ゴールドの記憶 その13
「陛下がおっしゃったように、もともとわたくしは戦争のためにソフィアを生み出しました。いや、そのときはあの子は、名前も決まっておりませんでした。ただ、戦争のための兵器として、そしてゆくゆくはイズンによって成り立っているこの国により良い未来を生み出すため、そう思ってわたくしは戦争兵器を創りあげようとしておりました」
リリーの顔が、わずかにくもりました。思い出すのをこばむかのように、目をぎゅっとつぶっています。しかし、やがて目を開け、話を続けたのです。
「わたくしが戦争兵器を創っている間に、戦争はだんだんと過激さを増していきました。わが国はもちろん、敵国もわが国ほどではないにしろ、イズンを戦線へと投入していきました。そして、わたくしの夫と娘は、敵国の無差別砲撃によって亡くなったのです」
エリオット王が目を見開きました。どよめきが大臣たちの間にも広がります。ですがリリーは、疲れたように首をふって続けました。
「確かにわたくしの家族の命を奪ったのは、敵国のイズンでしょう。でも、わたくしはそのときになってようやく、わたくしが創りあげたイズンたちも、そうやって他の国の家族を、たくさんの罪のない人々の命を奪っているのだと気づいたのです。そのことに今まで気づきすらしなかったなんて。わたくしは自分の無知に、胸がはりさけそうなくらいに後悔しました。そう、わたくしの家族を、娘の命を奪ったのは、結局イズン。わたくしが創っていた、戦争用のイズンに他ならなかったのです」
「そなたに、そんな過去があったとは」
玉座にどしんっとこしをおろし、エリオット王は顔をしかめてうつむきました。リリーの話はまだ続きました。
「我が国が、決して侵略戦争を行わない、平和な国であるということは重々承知しております。だからこそわたくしは、今までみなを守るために、戦争用のイズンを創ってきたのですから。でも、その戦争用のイズンは、いくら他国から侵略してきたとはいえ、その兵士たちも傷つけていた。それに気づいてしまったとき、わたくしはもう戦争用のイズンを創ることができなくなりました。夫と娘のたましいに誓って、わたくしはもう戦争用のイズンは創らないと決めたのです」
リリーはそこで言葉を切りました。大臣たちはざわめき、ひそひそと言葉を交わしていましたが、やがてそのうちのひとりが声をあげました。
「しかし、それは戦争兵器が完成したあとの話だろう? ルドルフの話では、戦争兵器はすでに完成しているとのことだったはず。なら、そなたが創らなくとも、我らに提供することはできよう! そなたはわが国のイズニストだ、ならばわが国に協力する義務があるはずだ!」
「静まれといったはずだ!」
エリオット王の気合で、一気に謁見の間は凍りつきました。緊張のあまり、からだがぴりぴりとしびれるように痛みます。おびえながら現実のギュスターヴは、エリオット王を見あげていましたが、エリオット王はそっと頭をさげたのです。
「申し訳なかった。今の大臣の発言も含めて、この国の代表としてそなたに謝罪する。そなたも申してくれたように、確かにこの戦争は自衛のためのものだ。だが、そんなこと、傷ついたものにはなんの慰めにもならないだろう。国王としての至らなさを許して欲しい。……だが、同時にわしは国王として、この国を守るという義務がある。犠牲を払ってでも、などと都合のいい言い訳はいわん。だが、同じ子どもを亡くしたもの同士、どうかわしの頼みも聞いて欲しい。この国を守るために、そなたの娘をわしに預けてもらえないだろうか」
リリーの顔が、一瞬激しくゆがみました。まるで胸を刃でつらぬかれたかのような、衝撃的な横顔でした。その痛みをグッとこらえるように、リリーは目をふせ、頭を地につけました。
「……わたくしは、エリオット陛下がこの国の国王であられることに、今日ほど誇りを持ったことはございません。……それでも、ソフィアをお預けすることはできません」
「なぜじゃ? やはり娘には戦争に関わってほしくないと思ってか?」
「そうではないのです。ソフィアは、陛下たちが戦争兵器と呼ぶイズンは、すでにその力を封印されているからです」
謁見の間に、衝撃が走りました。大臣たちはついにこらえられなくなったのか、ざわめき、声をあげるものまで出てきました。しかしそんな大臣たちを制するのも忘れ、エリオット王はリリーを問いただしたのです。
「いったいどういうことなのだ? 戦争兵器の力が封印されているだと? その暴走を封印するために、アルベルトは、我が息子は犠牲になったのだ! それなのに封印されているだと? そなたはわしの心をふみにじろうというのか?」
