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アメジストの章 その7

「うっ、く、つつつ……」

「大丈夫ですか、いったいなにが起こったのですか?」


 誰かに背中をなでられて、アルベールはハッと目を覚ましました。ふりむくとそこには、タキシードを着て、右目に片眼鏡をつけた老紳士が、困惑した表情を浮かべていました。


「あんた、セバスチャン……さんか?」

「じゃあやはりあなたは、アルベールさんですね。エプロンさんもいっしょに現れたので、まさかと思ったのですが」


 ぼやけていた景色がはっきりと見え出すにつれて、アルベールは自分が今病室にいることに気がつきました。セバスチャンが入院していた、あの病院でした。


「そうだ、トリエステは? それにルドルフとソフィアはどうなったんだ? おれたち、忘れられた港であいつらと戦っていて」

「落ち着いてください、医療用のイズンを呼びましたから。アルベールさん、あなたの左うで、ものすごいけがですよ。動いたら傷にさわります。とにかく落ち着いてください」


 セバスチャンにいわれて、アルベールは左うでに視線を移しました。おかしな方向に関節が曲がっていて、肉がところどころえぐれています。忘れていた痛みが一気によみがえってきて、アルベールが苦痛に満ちた悲鳴をあげます。のたうちまわるアルベールを、セバスチャンが必死に支えます。


「セバスチャンさん、けが人はどこですか? まさかあいつらが、また攻めてきたんじゃないですよね」


 白衣を着た看護師が、医療用のイズンをつれて部屋に入ってきました。包帯と薬品が入った試験管を何本も持ったそのイズンは、人型ではなくどちらかというと医療ボックスに車輪と手がついたかのような、不思議な形でした。


「大丈夫ですか? まずは止血と、折れたうでに添え木をしないと。ああ、動かないでください。動くと傷口が――」


 看護師が言葉を切ったので、セバスチャンが不信に思って看護師を見あげました。看護師はじっと一点を見つめています。セバスチャンも看護師の視線を追って、思わず声をあげていました。


「あなたは、あのときのイズン!」


 エプロンの影に隠れてさっきは見落としていたのでしょうか。病室にいたのはアルベールとエプロンだけではなかったのです。大きな羽のついた羽根つき帽子をぎゅっとつかんで、ギュスターヴがうずくまっていたのです。


「みなさん、早く逃げてください! すぐに自警団を呼んでこないと!」


 駆け出そうとする看護師に、アルベールが大声で待てと制しました。ふりむく看護師に、アルベールは傷みをこらえながら首を横にふりました。


「そいつは、とりあえず今のところは無害だ。それに、そいつに聞きたいことがある。うぐっ、頼む、そいつのことは、誰にもいわないでくれ」


 ぐうぅっと、アルベールがうめき声をあげました。看護師が急いで医療用のイズンに指示を出します。医療用のイズンが、アルベールのうでの血をふき取り、軟膏をぬった包帯を巻いていきます。


「わかりました。ではひとまず、この部屋には誰も入れないようにします。あなたも誰にもいわないでいただけますか?」


 セバスチャンに聞かれて、看護師はためらいながらも、最後はうなずきました。


「いいでしょう。あなたたちはこの町をこのイズンから守ってくださいましたから。でも、もし町に危害が及ぶようでしたら、そのときはそいつを自警団に引き渡してもらいますよ」

「もちろんです。それにわたくしも正直まだどうなっているのかわからないのです。アルベールさん、傷の手当が終わり次第、なにがあったのか話していただけますか?」


 しかしアルベールは首をふりました。いぶかしがるセバスチャンに、アルベールは切羽詰ってたずねたのです。


「それよりセバスチャンさん、トリエステは? トリエステのことは見ませんでしたか?」

「トリエステさん? いえ、この病室に現れたのは、あなたとエプロンさん、そしてあのギュスターヴというイズンだけです。トリエステさんは、それにダヴィデさんもいませんが、いったいなにがあったのですか?」


