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エメラルドの章 その3

 井戸の中に入っても、すすり泣きはやむことはありませんでした。今ならなにをいっているのかも、はっきり聞こえてきます。すすり泣きは、女の子の声でした。


「……シア、シンシア……」

「これって、誰かの名前?」

「耳をふさいでおけ!」


 するどい声で叫ぶと、アルベールはロープをにぎり、ゆっくりと井戸の奥へ降りていきました。その間も、声の主はシンシア、シンシアと、すすり泣きながらつぶやいています。今ではそのすがたも、はっきり見えました。ソフィアと同じ、女の子のイズンでした。長い金色の髪の毛についている髪留めから、エメラルドグリーンの光が放たれています。きっとあれがイズニウムなのでしょう。アルベールはソフィアをあごでさわりました。


「この距離ならなんとか吸収できるだろう。さあ、やるんだ」


 ソフィアが意を決して、顔をあげたときです。泣いていた女の子が、ゆっくりとこちらを見あげたのです。ソフィアと同じ、ビーズでできた目をしています。


「あ……ああ……」


 ぼうぜんとするソフィアを、アルベールがどなりつけました。


「早くしろ! 情けをかけるな、そうしないと、お前が死んじまうんだぞ!」


 しかし、アルベールの言葉は、もうソフィアには届いていませんでした。力を失うように、するりとアルベールの肩からすべり落ちて、ソフィアは井戸のそこへ落下しました。


「ソフィア!」


 アルベールも井戸の壁をけり、最後はロープから手を離して落下しました。やはり水はかれていたようです。やわらかい地面に着地すると、そこではすでに、ソフィアと女の子のイズンが向かい合っていました。


 ――くそっ、これじゃあソフィアは、エネルギーを吸おうとしないだろう。あとどれくらい持つかわからないが、たぶん――


 ぎゅっとくちびるをかむアルベールと、声も出せないソフィアを交互に見ながら、女の子のイズンはぽつりとつぶやきました。


「……シンシア?」


 最初は誰にいったのか、わかっていなかったようですが、それが自分にいわれていると気がつき、ソフィアは首を振りました。


「わたしは、ソフィアよ。シンシアって、いったい誰なの?」


 女の子のイズンは、ゆっくりとソフィアに近づいてきました。アルベールが身構えますが、女の子はただソフィアの髪にふれただけでした。


「似てる。シンシアと似てる。でも、髪の色は違う。あなたは、青紫色。シンシアは銀色だった」


 それだけいうと、女の子は再び、肩をふるわせて泣きはじめました。思わずソフィアは、女の子の肩を抱きました。


「シンシアって子が、誰なのかはわからないけど、でも、あなたにとって大切な人だってことはわかったわ。……さびしかったでしょう、こんな井戸の中、一人ぼっちで。いいよ、泣いても。好きなだけ泣いていいよ。わたしが、受け止めてあげるから」


 ソフィアの言葉に、女の子はついに声をあげて泣き出してしまいました。


 ――これでふりだしに戻る、か。いや、ふりだしじゃなくて、終わりなのかもな――


 アルベールはあきらめたような笑いを浮かべ、ソフィアにいいました。


「さ、それじゃあその子を連れてこの井戸から出よう。おれがなにをいっても、どうせ聞かないだろう。だが、どうするんだ。お前がその子のイズニウムのエネルギーを吸収しなかったら、どっちにしろその子までまきぞえを食らっちまうんだぞ」


 アルベールの言葉に、女の子はゆっくりと顔をあげました。


「あなたは、イズニウムのエネルギーを吸収できるの? わたしのイズニウムも?」

「違うわ、そうじゃないの。わたしは、あなたのエネルギーを吸収しようなんて、そんなつもりはないわ。本当よ、信じて」


 ソフィアはあわてて首を振りました。しかし、女の子の答えは予想もしなかったものでした。


「それなら、吸収して。わたしを、わたしのイズニウムの輝きを……終わらせて」




「シンシアは、わたしの妹だったわ。わたしとシンシアは、同じ魔法細工師イズニストに創られた、姉妹なの」


 ビアンカという名の女の子のイズンは、井戸の入り口を見あげながら、ぽつりぽつりと話をはじめました。


「わたしたちは、とても仲のいい姉妹だったわ。二人とも、戦争用のイズンではなくて、お世話係として創られたから、他のイズンと違って、痛んだりすることもなかった。幸せだったわ。ユードラ王国が大戦によって滅んだあとも、わたしたちは生き続けることができた。そう、ずっと一緒に生きていけると思っていた」


 ビアンカは首を振り、乾いた笑みをうかべました。


「でも、シンシアはわたしと違ってイズニウムが小さすぎた。いくらお世話係のイズンとはいえ、日々魔力は消費されていく。それに、お世話係だからこそ、そこまで長い寿命は与えられなかったんだと思うわ。そして、ある日、シンシアは動かなくなった。あの子のイズニウムの色は、今でも覚えているわ。月の明かりに似た、やわらかな銀色だった。でも、その光は消えてしまい、ただの宝石、ムーンストーンに戻ってしまった。わたしはたった一人の妹を失ってしまった……」


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