ルビーの章 その7
「おのれ、待たんか!」
ルドルフがののしりながらギュスターヴを追いますが、ルドルフの頭を真空の刃がおそい、パッとフードを切りさいたのです。フードが地面に落ちて、はげあがったルドルフのこめかみから、かすかに血が流れています。
「ほう、完全に頭を真っ二つにしたと思ったのだが。フードに魔法でもかけていたのか?」
ベカールが獲物を見すえるような目を、ルドルフに向けます。そのすきにギュスターヴは開いていたとびらから部屋の外へと逃げていったのです。
「待てっ、く、邪魔をするでない!」
ルドルフの前にベカールが立ちはだかります。土の波でベカールを押しつぶそうとしますが、ベカールは真空剣で波を吹きとばし、ハハハとごうかいに笑いました。
「どうやらお前がなにか小細工をして、あの王子を操っていたようだな。ということはお前を倒せば、同時にあの王子も無力化するというわけだ」
ルドルフはベカールを無視して、光のなわをギュスターヴに向けて投げつけました。しかしそのなわをベカールが剣で切りさきます。
「邪魔をするなといったはずだ!」
「ふん、わたしもさっきいったはずだ。わたしとの戦いに集中せず、片手で戦うなど言語道断! このわたしをあまりなめるなよ」
真空剣をヒュヒュンッと軽く振っただけで、新しく出した土の波が一瞬で切り刻まれました。目を大きく開くルドルフに、ベカールは剣を向けました。
「さて、これでもまだあの王子のあとを追おうとするのか?」
ルドルフはこめかみの血を指でぬぐい、ふふ、ふ、と静かに笑いだしました。いぶかしげに見るベカールに、ルドルフはゆっくりと顔をあげました。その顔には、悪魔のような邪悪な笑顔がはりついています。さすがのベカールも、おぞましさで顔をしかめました。
「なるほどな、確かにお前をどうにかせぬ限り、バカ王子の洗脳は再開できそうにないな。だが、お前など片手で戦ったところで勝てる相手だ。それを全力でやれだと? 聞いてあきれる。しかしいいだろう。さすがのわしも、ここまで邪魔立てされたら腹が立つ。お前を八つ裂きにしてから、あのバカ王子を追うとしよう」
目をらんらんと輝かせたルドルフを見て、ベカールは剣をかまえなおしました。
「いったいここはどこなんだ。頭が痛いよ……」
なんとか部屋から抜け出してきたギュスターヴは、とぼとぼと忘れられた港の小道を歩いていました。建物はまばらで、しかも人の気配はまったくしない、ゴーストタウンのような小道でした。しかしそのどれもがずいぶんと高く、大きく感じられます。部屋から抜け出して、外に出たときは真っ暗でしたが、歩き回っているうちに、じょじょに東の空が白んできているのが見えました。夜が明けるのでしょう。ずいぶんと久しぶりに夜明けを見たような気がして、胸の奥がキューッとしめられるように感じられます。ギュスターヴはそっと目をぬぐおうとしましたが、不思議なことにどれほど悲しみを感じても、目から涙は出ませんでした。
「泣き虫だったはずなのに、どうして泣けないんだろうか」
頭にもやがかかっているようで、記憶がはっきりしませんでしたが、不思議と泣いている記憶だけは、ありありと思い出すことができました。王宮のベッドに顔をうずめて、いつも泣きはらしていたことを。そして、そういうときには必ず、兄がなぐさめてくれるのでした。
「アルベルト兄様……」
涙を流すことはありませんでしたが、それでもいつものくせで、ギュスターヴは上を向きました。星が、夜明けをむかえ白んでいく空に、うすれて消えていくのが見えます。もしかしたら自分も、あの星のように消えていくのではないだろうかと、ギュスターヴは空恐ろしい予感に身をふるわせました。と、そのとき、どこか遠くでざわざわと、なにかの気配が感じられました。
「なんだろう、向こうのほうかな?」
本人は気づいていませんでしたが、目で見たり、耳で聞いたりするのと同じくらい自然に、ギュスターヴはイズニウムの波動を感じ取っていたのです。それは空気のざわめきとなって、ギュスターヴの肌にぞわぞわっとした刺激を与えました。しかしそれは不快になるようなものではなく、むしろ昔から知っているような、そしてどこかなつかしい、そんな刺激でした。心地よい泡でなでられるかのような、不思議な感覚だったのです。ギュスターヴはその感覚がするほうへ、すいよせられるように歩いていきました。
「……ん? おい、いたぞ! みんな気をつけろ!」
