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ゴールドの記憶 その10

 ギュスターヴの悲痛なさけびを聞いて、リリーは一瞬稲妻につらぬかれたように、顔をこわばらせました。しかしすぐに顔をあげると、りんとした表情で続けたのです。


「ギュスターヴ様、申し訳ございませんがわたしはただのイズニストです。魔法や術にはそれほどくわしくはありません。イズンに関することであれば、お力になれたと思いますが、特に今回は禁術がからんでいるとお聞きしました。力のある魔法使いですら、禁術によって失われたものを取り戻すことは容易ではないと聞いております。わたしの力では、アルベルト様のたましいを取り戻すことは」

「違うんです、兄様のたましいは消えたんじゃないんです! リリーさんはあの儀式を直接見てないから、知らないかもしれないけど、ぼくは確かに見たんです。アルベルト兄様のたましいが、封印用のイズンに吸いこまれていくところを」


 リリーが目を丸くしました。お茶のカップをいじっていた指を止め、わずかに首をかしげました。


「どういうことですか? わたしはてっきり、儀式が失敗して、アルベルト様も封印用のイズンも、どちらも燃えてしまったと思っていたのですが」

「そうじゃないんです、リリーさん。あの儀式で、兄様のからだは燃えてしまったのですが、その前にイズンへとたましいが入っていったのを、ぼくはこの目で見たんです。それに、封印用のイズンは燃えていなかった」

「それなら、封印用のイズンは起動したのですか?」


 リリーの問いかけに、ギュスターヴの代わりにアマンディーヌが答えました。


「それが、イズニウムがなくなっていたそうなんですよ。胸にあったはずの、ルビーのイズニウムが消えていて、もちろん起動することもなかったと、あたしゃ聞いてますよ」

「でも、きっと兄様のたましいは、あのイズンの中に残っているはずなんです。お願いです、兄様を、兄様のたましいを助けてください!」


 最後はすがるように、リリーへとお願いするギュスターヴでしたが、リリーは答えず、じっとなにかを考えている様子でした。長い沈黙のあとに、リリーはやや冷めたお茶を口に運んで、それからぶつぶつとひとりごとをいいはじめたのです。


「今回の儀式で使われた禁術は、人間のたましいをイズンに移す術だった。虹の橋を人間とイズンの間に生み出すことで、たましいを移動させることができる。その橋からたましいがこぼれ落ちれば、儀式は失敗するわ。でも、たましいがイズンに入っていったのなら、儀式は成功したはず、じゃあ肉体が燃えてしまったのは、まさか、それも儀式の一環だったのかしら? たましいが失われた肉体は、この世の理から外れてしまう。だから燃えてこの世から消えてしまうのでは? それならたましいは? 儀式が成功したというのなら、イズンにたましいが残っているのでは」

「あの、リリーさん?」


 心配そうにリリーをのぞきこむギュスターヴでしたが、アマンディーヌが肩をすくめていいました。


「心配無用でございますよ、坊ちゃま。リリー様は工房でイズンを創るときも、こうやって自分の世界に入ってしまうのですよ。でも、これはリリー様が集中されている証拠なのです。きっと素晴らしいひらめきを得るはずですよ」


 アマンディーヌがいったとおり、リリーはまわりがまったく見えていない様子で、さらにぶつぶつと続けていきます。


「しかしどうしてイズニウムが消えたのかしら? イズニウムが消えるということは、イズンではなくなるということ。でもそうなればたましいも行き場をなくして、肉体と同じように燃え尽きてしまうはず。たましいが失われた肉体と同じように、イズニウムがなくなったイズンは、この世の理から外れた存在となるはずだわ。でも、封印用のイズンは燃えることはなかった。どうしてかしら。イズニウムがまだ残っているから? でもいったいどこに? 胸にあった、ルビーのイズニウム、たましいが宿ったのなら、胸に吸いこまれたはず、そしてそれは人間でいうところの、心臓に?」


 リリーは三段スタンドに置かれていたお菓子やケーキを、一心不乱に口に運んでいきました。突然のことに、あっけにとられるギュスターヴでしたが、リリーはまわりのことはまったく見えていない様子で、手づかみでどんどんお菓子を食べていきます。


「アマンディーヌ、本当にリリーさんは大丈夫なの?」


 ギュスターヴが小声で聞くのと同時に、リリーが「そうだわ!」と大声でさけんだのです。びくっと身を硬くするギュスターヴでしたが、アマンディーヌはほっとしたような表情で、リリーに話しかけました。


「それじゃあなにかわかったのですね?」


 アマンディーヌに聞かれて、リリーはしばらくぽかんとしていましたが、やがてこくっと首をたてにふりました。そして、クリームやチョコレートで汚れた手を見て、ほおを赤らめました。


「ああ、ごめんなさい。昔からのくせなの、イズンのことを考えると、食べるのが止まらなくなっちゃって」

「あ、いえ、いいんです。それよりなにかわかったんですか?」


 身を乗り出すギュスターヴに、リリーは笑いかけました。ナプキンで手を拭き、ときおり考えこみながらも説明を始めました。


「先ほどアマンディーヌさんが、胸にあったはずのイズニウムが消えてしまったとおっしゃっていましたが、きっとそれは消えてしまったのではなく、たましいと適合したのではないかと考えられます」

「たましいと、適合?」

「ええ、わたしもそこまでくわしくはないですが、魔法精神論という学問では、人間のたましいは心臓に宿るといわれています。そして、イズンのたましいは……この場合は、魔法で創られた、イズンを動かすためのエネルギーという意味ですが、そのたましいはイズニウムに宿ります。では、その二つをつなげる禁術を使ったとしたら? 人間のたましいがイズンに宿るわけですから、そのイズンはより人間に近くなる。つまり、イズニウムが消えてしまったのではなく、新たなたましいとして、イズンの心臓へと変化したということなのです」


 ギュスターヴは、目をぱちくりさせて考えこんでいましたが、リリーはくすっと笑って続けました。


「別に理論についてはどうでもいいのです。大切なのは、アルベルト様のたましいは、確かにイズンに宿っているという事実なのですから。でも、禁術でたましいを動かしたことによるショックなのか、それとも禁術が途中で中断されたことによる影響なのかはわかりませんが、どちらにせよ、現状ではアルベルト様のたましいは覚醒していないと考えるのが妥当ですね」

「覚醒してないってことは、眠っているっていうか、封印されているような感じなの?」

「そういうことになりますね。だから封印用のイズンは起動しなかった」

「じゃあ、兄様はずっと眠ったままなの? もう目覚めることはないってこと?」


 かすれた声でたずねるギュスターヴでしたが、リリーは首を横にふりました。


「いいえ、正確な状態は、まだ封印用のイズンを見ていないので、なんともいえませんが、禁術による影響で覚醒していないのなら、打つ手はあります」


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