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ルビーの章 その5

「イズニウム? まさか、でもトリエステ、君は……」


 アルベールは、トリエステの左手を、そして顔をまじまじと見つめました。


「君は、どこからどう見ても人間じゃないか。いったいどうして?」


 トリエステは長手袋を取り、左手にはめていきました。イズニウムだった藍色の手を、長手袋で隠すと、トリエステは遠い目で語り始めました。


「わたくしは以前、ソフィアとあなたに、イズンが人間になる禁じられた魔法があると話しましたね」

「ああ、だからおれたちは、その魔法を探してフィーネ大陸を目指すことにしたんだ」


 アルベールの言葉に、トリエステは消えてしまいそうな、はかない表情をうかべました。まるで今にも壊れてしまいそうな、トリエステの憂う顔に、アルベールは思わずかけよりそうになりました。しかしトリエステがアルベールの前に手を出し、首をふりました。


「大丈夫ですわ、わたくしも話をすると覚悟を決めましたから」


 そういうと、トリエステはふうっと息を大きく吸って、アルベールを見つめました。


「わたくしはもともとイズンでした。フィーネ大陸で占いを専門に行うイズンでした。ソフィアさんと同じくらいの大きさで、そのころは左手首にイズニウムのうでわをつけていたのです。ラピスラズリのうでわでした」


 トリエステは自分の左手を、いとおしむようになでてから続けました。


「フィーネ大陸では、ユードラ大陸以上に魔法が進んでいて、なおかつイズンもこちらよりはるかに受け入れられていました。わたくしは他のイズンたちと比べても、強い魔力を持っていたおかげで、占いの店も繁盛していましたのよ。そのとき使っていたタロットこそが、ソフィアさんにあげたものなのです」

「そうか、だからソフィアにぴったりのサイズで、しかも不思議な力を持っていたのか」


 アルベールの言葉に、トリエステは静かにほほえみをうかべました。


「そのとおりです。そしてわたくしは、あのままずっと自分の暮らしていた町で、占いを続けて生きていくのだろうと、そう信じて疑いませんでした。あの真紅のローブを着た客がやってくるまでは……」


 ほほえみを崩したトリエステは、くちびるをぎゅっとかみしめました。右手で左手首を強くつかんでいます。


「あの男は、わたくしの占いなどにはろくに興味を持っていない様子で、つまらなさそうにわたくしのタロットを見ておりました。やがて占いが終わり、そのまま帰るのだろうとわたくしが思ったときに、あの男は思わぬ話を持ちかけてきたのです」


 トリエステの話によると、真紅のローブを着た客は、人間になりたくないかと突然聞いてきたというのです。ずっとイズンとして、与えられた借り物の生を全うするより、人間として自由に生きてみたくないかと。トリエステはめんくらい、そしてその客に大声でどなりつけたといいます。


「占いに興味がないのは別にかまいませんでした。冷やかしで来るお客様も当時からいましたし、わたくしは自分の仕事をするだけなので、どのような目的で来られても気にしないようにしておりましたから。でも、イズンの生きかたを、命を、借り物といったあの男を、わたくしは許せなかった。特にわたくしは、自分の生きかたを誇りに思っておりましたから。ラピスラズリの藍色を、わたくしは誰よりも尊んでいたのです。だからわたくしはあの男を許せなかったのです」


 トリエステは言葉を切り、疲れた様子で首を横にふりました。


「しかしあの男は、わたくしが人間になりたいだろうが、なりたくないだろうが、きっとどちらでもよかったんだと思います。あの男にとってわたくしは素材だった。自分が知った禁術の実験台にしたかっただけなのです。わたくしが他のイズンよりも強い魔力を持っていたという理由だけで……」


 真紅のローブを着た男は、トリエステに魔法をかけたそうです。魔法でトリエステを拘束し、そしていやがり抵抗するトリエステに、無理やり禁術をかけたのです。


「果たして結果は失敗だった。わたくしはイズンでもなく、人間でもない、中途半端な存在に成り果ててしまったのです。人間ではないから死ぬことはできない。しかし、イズンとして持っていた魔力はほとんど失われてしまった。わたくしは絶望しました。ラピスラズリの藍色は、あの男によって汚されたのです。死ぬことも許されないわたくしは、やがて自分の暮らしていた町を、フィーネ大陸を、過去のすべてを捨てて、ユードラ大陸へと渡りました。そしてあのシャルムの町で、人間の占い師として生きてきたのです」


 誰もなにもいうことができませんでした。ただ馬車のガタゴトという音だけが、よりいっそう沈黙を深めるだけでした。


「わたくしの最後の望みは、その魔法使いを倒すことだけです。魔法の使い手が死ねば、わたくしにかけられた禁術も効果を失うのではないか、そう考えたからです。ですが、これは希望的観測に過ぎません。魔法使いを倒したところで、禁術がとけるかどうかもわからないし、もし解けるとしても、わたくしにかけられた禁術は失敗しております。失敗した禁術が解けるとして、果たして元に戻るかどうか?」


 トリエステはもう一度左手の長手袋を外しました。藍色に染まった左手をそっと胸に当てます。


「でも、どちらにしてもわたくしは答えが欲しいのです。そしてできれば、もう一度あのラピスラズリを見たい。ただそれだけですわ」


 フフッと笑って、トリエステは長手袋をはめました。まだはかなげでしたが、その表情はいくらかすっきりしたように見えます。


「これで話は終わりですわ。ごめんなさい、しっかりからだを休めるようにといったわたくしが、一番話しこんでしまいましたわ。さあ、忘れられた港に着くまでもう少し時間があります。ゆっくりいたしましょう」


 明るい声でいうトリエステを見て、アルベールは小さな声でありがとうとつぶやきました。ソフィアの顔を思いうかべて、こぶしをぎゅっとにぎりしめました。


いつも読んでくださいまして、ありがとうございます。

明日は2話投稿する予定です(お昼ごろと夕方か夜ごろを予定しています)。

よろしければご意見、ご感想お待ちしています♪

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