ゴールドの記憶 その12
――やっぱりだ、こうして近くで見るとよくわかる。これは、アルベールだ。アルベールによく似ている、いや、似ているというより、本人そのものだ。でも、どうして――
現実のギュスターヴが首をかしげていることなど、もちろん他の三人は知るよしもありませんでした。しかし、記憶の中のギュスターヴはまゆをひそめてつぶやきました。
「本当に人間みたいだ。イズニウムが見当たらないぶん、本当に眠っているみたいだよ。それに髪の色は違うけど、兄様によく似ている。リリーさん、アマンディーヌ、このイズンにさわってみてもいいかな?」
ギュスターヴに聞かれて、アマンディーヌが無言でうなずきました。ギュスターヴもなにもいわずに、静かに封印用イズンの手を取ります。
「……冷たい。人間のように見えるのに、ぬくもりが感じられないよ」
「ギュスターヴ様、わたしにも少し調べさせていただいてもよろしいですか?」
リリーにいわれて、ギュスターヴは一歩うしろへ下がりました。リリーもギュスターヴと同じように、まずはうでをにぎり、そして顔、特に目をじっとのぞきこんでいました。そのあと胸に耳を当て、ひとしきりからだを調べたあとに、ポケットから小さなクリスタルのかけらを取り出しました。
「それは?」
「これは魔鉱石と呼ばれるクリスタルです。魔力を探知するクリスタルで、イズニウムのエネルギーにも反応します」
説明を終えると、リリーは魔鉱石をそっと封印用イズンの胸に近づけました。魔鉱石は透明なままでしたが、一瞬かすかに輪郭がゆらめいたのです。
「あっ、今のはいったい?」
「ギュスターヴ様もご覧になられましたか? ほんのわずかですが、魔鉱石に反応がありました。ということは、イズニウムが胸の奥にあるということです。ただ、やはり予想通り、イズニウムのエネルギーが眠ったままなのでしょう」
考えこむリリーに、アマンディーヌが声をひそめて問いかけます。
「どうですか? 陛下に再度調査するように進言しますか?」
「そうですね。どちらにしてもこのままではくわしいことはわかりません。工房に移動させていただけるように、陛下にお願いしなくては」
リリーはそのまま、魔鉱石をポケットに直そうとしました。しかし現実のギュスターヴは確かに見ました。一瞬ですが、魔鉱石が青黒い色に光ったのです。思わず声をあげますが、もちろんだれの耳にもその声は届くことはありませんでした。
――なんだったんだろう、今のは。魔鉱石に反応したってことは、すごい魔力をもったものが、近くにいたってことだよね。でも、いったいなにが――
考えても、その正体にたどりつくことはなく、再び景色がぐにゃっとゆがみ、世界が溶けるようにうずまいていきました。しかし、ギュスターヴは確かに見たのです。一瞬、羽が生えた小さな生き物が、ひらりとゆがみのなかに消えていくのを。
記憶が変わるときに感じる、激しいめまいに頭を押さえながらも、ギュスターヴは気持ち悪さになんとか耐えました。乗り物酔いのような、胃のむかつきに苦しみながらも、ギュスターヴはなんとかあたりを見わたしました。
――ここは、王宮だ。戻ってきたのか――
現実のギュスターヴは、王宮にある、謁見の間に立っていました。目の前には、玉座にすわったエリオット王がいたため、現実のギュスターヴはあわててひざまずきました。しかしもちろん現実のギュスターヴの姿は、エリオット王に見えるはずもなく、エリオット王はそのとなりにやはりひざまずいている、リリーに向かって話しかけました。
「そなたからの報告はよくわかった。アルベルトのたましいが戻るのなら、もちろん喜んで封印用のイズンをそなたに預けよう。だからそなたもできる限りのことをしてくれ。頼んだぞ」
エリオット王が軽く頭をさげて、リリーに下がるように命じました。しかし、リリーはその場でひざまずいたまま、動きませんでした。エリオット王はまゆをひそめてたずねました。
「どうした? まだなにか報告することがあるのか?」
「……はい。陛下にお願いしたいことがございます」
謁見の間にざわめきが広がりました。なにごとかと、まわりの大臣たちが話しているのが見てとれます。しかし、エリオット王は軽く首をかしげただけでした。
