エメラルドの章 その4
ビアンカはうつむき、声をふるわせました。
「わたしとシンシアは、そのとき教会のシスターさんのお世話係をしていたわ。そのシスターさんは、少しだけれど魔法も使えて、イズンであるわたしたちのことも、大切にしてくれた。でも、イズンをめぐって起きた大戦が終わって、まだいくばくも経っていないあのころは、魔法使いにも、そしてイズンにも優しくなかった。シンシアを教会に眠らせてくれたシスターさんも、魔法使い狩りでつかまり、火あぶりにされたわ」
ソフィアが口を押さえました。魔法使い狩りのことは、アルベールも聞いたことがありました。戦争を起こしたのは魔法使いとイズニストだといううわさが、大陸中に広がり、罪のない魔法使いたちが迫害されたと。もちろん現在は、大陸の人々もイズンやトレジャーハンターに対して、うさんくささこそ感じてはいるものの、敵意は持っていません。ですが、そういった迫害を伝える話は、どこの町にも残っているものでした。ビアンカは話を続けました。
「本当に一人ぼっちになってしまったわたしは、当てもなく町をさまよった。でも、どこに行っても、おんなじだった。シンシアがいなくなったあとのわたしは、ぬけがらだったから。イズンを嫌う人たちが少なくなっても、それはやっぱり変わらなかった」
「ビアンカちゃん……」
ビアンカは、ふらふらとその場に座りこみました。井戸の入り口を見あげると、エメラルドグリーンの光が苔むした壁を照らしあげました。
「わたし、もう疲れちゃったの。シンシアと一緒にいたときは、なにもかもが輝いて見えたのに、シンシアがいなくなってからは、全てが色あせてしまった。あの子のイズニウムの光が失われてから、わたしの世界も輝きを失ったの。だから、わたしは自分で自分の輝きを終わらせようとした。旅の途中で見つけたこの井戸に、身を投げたの」
ソフィアがハッと息をのみました。アルベールが顔をしかめます。ビアンカがうつむくと、エメラルドグリーンの光がかげりました。
「でも、わたしの輝きは終わらなかった。シンシアの輝きは終わってしまったのに、わたしはこうして生き続けないといけないなんて。でも、自分では、どうしてもイズニウムの光を終わらせることはできなかったの。何度も壁にぶつけて、イズニウムを砕こうとしても、傷一つつかないなんて。だからわたしは、ずっと空を見あげていたの。月の輝きは、シンシアの光に一番似ていたから……」
誰もなにもいいませんでした。ふと、アルベールは井戸の入り口を見あげましたが、今日は新月なので、月はどこにも見えませんでした。
「それで、わたしにイズニウムのエネルギーを、吸収して欲しいっていったのね」
ソフィアの問いかけに、ビアンカは顔をゆがめました。
「ごめんなさい、残酷なお願いだってことは、わかっているわ。でも、あなたに吸収してもらえなければ、わたしの心はこの先ずっと、このさびしい井戸の中にとらえられたままになるわ。シンシアの輝き、手に届きそうなのに、絶対に届かない輝きを思い続けて」
「……どうしても、終わらせたいの?」
ビアンカはじっとソフィアの顔を見つめました。ビアンカの金色の髪の毛に、一瞬銀色の髪が重なって見えたような気がしましたが、光のいたずらだったのか、それはすぐに消えてしまいました。
「……わかったわ。でも、約束する。あなたのイズニウムの輝きは、絶対にむだにはしないわ。あなたと、あなたの妹のシンシアちゃんの分まで、わたしはしっかり生きる。だから、安心して輝きを預けてね」
ソフィアは祈るように、両手でアメジストのイズニウムを包みました。手から全身へと、紫色の光が広がっていきます。それに共鳴するように、ビアンカのエメラルドグリーンの輝きが、ゆらめき、そして弱くなっていきました。ほたるが命を燃やして飛び、そして燃え尽きてしまうかのように、エメラルドグリーンの光はゆらぎ、そして消えていきました。ソフィアのアメジストが、ゆっくりと輝きを取り戻しました。イズニウムのエネルギーを吸収したのです。
「……終わった、のか?」
アルベールのつぶやきに、ソフィアがうなずきました。
「ありがとう、わたし、あなたの分までしっかり生きるわ」
ソフィアは横たわるビアンカの髪飾りから、エメラルドのイズニウムを取り外しました。そしてそれを、自分のエプロンドレスのポケットに大事にしまったのです。
「なんだ、それを売ったらまた大もうけできると思ったのに。いてっ!」
アルベールの足に、ソフィアは思いっきり飛びげりをしたのです。
「もしこのイズニウムを売ったりしたら、アルといえども絶対許さないんだからね!」
「わかってるって、じょうだんに決まってるだろ」
苦笑いをうかべるアルベールを、ソフィアがさらにけろうとしたときでした。突然ガラガラと、なにかが崩れる音が聞こえたのです。
「えっ、なにこれ、もしかしてわたしがアルをけったから?」
「違う、これは……そうか、さっきのイズニウムのエネルギーが強すぎて、この井戸にまで影響を与えたんだ。ソフィア、早く捕まれ! 急いでここから出るぞ!」
アルベールはソフィアをつかんで、ロープを急いでのぼっていきました。しかし、ソフィアはアルベールの手から逃れようと、じたばたと暴れます。
「待って、まだ、ビアンカちゃんのからだが下に残っているのよ!」
「バカ、さっきイズニウムを取っただろ! からだまで持っていくなんてできるわけないだろ!」
しかし、ソフィアはからだをよじり、アルベールの手からすり抜けました。そのままビアンカのからだにかけよります。
「ソフィア、危ない!」
井戸の壁が崩れて、がれきがビアンカのからだにおおいかぶさったのです。さらにソフィアにもがれきがおそいかかります。
「ソフィア!」
アルベールはロープを離し、地面に着地しました。ソフィアはがれきにはさまれて、身動きが取れないようです。
「アル、あなただけでも逃げて! わたしのことはほうっておいてよ!」
「バカ、まだそんなことを! お前、さっき誓ったばかりじゃないか、あの子の分まで生きるんだろ、精一杯生きるんだろ!」
アルベールはがれきをどけて、再度ソフィアのからだをつかみました。まるで地震のように、井戸の中が激しくゆれます。がれきがアルベールのからだに、あられのように打ちつけますが、アルベールはソフィアを胸に抱いてかばいながら、必死でロープを登っていきました。
「このままじゃ、わたしたち二人とも死んじゃうよ!」
「だまってろ!」
アルベールは傷だらけになりながらも、ようやく井戸の中からはいでることができました。そのまま井戸から離れると同時に、井戸は崩れ、そこには大きな穴ができたのでした。アルベールはへなへなとその場に倒れこみました。
「助かった……」
「アル、ありがとう」
ソフィアが顔をくしゃくしゃにしてからいいました。アルベールは、へヘッと笑って、答えました。
「まあな。今回は売れないけど、お前と一緒にいれば、もっと大もうけできるだろうからな。金のにわとりはそう簡単に手放せないからな」
アルベールの言葉に、ソフィアはあきれ顔で笑いました。