ゴールドの記憶 その9
「あれ、きみは、メイドの」
「ギュスターヴ様。それにアマンディーヌ様も、お待ち申しておりました」
とびらを開けたのは、王宮のメイドであるエマでした。ふわっとした茶色い髪をゆらしながら、おっとりと二人にほほえみかけます。
「さあ、どうぞお入りください。リリー様もちょうど作業を終えて、お茶をお飲みになっておりますから」
エマにいわれるがままに、ギュスターヴとアマンディーヌは部屋の中へ入りました。
「わぁ……」
ギュスターヴは思わず息を飲みました。壁じゅうにぶ厚い本と、カラフルな薬品の入った試験管が並べられています。天井からは何本もの糸につるされて、様々な薬草がつるされています。それ以外にもカラフルな光をはなつ鉱物や、大小さまざまな筆に小刀、そして部屋の奥には、筒状に丸められた何本もの反物がしまわれていたのです。
「まるで、魔法使いの部屋みたいだね」
「ええ、もともとイズニストも、魔法使いから派生した職業ですから。イズンを創るには魔法の道具が欠かせないのです」
となりの部屋から、鈴を転がすような女性の声が聞こえてきました。海のように深い青色の髪をうしろで束ねた女性が、工房に入ってきました。
「坊ちゃま、紹介しましょう。こちらがリリー様ですよ」
「あ、あの、ギュスターヴです」
リリーはフフッとほほえみ、うなずきました。髪と同じく、すいこまれそうなほどに青いひとみが、ギュスターヴの顔をとらえました。
「存じ上げておりますよ。わたしはリリー。イズニストとして働かせていただいております」
ゆっくりとおじぎをすると、リリーはギュスターヴとアマンディーヌを、となりの部屋へ招きました。
「どうぞこちらへ。この工房ではおくつろぎになることもできないでしょう。お茶をご用意しておりますから、どうぞ」
リリーにうながされて、ギュスターヴはそろそろとそのあとをついていきました。工房のとなりの部屋は客間になっているようで、すでにお茶の準備は整っていました。
「うわぁ……」
ギュスターヴは思わず感嘆の声をあげました。真っ白なテーブルクロスの上に、ガラスでできたティーポットと花の模様がかわいらしいティーカップが並べられています。ティーポットの中には、小ぶりのバラとハーブが入っていて、うっとりするようなうす桃色に染まっています。そしてテーブルの真ん中には、三段スタンドが用意されていて、スコーンやチョコレートケーキ、パイやタルトにマカロン、そしてジャムとクリームが山盛りにされていたのです。
「すごいや、まるで王宮のお茶会みたいだ」
年相応にはしゃぐギュスターヴに、リリーがうれしそうに笑いかけました。
「喜んでいただきなによりです。セルフィーから王子様がこちらに来られると聞いたので、エマたちにあわてて用意をお願いしたのよ」
エマが照れくさそうにうなずきました。
「ちょうど近くに、移動式のお菓子屋さんが来ていたから助かりました。さ、どうぞ、おすわりください」
エマにすすめられるがままに、ギュスターヴは席に着きました。慣れた手つきでお茶を入れていくエマに、ギュスターヴはたずねました。
「でも、どうしてきみがここに? きみは王宮でメイドさんをしていたんじゃ?」
「ああ、そうでしたね、リリー様、あたしゃどうも口下手で、まだギュスターヴ坊ちゃまに説明してなかったんです。申し訳ないけど、坊ちゃまに教えてあげてくださいな」
アマンディーヌにいわれて、リリーは静かに首をたてにふりました。
「ギュスターヴ様もご存知のとおり、ユードラ王国はイズンを創る技術が非常に発達しております。それはなにも、戦争に限ったことではございません。日常に役立つイズンも、いくつも創られております。そしてそれらは、ほとんどがイズンとしてすぐにわかるような姿をしております。人間のすがたに似せるのはとても難しく、ほとんどのイズニストがそこまでの技術を持っていないからです」
リリーはエマにそっとなにか耳打ちしました。エマはこくりとうなずいて、それから胸につけたブローチに、自分の右手を添えたのです。
「あっ!」
ギュスターヴが驚いたのも無理はありませんでした。どこから取り出したのか、いつの間にかエマの右手には、光り輝く短剣がにぎられていたのです。
「いったいどういうこと?」
ギュスターヴの問いかけに、リリーではなくエマが答えました。
「ギュスターヴ様、わたくしは、いいえ、わたくしだけでなく、王宮にお仕えしております、ほとんどのメイドが、実はリリー様がお創りになったイズンなのです」
「えっ、イズン? でも、きみはどうみても」
「人間に見えるでしょう。でも、エマたちはイズンなのよ。通常のメイドとは違って、様々な防衛術に長けた、戦えるメイドなの」
リリーにいわれて、エマがえへへと恥ずかしそうにほおを染めました。
「今は戦時中ですからね、王宮にいつ敵が侵入してくるかわかりません。ですからわたくしたちのような、メイドとしての仕事だけでなく、いざとなれば王族を守れるようなイズンが必要とされているのです。といっても、メイドとしての作法は、まだまだ見習いですけどね」
ちらっと舌を出して、エマがアマンディーヌの顔をのぞき見ました。アマンディーヌはふうっとため息をついただけで、なにもいいませんでした。
「でもぼく、まだ信じられないよ。だってきみは、どう見たって人間なのに。それなのにイズンだなんて。でも、やっぱりこれだけのイズンを創れるんだったら、リリーさんは兄様のことも、アルベルト兄様のこともお救いになれるんじゃないですか?」
ギュスターヴに問いかけられて、リリーはそっと目をふせました。野ばらの甘く切ない香りのするお茶に口をつけると、リリーはとまどいながらも答えました。
「ギュスターヴ様、アルベルト様の儀式のことは、わたしも人づてですが聞いております。……お辛かったでしょう、目の前であのようなことが起こったなんて。ですが、わたしにはどうしようもないのです」
「そんな!」




