ゴールドの章 その1
――ビアンカと出会ってから半年後――
「ちょっと、アル、もう少し気をつけて進んでよ。落ちそうだったじゃない」
がれきにまみれた廃墟の中で、ソフィアがアルベールの肩にしがみついています。
「しかたねぇだろ。ちょっとだまってろ」
額の汗をぬぐいながら、アルベールがいいました。がれきだらけのこの廃墟は、王都ユードラシールです。いえ、正確には王都ユードラシールだったところでした。百年前の戦争で、ユードラ王国は滅び、その王都であったユードラシールも、今は廃墟となっていたのです。
「王都だったここなら、戦争で埋もれた魔法細工がたくさんいるだろうしな。ソフィア、魔法玉の波動は感じるか?」
「弱い波動なら感じるわ、でも」
まだなにかいいたげなソフィアに、アルベールは厳しい口調で続けました。
「『でも』は無しだぜ。イズンを見つけても、お前がイズニウムをくれないから、トレジャーハンターとしての商売上がったりだよ。この王都に来るために金を使っちまったから、もうすっからかんだぜ」
「うそつき、お金がなくなったのは、アルが城壁の近くにある村で、おいしいものたくさん食べたからじゃない」
王都ユードラシールは、まわりを城壁で囲まれていました。もちろん戦争でほとんど崩れて、がれきの山になっていましたが、それでも城壁あとはまだ残っていたのです。その内部、つまり王都内に入ることができるのは、アルベールのようなトレジャーハンターだけでした。そんなトレジャーハンターたち目当てに商売をしようと、城壁の近くにある村では、宿やレストランが軒を連ねていたのです。
「そりゃ、おれだって飯を食わなきゃ、やっていけないからな。そしてそれは、お前だって同じだろ、ソフィア」
こけにおおわれた、倒れた柱をまたぎながら、アルベールがつぶやきました。ソフィアはだまってうつむきます。
「お前がいやだって気持ちもわかる。おれだって少しは、かわいそうだって気持ちになったさ、あのビアンカってイズンのことは」
半年前にイズニウムのエネルギーを吸収した、ビアンカのことを思い出して、ソフィアは顔をそむけました。輝きを失って、ただの宝石となったエメラルドのイズニウムを、ソフィアはまだ、大切にポケットにしまっていたのです。
「あれ以来お前、またイズニウムのエネルギーを吸収してないだろ。お前のアメジストが、だんだん光を失ってきてるじゃないか」
「でも、まだエネルギーは残ってるわよ」
アルベールは大げさなため息をついて、首を振りました。
「ホントにお前は強情だな。まあいいや。とにかくさっさとイズンを見つけて、お前はエネルギーを、おれはイズニウムを手に入れないと、お互い飢え死にしちまうぜ」
ハハッとニヒルな笑みを浮かべて、アルベールは廃墟をどんどん進んでいきました。しかしソフィアはだまったままです。
「どうした? もしかしてもうエネルギーが切れちまったんじゃないだろうな」
「……アル、ごめんね、本当はビアンカちゃんのイズニウムを売ってしまえば、アルはもっといい暮らしができるはずなのに」
宿に泊まらずに、「おれは地べたのほうが気楽でいいんだ」などといって野宿するアルベールを思い出し、ソフィアはうつむいたままいいました。アルベールは、怒ったような声で答えました。
「変なこというなよ。そんなことより、まだイズニウムの反応はないのか?」
「だんだんと近くなってきているよ。ずいぶん弱い波動だけど、ともかく近くだわ。あっちの方向よ」
ソフィアが指さした先には、こけむした柱がいくつも倒れて、進むのには骨が折れそうなところでした。しかし、アルベールはまゆ一つ動かさずに、その柱を乗りこえてから進んでいきました。
二人が進んでいるのは、どうやらどこかのお屋敷だったようです。その証拠に、値打ちのありそうな銅像や、大理石でできたタイルなどが、そこかしこに見られました。どれも百年前に、ユードラ王国で人々が暮らしていたなごりでした。今はこけにおおわれて、見る影もありません。
「きっと、立派なお屋敷だったんだわ」
ソフィアがポツリとつぶやきました。
「そういえば、お前はユードラ王国で暮らしてたんだろ。ここらへんがどのあたりなのか、覚えてたりしないのか?」
ソフィアは顔をあげると、ゆっくりと首を振りました。
「わたしは、王宮の中で創られて、そのまま外に出ることがなかったから、このあたりのことは知らないわ」
「へぇ、ソフィアってお嬢様だったのか」
アルベールがちゃかすような口調でいいます。ソフィアは無言でアルベールの肩をつねりました。
「いてっ!」
「なによそのいいかた、バカにしちゃってさ。アルこそどうせ、子どものころは世間知らずのお坊ちゃまとかだったんじゃないの?」
アルベールは頭をがしがしと乱暴にかきました。
「あのなあ、おれは別にお坊ちゃまだったとかじゃねぇと思うぜ。いいとこのお坊ちゃまだったら、こんなどろぼうまがいの仕事してたりしないだろ」
「思うぜって……。じゃあアルはどんな子どもだったの?」
ソフィアにたずねられて、アルベールはあっけらかんとした口調で答えました。
「おれには子どものころの記憶ってのがないのさ」
「え?」
ソフィアがアルベールを見あげました。今度はアルベールが、ソフィアのうでを軽くつねります。
「きゃっ! もう、なにするのよ! わたしがアルをつねるのはいいけど、アルがわたしをつねるのはだめなのよ。だいたい大きさが違うじゃない!」
「あーあー、わかりましたわかりました。だからそんなかわいそうなもんを見るような目で見ないでくれよ。別に記憶がなくったって、おれはこうして今を楽しく生きてるんだからさ」
「……どのくらい前から、記憶がないの?」
アルベールは目をつぶって、うーんと首をひねりました。
「さぁな。そんなの気にかけたことなかったからさ。でも、記憶がなかろうがなんだろうが、生活はしていかなくちゃならない。でも自分がどんなやつだったか覚えてないんだから、流れ者ぐらいにしかなれなかったよ。それで、トレジャーハントか、まあぶっちゃけ盗みなんかもしてはいたさ。いてて、やめろよ、しかたがないだろ、それぐらいしか食っていく方法がなかったんだから。それに家もなかったし、町から町を放浪して、そんなときお前を見つけたんだ」
アルベールは大げさに伸びをしてから、へへっと笑いました。
「だから別に、おれにとっては記憶なんてもんはどうだっていいのさ。今が楽しけりゃな」
「ねえ、一番昔の記憶って、どんな記憶なの?」
「おいおい、まだこの話題のままなのかよ? そろそろ話題変えようぜ、あいてっ、わかった、わかったから」
思いっきりつねられたので、アルベールはあわててソフィアを背中からガシッとつかみました。じたばたするソフィアをつかんだまま、アルベールは小さくため息をつきました。
「おれが覚えている一番古い記憶ってのは、そうだな、ぼろぼろになったがれきに落ちる思い出だよ。まぁ、思い出っていっても、全然うれしくない思い出だが」
「がれきに……」
暴れるのを止めたソフィアを、再び肩に戻して、アルベールはうなずきました。
「そうさ。まぁだからおおかた、なにかで事故って、記憶を失ったとかそんなんじゃねぇの? とにかくこの話題はもういいだろ。それよりそろそろ近いんじゃないのか?」