アメジストの章 その3
「くそっ、やるしかねえのか」
ソフィアをしっかり見すえたまま、アルベールがかけだしました。ソフィアはまゆひとつ動かさずに、アルベールに向けて矢をはなちました。
「ふっ!」
つんのめるようにななめに転がり、アルベールは矢をかわしました。ソフィアはやはり動じずに、落ち着いて何発も矢をはなちます。それはもはやボウガンのような速度と正確性でした。しかしアルベールは右へ左へ飛び、ときには転げまわって、ソフィアの矢をよけていきます。
「なにをやっとる、あんなやつさっさと射殺さんか!」
ルドルフが手をふりあげてどなります。ソフィアはギリギリッと弦を引きしぼって、じっくりアルベールを狙おうとするのですが、フェイントをかけて飛び回るアルベールに、うまく狙いを定めることができないようです。そのすきをついて、アルベールがルドルフになにかを投げつけました。
「ちっ、こざかしいまねを!」
ルドルフは青い結界をはって身を守ります。しかし、投げられたのはただの石ころだったようで、結界に当たってすぐに砕けたのです。
「くそっ、あいつ結界をはれるのか!」
アルベールがすばやいバックステップで、ルドルフから距離をとります。
「いまだ、やつを狙い撃ちしろ!」
ルドルフの命令どおり、ソフィアは矢を何本もアルベールにはなちました。アルベールは横っ飛びでかわしますが、しかしじりじりと追いつめられ、そして逃げ場がなくなったそのときです。
「アルベール、ルドルフを攻撃するのよ!」
トリエステのさけび声が聞こえました。ルドルフは再び自身のまわりに青い結界をはります。このままつっこめば、結界に激突してしまいます。しかしソフィアの矢に追いつめられ、前に進む以外に逃げ場がありません。
「こうなりゃやけだ! うおぉぉっ!」
短剣を前に突き出し、アルベールはルドルフの結界めがけて突進しました。動きを読んだソフィアがアルベールに矢をはなちました。結界の中でルドルフがにやりと笑います。しかしトリエステがタロットを一枚めくったとたん、ルドルフの結界が消え、アルベールのまわりに現れたのです。ソフィアの矢は結界にはじかれ、アルベールはルドルフに短剣をつきさそうとします。間一髪、ルドルフは青い光をまとった手で、アルベールの短剣をふせぎました。
「おのれっ、『正義』の逆位置か」
「不公平、不均衡、そして偏向。あなたの結界をアルベールへと移しましたわ」
ソフィアが弓をキリキリと張りつめて、力いっぱい矢をはなちました。しかしルドルフの結界は、いとも簡単に矢をはじきます。
「結界がないならお前なんて!」
アルベールが、そして遅れてエプロンがルドルフに切りかかります。ルドルフもデインディーネを呼び出して、それぞれの攻撃を予知します。二人の攻撃を驚異的な反射神経でかわし、ふせぎますが、だんだんとルドルフは押されていきました。
「くそっ、早くこいつらを撃たんか!」
ソフィアが何度も矢を連射しますが、矢はすべてルドルフがはった結界にはじかれて砕けてしまうのです。ルドルフは声をはりあげました。
「それならあの女を攻撃しろ! そうすれば結界ももとに戻る」
ソフィアがトリエステめがけて矢を何本もはなちました。建物の影に隠れるトリエステでしたが、ソフィアの矢は建物を一気に砕きます。かろうじて砕けた破片はよけましたが、トリエステの足がもつれてその場に倒れこんでしまったのです。ソフィアが寸分たがわず、トリエステめがけて矢をはなちました。
「あぶねぇっ!」
ギュスターヴをかばっていたダヴィデが、とっさにトリエステをつきとばしました。しかし、矢は代わりにダヴィデのお腹をつらぬいたのです。
「ダヴィデ!」
トリエステとアルベールが同時に悲鳴をあげました。ダヴィデはうぐうっと苦しそうなうめき声をあげます。お腹につきささった矢は、紫色の光となってとけていきました。ダヴィデのからだも、紫色の光につつまれていきます。
「ダヴィデ、大丈夫か? くそっ、いったいダヴィデになにをしたんだ?」
矢がからだをつらぬいたはずなのに、ダヴィデのお腹には穴が開いているどころか、傷ひとつついていませんでした。ポケットに隠していた石を全部ルドルフに投げつけ、アルベールはダヴィデのもとへかけよります。石はすべてルドルフの前で結界に防がれました。エプロンの巨大包丁も、青い結界にはじかれます。
「みんな、いったん下がって、もう一度タロットを、きゃっ!」
タロットをめくろうとしたトリエステが、再びダヴィデにふきとばされたのです。ソフィアが矢をはなったのかと、アルベールがすばやく反転します。しかしソフィアは弓をかまえたまま、無表情でこちらを見ているだけです。
「なんだ、じゃあどうしてダヴィデはトリエステを?」
「アルベール、よけて!」
トリエステの声が耳に入ると同時に、アルベールはネコのようにその場から飛びのきました。一瞬前までアルベールがいた場所を、紫色の矢が通過していきます。ソフィアとはまったく逆の方向から飛んできた矢に、アルベールは目を疑いました。
「どうなってるんだ?」
アルベールの目の前に、紫色の光をまとったダヴィデが仁王立ちしていました。黒い宝玉でできた目は、いまや暗い紫の炎をともしています。右うでの腕輪にはめこまれたサファイアは、青い輝きを失って、どす黒い紫色の光をはなっています。
「ダヴィデ……?」
頭では理解できなくても、アルベールのからだは反射的に動いていました。うしろに飛びのき、おそってくる紫の矢をぎりぎりでかわし続けます。
「おい、ダヴィデ、いったいどうしたんだ! 正気に戻ってくれ!」
両手に紫色に輝く弓矢を持ち、ダヴィデはアルベールに標準を合わせました。いつもはひょうきんに見えるその顔は、今では仏頂面にしか見えません。からだじゅうに、にごった紫の光をまとって、ダヴィデはじりじりとアルベールと距離をつめていきます。
「ごめん、ダヴィデ!」
エプロンが巨大包丁の腹の部分で、ダヴィデを思い切り叩いてふきとばしました。ダヴィデはゴロゴロッと転がっていき、壁に当たってぐったりと倒れこみました。持っていた紫色の弓矢も、空気にとけるように消えていきます。
「今のってまさか、ソフィアの矢を食らったからか?」
アルベールがごくりとつばを飲みこみました。ソフィアは気絶したダヴィデをいちべつして、それから弓矢をかまえました。矢よりも冷たいその視線に、矢よりも速くアルベールたちの心を射抜きました。
いつもお読みいただきありがとうございます。
明日は2話投稿予定です。
とりあえずお昼ごろとだいたいいつもの時間あたりを予定しています。