 その質問には答えず、アルベールはグッと左うでを持ち上げました。痛みに顔をしかめますが、グッと歯をくいしばって立ち上がろうとします。


「ちょっと、なにしてるんですか、まだ包帯も巻き終わってないのに、動くとよけいけががひどくなりますよ!」


 あわてて看護師が止めようとしますが、その制止を振り切り、アルベールはセバスチャンにつめよりました。


「本当か? トリエステは本当にいなかったのか? それじゃあまずい、トリエステのやつ、おれたちだけここに移動させて、あそこに残ったんだ! 早くトリエステを助けに行かないと!」


 今度は看護師だけでなく、セバスチャンもアルベールのからだをつかんで押さえました。左手の傷が痛んだのか、アルベールはうぐっとくぐもった悲鳴をあげて、その場にすわりこみました。


「落ち着いてください! あなたがたは忘れられた港にいたのでしょう? 正直わたくしも、どうしてあなたがたがここにいきなり現れたのか、まったくわからないのです、しかし、あなたがたがもし忘れられた港で戦っていたのなら、ここから戻るまでどれだけ急いでも半日はかかるのですよ! とにかく今は治療です! おとなしくすわっていてください」


 またも立ち上がろうとするアルベールを、セバスチャンが押さえてすわらせました。そのすきに医療用のイズンが、包帯の続きを巻いていきます。


「くっ、だけど、トリエステが……」

「アルベール、さっきのはまさか、トリエステのタロットの力なの?」


 いつの間にか起きあがっていたエプロンが、アルベールにたずねました。アルベールは無念そうにぎゅっと目をつぶり、軽くうなずきました。


「そう、だと思う。どうしておれたちだけがここに戻ったのかは、わからないけどな。とにかく早く戻らないと、トリエステが危ないし、ダヴィデのことも気になる。それにソフィアが」

「それはわたしだってそうだよ。でも今はうでの傷を治すほうが先でしょ。このまま行っても、またルドルフにやられちゃうよ」


 アルベールはエプロンをにらみつけました。燃えるように赤いその目を、エプロンはまっすぐに見つめ返しました。


「移動だって半日かかるなら、今はどうしようもないよ。それにもしさっきの力がトリエステの力なら、きっとわたしたちを戻すことができるのも、トリエステだけだわ。どうしてトリエステがわたしたちだけを逃がしたのか、それをしっかり考えないと」

「それは……」


 トリエステとルドルフの因縁を思い出して、アルベールの顔から血の気が引きました。


「まさか、トリエステのやつ、ルドルフと死ぬ気じゃ」

「違うわ、アルベール。トリエステはそんなことは思わなかったはずよ。トリエステがわたしたちを逃がしたのは、わたしたちしかルドルフとソフィアを止められないからよ。だから中途半端に戻っても、結局トリエステの願いをふみにじることにしかならないわ」

「だけどよ、このままじゃトリエステは」

「アルベール、わたしたちにしかできないことを考えて! わたしたちをこの町に戻したってことは、トリエステは時間をかせぎたかったってことでしょ。その間になにをすべきか、わたしわかるわ。ルドルフを倒すためのヒントを探せってことなのよ」


 アルベールは痛みをこらえるように歯を食いしばし、じっとエプロンを見つめました。


「ヒントって、いったいなんだよ?」

「ギュスターヴよ。ギュスターヴは今、記憶を失っているわ。それにルドルフがいっていたでしょう、ギュスターヴを洗脳していたって。その洗脳が解けているってことは、ルドルフの洗脳も永久に続くわけじゃないってことだわ。なら、ソフィアさんを操っている、ルドルフの魔法だって解くことができるかもしれないでしょ」


 アルベールは目を見開きました。痛みを完全に忘れたかのように、からだを起こしました。


「ギュスターヴ、おい、お前いったいどうやって洗脳を解いたんだ? そもそもお前、記憶がないみたいだけど、どこまで覚えてて、どこまで覚えてないんだよ?」


 突然アルベールにどなりつけられ、ギュスターヴはヒッと短く息を飲みました。エプロンがあわててギュスターヴを抱き上げました。


「そんないいかたしちゃだめよ、アルベール。この子はわたしたちをおそったときのギュスターヴとは、違うのよ」


 エプロンはおびえるギュスターヴを、病室のベッドにすわらせました。エプロンもすわりこみ、ギュスターヴと同じ目線になって話しかけました。


「ゆっくりでいいから、思い出してみて。思い出せることを。あなたはいったいどうしてあそこにいたの?」


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