男の人の声がすると同時に、誰かがギュスターヴに飛びかかってきたのです。突然のことに、ギュスターヴは思わず悲鳴をあげていました。
「ひぃぃっ! 巨人だ! た、助けて、お願い助けて!」
ギュスターヴに飛びかかったうちの一人、アルベールは、ギュスターヴのおびえように目をしばたたかせました。しかしダヴィデは途中で止まれなかったようで、ギュスターヴに思いっきりタックルを食らわせたのです。ぐえっと情けない悲鳴をあげて、ギュスターヴは吹きとばされました。
「なんだ、どうしたんだ? これがあのギュスターヴか? どう考えても別人だぞ」
肩をすくめるアルベールでしたが、エプロンが巨大な包丁をかまえたまま、厳しい声でいいました。
「だめよ二人とも油断しちゃ! どうせそいつがなにか罠をはっているのよ。気をつけて、それに気を抜かないで」
エプロンが巨大な包丁を振り下ろしたので、ギュスターヴはぴぎゃっと、またもや情けない声を出して、かろうじて包丁をよけました。しかし完全にこしが抜けたのか、まともに起きあがることもできずに、はいつくばりながらあとずさりしています。さすがにエプロンもおかしいと思ったのか、包丁をかまえたままアルベールに聞きました。
「ねえ、どう思う? これってやっぱり演技なのかしら? わたしたちを油断させるおしばい?」
アルベールは首をふって、それからギュスターヴを見おろしました。
「あいつの性格を考えたら、こんなおしばいをするくらいなら死を選ぶだろうな。やってることはめちゃくちゃだったけど、プライドもめちゃくちゃ高いやつだから、こんなこと演技でもしないと思う」
「でも、それじゃあこいつはいったい誰なの? あのギュスターヴじゃないのなら、ギュスターヴのにせもの?」
混乱するエプロンに、ダヴィデがこぶしをパンパンッと叩きながらいいました。
「どっちでもいいだろ。オラたちにとって、こいつが敵ってことには変わりねぇんだ。おらのソフィアを盗みやがって、本物かにせものかなんてどうだっていい、こいつをしめあげりゃきっとはくぜ」
ダヴィデがじりじりと近づいてくるので、ギュスターヴはこしを抜かしたまま、必死でうしろにさがりました。
「ひぃぃっ、やめて、来ないでください! どうしていきなり攻撃してくるんですか? さっきの人もそうだし、あなたたちも、いったいぼくがなにをしたっていうんですか? なにもしてないのに、どうしてこんなひどいことを」
「なにもしてないですって? セバスチャンにあんなひどいことしたくせに、よくもそんなこといえたわね!」
エプロンが包丁で地面をザンッと切りつけて、ギュスターヴにどなりつけました。ダヴィデもギュスターヴの胸元をガシッとつかんで、ブンブンッとからだをゆらしました。
「おめぇ、おらのソフィアをさらっていっただろ! おらのソフィアにひどいことしただろ! 返せ、おらのソフィアを返せよ!」
「し、知ら、ない、です、苦しい、苦しいです……」
ダヴィデに胸元をしめあげられて、ギュスターヴがうめき声をあげました。
「ダヴィデ、もうよせ」
アルベールに止められたので、ダヴィデはしぶしぶギュスターヴを放しました。地面にドテンッと崩れ落ち、ギュスターヴはゴホゴホッと激しくせきこみます。今度はアルベールがギュスターヴをひょいっとつかまえました。
「いったいどうなってるんだよ? お前、本当にギュスターヴか? それともエプロンがいったように、おれたちをだまそうとしてるわけ?」
つかまえられて宙に持ち上げられたギュスターヴは、ひゃあぁっとまぬけな声をもらして、ぶんぶんっと首をふりました。
「だまそうとしてるもなにも、本当になにも知らないんです。ぼくがギュスターヴだってことは、本当ですけど、でもなにも覚えてないんです。気づいたらどこかの小屋で、すごく大きな魔法使いさんと一緒にいて、それでやっぱりすごい大きい騎士が、いきなりぼくに剣で切りかかってきて、魔法使いさんがぼくを守ってくれたけど、魔法使いさんもぼくをどなるし、ぼくもう、怖くて怖くて、それで逃げてきただけなんです。本当です、信じてください!」
つっかえつっかえ説明するギュスターヴを見ているうちに、アルベールもなにがなんだかわからなくなってくるのでした。助けを求めるようにトリエステのほうを見ると、トリエステはゆっくりとギュスターヴに近づき、質問しました。
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