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ゴールドの記憶 その2

 世界がゆらぐのを体感して、酔ったような気持ちの悪い感覚におそわれましたが、それもじょじょに消えていきました。頭をぶんぶんっとふりながら、ギュスターヴはあたりを見わたしました。


「ですから、今回の実験体にはわたしがなるといっているんです!」


 ドンッと机を叩く音とともに、アルベルトのいらだったような声が聞こえました。それとともに、目の前にかかっていたもやが消え、自分がいる場所がはっきりしてきたのです。そこは王宮の会議室でした。質素なつくりの長テーブルをはさんで、たっぷりと豊かなひげをたくわえた老人と、アルベルトが向かい合っています。


「父上!」


 ギュスターヴとアルベルトの父親であり、ユードラ王国現国王の、エリオット・ユードラその人が、じっとアルベルトを見つめていました。年老いた風貌とはうらはらに、その目は鷹がはるか空から国を見守るかのような、静けさと落ち着きをあわせもっています。エリオット王はふうっと疲れたように息をはきました。


「お前の気持ちはわかるが、これはすでに会議にて決まったことだ」


 アルベルトのとなりで神妙な顔でうつむいていた、記憶の中のギュスターヴが、すがるように顔をあげました。アルベルトとエリオット王を、交互に見つめています。そのとき国王のとなりで、控えめに立っていた男がコホンッとせきばらいをしました。真紅のローブを着て、短いながらも真っ赤な赤い髪は、まるで不吉な血を思い起こさせます。アルベルトがその男を、射抜くように見つめました。


「アルベルト様、ご理解ください。これは我らユードラ王国が、戦に勝つための最善の策なのですよ」


 その声は現実のギュスターヴも、聞き覚えのある声でした。どこかで聞いたことのある、しわがれた声の持ち主に、アルベルトが苦々しげに忠告しました。


「ルドルフよ、お前が魔法技術の参謀となってから、確かにわが国の国力は上がった。それはお前のすばらしい功績だと思う。だが、戦のことになれば話は別だ。我らの軍はフィーゴ王国とは互角以上に戦っている。それなのにこれ以上イズンの兵器を持つ必要はないのではないか?」


 ――そうだ、あのときの魔法使いさんだ。でも、どうしてここに――


 混乱する現実のギュスターヴでしたが、もちろん記憶の中の人物たちは、彼のことを気にかけるはずはありません。ルドルフがさとすような口調で答えました。


「それに関しては、以前も議会でお話したはずでございます。アルベルト様が我が勇猛果敢な軍の最高責任者でございますから、そのようにおっしゃるのはわかります。しかし、戦とはときに現実を見すえなければならないこともあるのです。本当に互角以上に戦っているのであれば、ユードラ大陸南部をやつらに占拠されるようなことはないはずですが」


 ねちっこいいいかたのルドルフにも、アルベルトは毅然とした態度で向かい合います。


「それは奇襲をしかけられて、十分な兵を南部の防衛に回すことができなかったからだと、わたしも以前の議会で説明したはずだ。現に近況としては、戦線は膠着している状態だ。このままうまく和平交渉を進めれば、南部を失うだけで戦争は終結する。これ以上強力な兵器を持つ必要はわたしには見えないが」


 アルベルトの言葉に、それまでじっと話を聞いていたエリオット王が、重々しく口を開きました。


「双方のいい分はどちらもよくわかる。その上で今回のことは、正式に議会の承認を得て決まったことだ。第二王位継承者であるギュスターヴを、封印用イズン開発のための実験の被験者にするということは。アルベルトのいうとおり、戦線は膠着している。しかしながらそこにいたるまでには、我が軍の兵はもちろん、南部で生活していた民も犠牲になっている。これ以上犠牲者を出さぬためにも、我らは戦争兵器を完成させねばならないのだ。そのために王族のたましいが必要だというのなら、もちろん差し出さねばならん。民や兵が命をかけているというのに、我ら王族がたましいをかけないというのは言語道断じゃ」


 アルベルトが、今度はエリオット王をにらみつけました。金色のひとみが、まるで燃えているかのような、激しい怒りを宿した視線でした。


「父上はギュスターヴがかわいそうではないのですか? いくら民のためとはいえ、ギュスターヴはまだほんの十三歳です。たましいをささげるというのはあまりに酷です。百歩ゆずって、戦争兵器が暴走した際の封印用イズン、これの開発は認めましょう。しかしながら、それの被験者として弟を、ギュスターヴを使うというのは認められません

「しかしじゃな、アルベルト」


 エリオット王が口を開こうとするのを、アルベルトは手で制しました。王に、そして父に対する態度としてはいささか不遜なものではありましたが、エリオット王はそんなことは全く気にならないといった様子で、アルベルトにうなずきました。


「……ルドルフ、その実験は王族の血を引いているのであれば、誰でもよかったはずだな? たとえばわたしでも」

「アルベルト、お前いったいなにを」


 エリオット王はアルベルトの強い視線を感じて、再び口を閉ざしました。ルドルフはうやうやしくおじぎしてから、首をたてにふりました。


「さようでございます。ただし、被験者が若ければ若いほど、成功する確率は高くなります。そのため王族でもっとも若いギュスターヴ様を被験者にするのが、一番確実でございます」

「それにお前は第一王位継承者だ、アルベルトよ。しかもお前は軍の最高責任者でもある。そのお前を今回の被験者にするなどということはできん。もし万が一、お前が命を落とすようなことがあれば、それは国家の安全をゆるがす一大事だ。国王として、それは認めることはできん」

「しかし!」


 アルベルトにつめよられ、エリオット王はふうっと疲れたようにため息をつきました。ゆっくりといすにすわりなおし、それから静かに続けました。


「本音をいうとな、わしもこの実験をすること自体反対なのじゃ。それは王族のたましいを使うからではない。お前やギュスターヴはもちろん、もし仮に他の国民たちのたましいを使ってもいいということであってもだ。人間のたましいをイズンに移すなど、前例がない。成功するかどうかさえも不明とあっては、そんな実験にわしの家族を巻きこむなど、考えたくもないわ」

「国王陛下!」


 ルドルフが口をはさみましたが、エリオット王は片手を上げてルドルフを制しました。


「わかっておる。議会で承認されたことだ。当然わしもその決定には従う。だが、わしも国王である前に人の親じゃ。躊躇ぐらいはする」


 ルドルフは苦い顔をしたまま、なにか考えをめぐらすように目をつぶりました。しばらくの間沈黙が流れ、そしてルドルフは再び目を開きました。エリオット王をしっかり見すえて、反撃を開始したのです。


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