「よいだろう、発言を許可する。顔をあげよ。それでなにかね? そなたはわが国でも卓越したイズニストだ。その貢献は感謝してもしきれぬほど。多少無理な願いでも聞きとげたいとおもうが、いったいなにが望みなのだ?」
「は、それではなにとぞお願い申し上げます。陛下、どうかわたしの娘を、ソフィアを戦争兵器として徴収しないでいただけませんでしょうか」
先ほどよりもざわめきが大きくなり、そして次の瞬間大臣たちが口々にリリーをののしりはじめたのです。
「なにを申すかと思えば、なんたることだ! 今は戦時中なのに、どうして戦争兵器を徴収しないなどということができるか!」
「そなたたちイズニストは国のために兵を作るのが役目のはず、それを放棄するなど、職務怠慢にもほどがあるぞ!」
「やはりあの師にしてこの弟子ありだな、ルドルフと同じく投獄されたいと見える」
「静まれっ!」
エリオット王の、低く、しかし腹のそこから出た声で、謁見の間はシンと静まりかえりました。たっぷりとたくわえたひげを、静かになでつけながら、エリオット王はじっとリリーを見すえました。鷹が獲物を射抜くような、有無を言わせぬその視線に、現実のギュスターヴはぶるるっとみぶるいしてしまいました。静寂を破り、エリオット王がたずねました。
「戦争兵器を徴収しないで欲しいということは、われらに戦争兵器を渡さぬということだと解釈してよいな?」
先ほどのような、威圧的な声ではありませんでしたが、剣の切っ先のように冷たくするどい口調でした。しかしリリーはまったくおびえた様子もなく、やはり静かに答えました。
「そのとおりでございます。ソフィアは、陛下たちが戦争兵器と呼んでいるイズンは、わたくしの娘でもあります。わたくしの娘は、イズンではございますが、戦争のための道具ではございません。どうかソフィアを徴収することだけは、お許しください」
「……そなたは今、娘と申したな。確かに親から娘を取りあげることは、残酷なことだ。しかしそなたが戦争兵器……いや、失礼、娘を渡さないというのなら、その娘の暴走を止めるために命を落とした、我が息子のことはどうなる? そなたたちイズニストの都合でアルベルトは命を落としたのだ。それなのにそなただけ娘を守りたいというのは、いささか都合が良すぎるのではないかな?」
しゃべりかたこそ、怒りを抑えているようでしたが、その言葉は刃のように辛らつなものでした。現実のギュスターヴは、思わずリリーのほうへ目をやりました。しかしリリーは顔色ひとつ変えずに、しっかりとエリオット王を見たまま首をふりました。
「それは違います。アルベルト様は確かに禁術によってたましいを失うことになりました。ですがそれは、この戦争によってもたらされた悲劇のひとつに過ぎません」
「しかし、ならばなおのこと、早急に戦争を終わらせるべく、戦争兵器の力が必要なのではないのか? それにルドルフから聞いたが、戦争兵器、いや、そなたの娘は、人間を傷つけるような力ではなく、イズンを創り変える力を持っているそうではないか。それならば、そなたの娘は王宮でイズンたちを戦争用の兵士に創り変えておれば、危険な目にはあわないだろう。それでも不満か?」
「わたくしがソフィアを徴収しないで欲しい理由は、危険な目にあわせたくないからではありません。もちろん危険な目にあわないなら、それが一番いいですが、それ以上にわたくしは、ソフィアに誰かを傷つけて欲しくないのです」
エリオット王はがたっと玉座から立ちあがりました。ギュスターヴはヒッと悲鳴をあげてしまいます。しかしリリーはやはり表情を変えずに、青いひとみは凪いでいる海のように穏やかに、エリオット王を見つめています。
「……なぜそこまで、戦争兵器のことを気づかうのだ? もともと戦争のための兵器として創ったのだろう、そなたのイズンは。それなのにどうしてそのようなことをいうのだ? いったいなにがそなたを変えたのだ? 申してみよ」
「……かしこまりました」
リリーは小さくうなずきました。
いつもお読みくださいましてありがとうございます。
本日は夜のいつもの時間あたりに、あと1話投稿する予定です。
お楽しみいただければ幸いです。




