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ルビーの章 その3

 ――きて、起きて――


 誰かの声がして、ソフィアはハッと目をさましました。いつの間にか眠ってしまったのでしょうか。あたりは真っ暗で、なぜかとてもせまい部屋にいるようです。イズンである自分がこんなにせまく感じるなんて、いったいここはどこなのでしょうか。ソフィアは必死で記憶をたどり、ようやくルドルフにタンスの中へほうりこまれたことを思い出しました。


 ――縄は、ほどけてる? ううん、そうじゃないわ、いつの間にか縄がなくなってる――


 タンスの中にほうりこまれたときには、確かにからだじゅうを縄でしばられていたはずです。ソフィアはあの縄が魔法の縄だったことに気がつきました。


 ――魔法の縄がなくなっているってことは、その魔法を使った魔法使いが気を失ったりしたときだわ。それか、自分で魔法を解いたときか。でも、あのルドルフが魔法を解くはずがない。ってことは――


 ソフィアは自分のエプロンドレスについたポケットを、手で探っていきました。どうやらタロットカードは無事なようです。ソフィアは音がしないように慎重に、すみのほうへ進んでいきます。そこまで作りがよくないタンスだったのでしょう。すきまから光が差しこんでいたので、そこでタロットカードを取り出します。


「アル、トリエステ、ダヴィデ……。お願い、わたしを守って!」


 天に祈りをささげながら、ソフィアはタロットカードをシャッフルし、そして一枚をめくろうとしました。


「きゃっ!」


 いきなりタンスがゆれて、ソフィアはタロットを落としてしまいました。外でなにかがあったのでしょうか。ソフィアは急いでタロットをひろっていきます。そして、最後にひろったカードの絵柄を見て、再び小さな悲鳴をあげてしまいました。


「これ、悪魔の絵……」


 タロットには、ヤギの角を生やし、黒い翼を広げた悪魔が描かれていたのです。ソフィアは身を固くしました。とたんにガタンガタンっとタンスがゆれて、ふっとからだが軽くなりました。そして次の瞬間、ガダダンっという音とともに、すごい衝撃がソフィアをおそったのです。タンスのなかをゴロンゴロンっと転がされるなか、ソフィアは頭を守って身を丸くします。ゆれは激しかったぶん、すぐにおさまりました。そして運がいいことに、タンスが倒れたときの衝撃で、ソフィアが入れられていた引き出しがバンっと開いたのです。


「うう……。いったい、なにがあったの」


 からだじゅうをタンスの壁にぶつけて、痛むのを必死でこらえながら、ソフィアはそろそろと引き出しから顔を出しました。


「うそ……」


 質素だった部屋のなかが、めちゃくちゃになっていました。テーブルやいすがひっくり返されて、床には割れた食器が散らばっています。しかしそれ以上に目を引いたのは、壁につけられた無数の傷あとでした。細く鋭いそれは、剣でつけられたものでしょう。ここで行われただろう戦闘の激しさを想像して、ソフィアは寒気を覚えました。


 ――とにかくここから逃げないと。それにしても、ルドルフとギュスターヴはどこに行ったのかしら――


 よろよろとタンスの中からはい出ると、ソフィアは改めて部屋の中を見わたしました。よく見ると部屋のそこかしこに、血しぶきが飛んでいます。


 ――ギュスターヴはイズンだから、血が出ることはないわ。それならこの血は、ルドルフかしら。それとも、ほかの人かしら――


 頭の中ではそのようなことを思いながらも、ソフィアの胸には、いい知れぬ不安がまとわりついて離れませんでした。先ほど見た、黒い翼を広げた悪魔が脳裏によぎり、ソフィアはぎゅっと目をつぶりました。


 ――大丈夫よ、きっと。きっと誰かがルドルフたちと戦って、それでルドルフが負けたんだわ。だからこの血はきっとルドルフのものよ。そうに決まってる。わたしが知っている人たちの血なんかじゃ、絶対にないわ。絶対に――


 血しぶきに触れないように気をつけながら、ソフィアは部屋の出口を目指しました。いつまたルドルフやギュスターヴが現れるかと、身を硬くしながら進んでいきましたが、どちらのすがたも見えませんでした。それどころか、気がつけば外からはなんの音も聞こえてきません。部屋の中は無音でした。


 ――すでに戦いは終わったのかしら。もしルドルフやギュスターヴが勝っていたら、きっとわたしが逃げてないかどうか探しに来るはずだわ。でも、来てないってことは、あいつらが負けたってことかしら。でも、誰に? もしかして、アルベールたちが助けに来てくれたのかな――


 アルベールの、のほほんとした顔を思い出して、ソフィアは思わずくすっと笑ってしまいました。胸にまとわりつく、不安の影が少しやわらいだ気がして、ソフィアはよしっと気合を入れました。


「こうなったら、意地でもアルに会って、それから思いっきりつねってやるんだから」


 割れた窓ガラスでからだを傷つけないように気をつけながら、ソフィアはようやく部屋の出口へとたどりつきました。ドアは開いていましたが、その先は暗くてよく見えません。割れたガラスの外からは、冷たい空気と、うっすらと白んだ空が見えていました。夜が明けようとしているようです。ソフィアは意を決して、ドアの外へと進んでいきました。


 ――なにかしら、なんだか知らないけど、胸がドキドキしてるわ。この先になにか、わたしを変えてしまうなにかがあるような――


 考えごとをしていたので、ソフィアの足がなにかねっとりとしたものに触れました。あわててあとずさりするソフィアでしたが、足元に赤い血だまりができているのに気がついたのです。すんでのところで悲鳴を飲みこみ、ソフィアは血だまりの先にある、血だまりを作った人間へと視線を移しました。倒れているその人間は、どこかで見たことのある服装をしていました。


「まさか……」


 見てはいけない、その先は見ないほうがいい、頭のどこかから、そのような危険信号が発せられていましたが、それでもソフィアのビーズの目は、倒れている人間の足、腹、うで、肩と、だんだん顔へ視線を移していきます。そして、見慣れた短髪の赤毛を目にしたとたん、ソフィアの心ははりさけ、のどがさけるほどに絶叫したのです。


「いやぁぁぁぁっ!」


「ククククク、クハハハハ! ついに殺してやったぞ、下級市民が! これから余のイズニウムが貴様を吸収してやるからな、世の血肉となれることをありがたく思え、ハーッハッハッハ!」


いつも読んでくださいまして、ありがとうございます。

明日からは毎日1話ずつ更新していきます(日曜日は2話更新する予定です)。

だいたい夕方か夜あたりを考えていますが、時間は日によってずれるかもしれません。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。ご意見、ご感想もお待ちしています♪

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