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アメジストの章 その1

 ソフィアが絶叫した直後――


 血だまりの中で倒れているアルベールを見て、ソフィアが絶叫をあげました。その様子をネクロンディーネの魔法で闇に隠れて見ていたルドルフは、声を出さずにほくそ笑みました。


 ――ククク、いいぞ。あとはバカ王子の声で――


 ルドルフはシルフィンディーネを呼び出して、自分の声の波長をギュスターヴに変えさせました。さらに空気を振動させて、とどろくような笑い声とともにギュスターヴの口調をまねてさけんだのです。


「ククククク、クハハハハ! ついに殺してやったぞ、下級市民が! これから余のイズニウムが貴様を吸収してやるからな、世の血肉となれることをありがたく思え、ハーッハッハッハ!」


 そのとたん、ソフィアの胸に飾られていたアメジストから、目が焼けてしまわんばかりにまばゆい光がはなたれたのです。紫色の光が炎のように、ソフィアのからだを包みこんでいきます。とてつもない魔力の波に、意識が持っていかれそうになりましたが、ルドルフはグッと腹に力を入れてふんばりました。そして、ソフィアのからだに忍ばせたどす黒い光の波長に意識を集中していきます。その間にもソフィアは、紫の炎に包まれて、だんだんとすがたかたちを変えていきます。子ネコほどの大きさだったからだが、人間と同じくらいに大きくなり、さらに背中に大きなつばさが生えはじめています。


「くそっ、なんて成長スピードだ! このままでは洗脳する前に覚醒される。どこだ、どこにある……あった、ここだ!」


 まるでどす黒い光を手でつかむかのように、ルドルフがグッと右手をにぎりしめました。つばさをググッと伸ばしていたソフィアのからだが、ビクンッとはねあがりました。ルドルフはくっくと不気味に笑い、そしてにぎった右手をじょじょに手前にひきよせたのです。ソフィアのからだがビクビクッとふるえて、紫の炎の中で、何度かつばさをばたつかせました。しかし抵抗はそこまでで、紫の炎が一気に燃え上がると、内側がどす黒い色へ染まったのでした。ルドルフは右手をゆっくり開いていき、それから軽く指をはじきました。紫の炎が消えて、ついに覚醒したソフィアのすがたが現れたのです。


「おお……。なんと神々しいすがただ。まるで天使、いや、女神だ。これはわしの、魔法使いたちの希望の女神だ。しかもわしの意のままにあやつることができる。くくく、なんとすがすがしい気分なのだ。ククク、ハハ、ハーッハッハッハッハ!」


 ルドルフの高笑いがこだまします。女神の姿へと覚醒したソフィアが、ブンッとつばさをはためかせ、小屋を吹きとばして空へと飛び上がりました。




「あれです、あの小屋です……うわっ! なんだ、あれ」


 アルベールたちの道案内をしていたギュスターヴが、すっとんきょうな声をあげました。目の前にあった小屋の屋根が、突然吹き飛んだのです。アルベールも目をみはりました。


「なんだ、爆発か? いや、あれは、まさか……」


 屋根を吹きとばして現れたのは、真っ白なつばさをはためかせた、青紫色の髪の天使でした。純白のエプロンドレスも、つばさと同じく少しのけがれも見当たりません。そしてその胸には、さんさんと輝く巨大なアメジストが飾られていました。天使のうしろでは、ちょうど朝日が昇るところだったため、その金色の光も重なって、そのすがたは光の化身そのものでした。


「なんだ、あれは……天使……?」


 天使は優雅につばさをゆらしながら、ひらりとアルベールたちの前におりたちました。どうしていいかわからず、棒立ちになっているアルベールたちを、天使がひとりひとり見つめていきます。その目は人間と同じかたちでしたが、紫色の輝きを放つ眼球は、まるでつくりもののような印象を与えます。そう、まるで巨大なビーズで作られたかのような……。


「お前たちは、イズンか?」


 突然聞かれたので、アルベールはなにがなんだかわからず、口ごもってしまいました。天使は機械のように無感情な声で、くりかえし質問しました。


「お前たちは、イズンなのか?」


 紫色のひとみが、水晶のように冷たい輝きをはなちました。生き物の温かみをまったく感じないその視線に、アルベールたちはみぶるいしました。


「おれとトリエステは違う。だがエプロンとダヴィデ、それにギュスターヴはイズンだ。だが、それがどうかしたのか? そもそもお前は何者だ? すがたかたちは、おれたちが知ってるやつにそっくりだけど」


 その天使のすがたは、確かにソフィアとまったく同じでした。ただ、大きさが人間のサイズになっているということと、背中につばさが生えているという点が違うだけでした。


 ――だが、ソフィアと決定的に違うのが、こいつからはたましいの香りっていうのか、命のぬくもりっていうのか、そういうのがまったく感じられない。まるで本当に機械のような、イズニウムのエネルギーじゃなくて、なにか別のもので動いている、ただの道具のような感じしかしない。ソフィアはもっと人間に近かったはずだ。こいつはすがたかたちは人間だが、まったく人間とは違う。イズンでもない、そう、たとえるなら――


「まさか……戦争兵器に、覚醒したのか?」


 アルベールのつぶやきには答えず、天使は左手をスッと空にかかげました。すると突然、左手に白銀に輝く美しい弓が出現したのです。つばさを広げた白鳥のようなシルエットの弓を、天使は流れるような所作でかまえました。精巧な細工をほどこされているというのに、弓はしなやかに曲がり、天使は弦をピンと張りました。しかし矢はどこにも見当たりません。天使は感情を殺した冷たい声でいいはなちました。


「イズンは悪だ。争いをもたらし、人間に敵対する悪だ。わたしはイズンを滅ぼすもの。イズンを滅ぼし、世界に真の平和をもたらすもの」


 天使が引きつめた弦に、突然紫色の矢が現れました。アルベールが横っ飛びでエプロンを地面に押し倒しました。キャッとエプロンが悲鳴をあげます。一瞬前にエプロンがいた空間を、紫色の矢が貫いていきました。ぼうぜんと天使を見あげるアルベールに、再び弓をかまえます。アルベールは思わず天使にたずねていました。


「お前は……いったいだれだ?」


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