ルビーの章 その10
ベカールの足元の床が、アリ地獄のように砂となって、足が土にからめとられていきました。いきなりのことでかわすことができなかったベカールは、ルドルフに剣をふりおろします。風をまとった剣はルドルフの青い手にらくらくと捕らえられました。
「土と水の精霊、グランディーネよ、大地の力を見せるのだ!」
ベカールの足元に、黒と青のグラデーションが美しい羽の、土と水の精霊グランディーネが現れました。グランディーネが手をかかげると同時に、ベカールがウグァァッと遠ぼえのような悲鳴をあげます。ベキベキッと鈍いいやな音をたてながら、ベカールの足にからんでいた土が、岩のように固くなっているのです。
「ぐ、ぐうっ、おのれ、おのれぇ!」
なおも剣をふろうとするベカールの目の前に、また別のフェアリーが現れます。赤と青の入りまじった羽をした、その新たなフェアリーは、いたずらっぽくベカールに指をふります。ベカールが剣で切りつけようとしますが、剣はフェアリーに届かず、炎のうずにはじかれます。
「炎と水の精霊、サラマンディーネよ、燃え盛るうずで、我にあだなす者をおぼれさせよ!」
炎と水の精霊、サラマンディーネは、パチンッと指を鳴らしました。そのとたん、ベカールのからだはごうごうと勢いよく燃える炎のうずに包まれ、その身を一気に焼かれたのです。ギャアァァァッと悲鳴をあげましたが、その声さえも炎に焦がされるかのようです。ルドルフがパチンッと指を鳴らすと、炎のうずは消えましたが、ベカールはすでに黒焦げになって息絶えていました。
「確かにわしがはる結界は、多くの魔力を消費する。だが、結界をはっている間は他の魔法が使えないなどというのは、お前の早とちりだ。あえて他の魔法を使わなかっただけだ。お前が油断している間に、わしは精霊たちのすがたが見えないように魔法をしかけ、一気に精霊たちを開放したまでのこと。次に魔法使いと戦うときは、魔法だけでなく、言動すべてに注意して戦うのだな。……ああ、すまなかった、次はないのだったな」
ルドルフはライトグリーンの光を手にまとわせて、ほおにつけられた傷と、わき腹にゆっくり触れました。ほおの傷はふさがっていき、わき腹に残っていた鈍い痛みも消えていきます。ルドルフはギュスターヴが出ていったとびらのほうへ目をやりました。
「あのバカ王子はどうするかだが、記憶を戻されたのはやっかいだな。それにもともとの素材があれほどおくびょうな性格では、今後もうまく使うことはできまい。」
次にくるりと振り返って、部屋の中にあるたんすに視線を移しました。あらかじめ魔法で守りを与えていたので、たんすは他の家具と違い、ほとんど傷がついていませんでした。はげあがった頭を指でなでつけ、ルドルフは深いため息をつきました。
「ならば早いうちに鞍替えしたほうがいいな。しかし、リリーのかけた封印はどうしようか。あのバカ女め、やっかいな封印を残しおって。『愛によって強まる魔法』か。道具ごときに愛などとうつつを抜かしていたから、命を失ったというのに。死してなおまだ守りとして残るとは。……だが」
ルドルフは静かにたんすの棚を引き出しました。中ではソフィアが、スースーと寝息を立てて眠っています。ルドルフはまず、ソフィアをしばっていた魔法のなわを消し去りました。そしてソフィアに触れようとしたのですが、紫色の光を思い出して、あわてて手を引っこめました。
「『愛によって強まる魔法』ならば、愛を失うことで弱まることもあるはずだ。そしてこの戦争兵器が愛する者も、どいつなのかわしにはわかる。愛するものを失えば、リリーの封印も解除されるだろう。解除までされなくとも、弱まればわしの魔術が押さえこめる。あんなバカ女よりも、わしの魔術のほうが勝っているに決まっているのだ」
ぶつぶつとひとりごとをいいながら、ルドルフはベカールのもとへ戻りました。そして風と水の精霊、シルフィンディーネを呼び出して、黒焦げになったベカールのからだを、水の魔法で洗ったのです。足はつぶれ、からだじゅうやけどだらけでしたが、先ほどよりは人間らしく見えるようになりました。
「闇と水の精霊、ネクロンディーネよ、うそいつわりの闇で真実をおおいかくせ!」
ルドルフは呪文を唱え、三角形を組み合わせた魔法陣を宙に描きました。銀色の光をはなっていた魔法陣が、一気に黒く染まるとともに、羽が真っ黒のフェアリー、闇と水の精霊、ネクロンディーネがすがたをあらわしました。ネクロンディーネはちらりとルドルフを見ると、ベカールに向けてファサリと羽をはばたかせました。羽から黒いりんぷんが飛び散り、ベカールのからだをおおっていきました。そのすがたはじょじょに変わっていき、最後には血を流したアルベールのすがたになったのです。ルドルフは満足そうにうなずくと、ネクロンディーネはフッとすがたを消しました。
「よし、最後のしあげだ。バカ女め、貴様の封印などに負けるわしではないことを、証明してやるわ」
ルドルフは意を決したように、寝ているソフィアに向けて右手をかざしました。ルドルフの右手から、じわじわとどす黒い霧のような光が、ソフィアに向けて下りていきます。
「むぅっ、硬い……それにこの密度、並大抵の魔法ではないな……」
黒い光は、ソフィアのからだには触れられず、手前で紫色の光にはじかれたのです。ルドルフはウッと顔をしかめました。無数の針を刺されるようなするどい痛みが、右手のひらをおそいます。それでもルドルフはふんばって、右手からどす黒い光をはなち、ソフィアを包みこもうとしていきます。紫色の光はじょじょに黒い光に侵食され、だんだんと黒く染まっていきますが、ついに耐え切れなくなったのでしょうか、ルドルフは手を引っこめました。
「くぅ、なんという守りだ。わしの洗脳をここまではじくとは。くやしいが認めなければならんな。あの女の才能だけは」
ルドルフは右手のひらをのぞきこんで、眉間にしわをよせました。手のひらには焼け焦げたようなあとがあり、ところどころ皮がめくれて血がにじんでいたのです。ルドルフはライトグリーンの光で傷をいやして、再度ソフィアに右手をかざしました。
「わしの魔法に、ひれふすのだ……」
どす黒い光は、紫色の光に押し返されますが、ルドルフは目をぎゅっと閉じて右手だけに集中しました。紫色の光が少しずつ鈍くなり、輝きが失われていきました。じわり、じわりと、どす黒い光が紫色の光に侵食していきます。黒い汚れが広がるように、どす黒い光が紫色の光を押しのけていき、ついにわずかですが、ソフィアのからだに触れることができました。そのとたん、ルドルフはブファアッと大きく息をはきだしました。うめきながら右手をライトグリーンの光でいやします。
「はぁ、はぁ、くそっ、すさまじい力だ。だがわしの勝ちだ。ほんの少しだが洗脳の光を、こいつのからだにしみこませることができた。あとは洗脳が広がっていくのを待つだけだ。くく、ふはは、ハハハハハ!」