「そうではございません。どうかお聞きください、陛下。ソフィアが封印されているのは、暴走ではなく戦争兵器としての力なのです。この二つは同じではないのです。戦争兵器としての力は、イズンを創りかえる力です。先ほど大臣殿が、わたくしが娘を失ったとき、すでに戦争兵器が完成していたとおっしゃっていましたが、そのときはまだ未完成でした。だからわたくしは封印をかけることができたのです。アルベルト様が、封印用のイズンとなって封印しようとした、暴走の危険性はどうにもできませんでしたが、ソフィアが戦わずにすむように、その力に封印をかけたのです。それはわたくしの師であるルドルフが創りあげた、封印用のイズンよりももっと強い封印です。そしてその封印を解くことは、絶対にできない。だからソフィアを徴収されても、ソフィアは戦うことができないのです。戦力にはならないのです」
またもや謁見の間は静まり返ってしまいました。今までで一番重苦しい空気に、大臣たちはもちろん、エリオット王もなにも言葉を発することができないようです。そんな中、リリーは再び頭を地につけ、ふるえる声で続けたのです。
「わたくしからイズニストの資格を剥奪するのでしたら、謹んでその罰を受け入れます。わたくしはどのような罰も受け入れます。ですが、もうこれ以上、自分の娘を、戦争で亡くしたくはないのです。それに、自分の娘に、誰かの命を奪って欲しくない。わたくしが望むのはただそれだけです」
頭を地に伏したまま、リリーはじっとエリオット王の言葉を待ちました。大臣たちも、青ざめた顔でエリオット王を見守っています。しかし王は、大半のものが想像していたような厳しい言葉をはくこともなく、ただただ疲れたように大きなため息をついただけでした。
「わかった」
それだけいうと、王は成り行きを見守っていた、軍の司令官に顔を向けました。
「もう一度フィーゴ王国に和平を申し出る使者を派遣しろ。使者には、今度は向こうの要求をすべて、どんな要求でものむように伝えるのだ」
「陛下! そんなことをしたら、やつらはこの国のイズニストたちをよこすようにいうに決まっています! わが国はイズンの技術によって発展してまいりました。その技術をむざむざフィーゴ王国に渡してしまうというのですか?」
顔を真っ赤にして抗議する軍の司令官でしたが、エリオット王は鷹のようにするどい視線で司令官を射抜きました。おしだまる司令官に、エリオット王は続けました。
「イズンの技術はわが国の発展に貢献してきた。しかしその発展とは、突き詰めれば民が平和に暮らすためのものだ。結果的に戦争が終わり、国が平和になるというなら、イズニストの技術がフィーゴ王国に渡ることぐらい、問題ではなかろう」
「……しかし、わが国のイズニストたちの技術が、フィーゴ王国に渡ってしまえば、それによってやつらがより強力な戦争用のイズンを創りあげ、今度こそわが国を属国にしようと我らに牙をむくのでは」
「我らの仕事は、そうならないようにうまく交渉することだろう。戦争というのは、武力だけがすべてではない。外交によって国を守ることも立派な戦いだ。フィーゴ王国がわが国を属国にしないように、これ以上民が不幸にならないように、ありったけの知恵をしぼることが、国をあずかる指導者の務めだろう」
軍の司令官は口をつぐみましたが、すぐにエリオット王に敬礼を返しました。エリオット王は満足そうにうなずき、それから再びリリーに目を移しました。
「ありがとう、そなたには大切なことを気づかせてもらった。わしは今まで、国民のことはすべてわかったような、傲慢な気持ちを持っておった。しかし実際はどうだ、そなたのようにつらい思いをしているものたちのことを、わしは省みることができなんだ。すまなかったな、つらい思いをさせてしまって」
頭をさげるエリオット王を見て、リリーはあわてて首をふりました。
「そんな、おやめください。陛下はわたくしの誇りです。わたくしのほうこそ申し訳ございません、お役に立つことができませんでした」
「よい。それに此度のことは、もちろん罪に問うこともない。そなたからイズニストの資格を剥奪したりもせぬ。そなたはこれからも、大切な娘と末永く幸せに暮らすのだぞ。そして、できることならわしの息子も助けて欲しい。アルベルトのたましいが封印用のイズンに宿っているのなら、それを助けだして欲しい。……頼んだぞ」
リリーはひれふし、そして「必ず」と声をふるわせて答えました。一瞬見えたその横顔には、きらりと光るものが見えました。
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