走したら終わりだからな。穏便にことを運んでやろうという、わしなりの配慮だ。ありがたく思うんだな」


 リリーが身をよじらせますが、いくらもがいても、ルドルフの魔法のなわから逃れることはできません。ルドルフはにたりと意地悪く笑いました。


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