ルビーの章 その2
余裕たっぷりなギュスターヴを見て、騎士たちがわずかにたじろぎました。と、次の瞬間、ギュスターヴのすがたが消えて、剣をかまえていた騎士がどさっとその場に倒れたのです。
「なっ……」
言葉を失う騎士たちですが、その間をぬうように、金の光がひらめいていきます。金の光にからめられた騎士たちは、崩れるようにその場に倒れていきます。
「くっ、かまわん、火を放て、ぐぁっ!」
残っていた騎士が、外に警告を発すると同時に倒れました。それとともに、外からボッボッとなにかがはぜるような音が聞こえてきます。きっと火を放たれたのでしょう。縛られたままのソフィアは、あわててじたばたと身をよじります。
「なにをやっているんだ、お前は。そんなことをしたところで、ルドルフの魔法が解けるはずがなかろう」
あきれ顔でギュスターヴがいいました。いつの間にかソフィアのとなりに戻ってきていたのです。
「そんなこといってる場合じゃないでしょ! このままじゃみんな焼け死んじゃうじゃない」
声をはりあげるソフィアを見て、ルドルフがおかしそうに笑い出しました。
「やれやれ、ラウル帝国の紋章をつけた騎士たちだったから、どのような精鋭が来るか楽しみだったが、ここまで無能な相手だったとは。これでははりあいがないではないか」
「でも、囲まれてるし、火まで放たれているのよ!」
あわてるソフィアに、ふうっとわざとらしいため息をついて、ルドルフは手で宙になにかを描いていきました。ルドルフの指でなぞられたところが、銀色の光となって宙に残ります。
――あれは、魔法陣――
三角形と四角形を複雑に組み合わせた、銀に輝く図形を、最後は大きな円でかこみました。そのとたん、完成された魔法陣が、青白い光を放ち出したのです。
「水と風を司りしシルフィンディーネよ、我が呼び声に応えたまえ!」
とどろくようなルドルフのさけびとともに、魔法陣から光輝く生き物が飛び出したのです。その生き物は、上半身が羽の生えたフェアリーでしたが、下半身は魚の尾びれをしていました。からだじゅうが青と緑の光に包まれていて、一目で魔法の生き物だとわかります。シルフィンディーネと呼ばれたその生き物は、ルドルフに軽くおじぎをしたあと、風のようにその場からすがたを消しました。
「ちょっと、あいつ行っちゃったわよ!」
ソフィアの非難にはまったく耳を貸さずに、ルドルフはじっと目を閉じ、集中しています。すると不思議なことに、さっきまでボッボッと鳴っていた弾けるような音がやみ、かわりにどなり声と悲鳴が聞こえてきたのです。そしてしばらくしたあと、今度はその悲鳴すらも聞こえなくなり、最後はまったくの無音になってしまったのです。
「いったいどうなったの?」
身をよじるのも忘れて、ソフィアがルドルフにたずねます。答えるかわりにルドルフは、ソフィアをがしっとつかんで部屋の外へ連れていきました。
「きゃっ!」
思わず声をあげるソフィアを、ルドルフがあの意地の悪い笑顔で見おろします。三人がひそんでいた建物の外には、何人もの騎士たちが倒れていたのです。夜のカーテンにおおわれていたので、はっきりとは見えませんでした。しかし、だんだんと目が慣れてくると、血のにおいとともにおぞましい惨状が目に飛びこんできたのです。
「なに、これ……」
ある騎士はのどをかきむしり、またある騎士はのたうちまわったからか、からだじゅうにすり傷ができています。しかし、その騎士たちみんなに共通しているのが、目を見開いて、口からはあぶくをふいているということでした。
「ひどい……。どうしてこんなひどいことを」
「お前は今しがた見たであろう。こやつらがわしらに剣をむけ、火を放ってきたのを。身にふりかかる火の粉を払っただけのこと。それをひどいなどというのなら、お前はあのまま焼け死んでもよかったというのか?」
ソフィアはなにも答えませんでしたが、その目はキッと、ルドルフを射抜くように見すえました。
「まあよい。道具にどう思われたところで、わしはまったく心は痛まん。そしてそれは殿下も同じことだ」
ソフィアはギュスターヴのほうへふりかえりました。金色に輝くギュスターヴの目と視線があい、ソフィアは思わずたずねていました。
「あなたは本当に、ほかの人を傷つけることで心は痛まないの? イズンだってそう。エネルギーを吸収しなくてもいいのに、ほかのイズンのエネルギーを吸収するなんて、そんなことをして心は痛まないの?」
ソフィアは暗い井戸のなかで吸収されていった、ビアンカのエメラルドグリーンの光を思い出しました。今まで生き残るために吸収してきた、ほかのイズンたちのイズニウムの光を思い出しました。どのイズニウムの光も、すべてソフィアのアメジストのなかに吸収し、ともに生きているのです。でもそれは、きっとほかのイズンたちが本当に望んだことではないのでしょう。本当はみんな、もっともっと生きていたかったはずなのです。その生命をうばうことで、自分はここに生きている……。ソフィアはもう一度だけ、金色に輝くギュスターヴの目をのぞきこみました。ソフィアのアメジストが輝き、金色の光がわずかによろめきます。
「余は、……ぼくは……」
ギュスターヴが苦しそうに頭を抱え、その場でひざをつきました。ルドルフががしりとソフィアをつかみ、ギュスターヴから遠ざけます。
「殿下、お気を確かに!」
しかしソフィアは確かに見ました。ギュスターヴの羽根つき帽子に触れたルドルフの手が、どす黒い光を放っていたことを。そして、その光がルドルフのからだにまとわりついたことを。
「あなた、もしかして」
ソフィアに声をかけられても、ルドルフはふりむきもしませんでした。急いでギュスターヴに目をむけると、すでに立ちあがり、しっかりと前を見すえていました。まるでなにごともなかったかのように、ルドルフに呼びかけます。
「ルドルフ、まわりのザコどもは掃除し終わったか?」
「もちろんでございます、殿下。ただ、どうせやつらはこちらの戦力を測るための斥候でしょう。本命はこれから来るものと思われます。それに、アルベール様もまもなくこの忘れられた港に到着するでしょう」
アルベールの名前を聞いて、ギュスターヴはルドルフから顔をそむけました。ソフィアはギュスターヴから、ルドルフへとむきなおり、声をあらげました。
「あなた、さっきなにを、むぐっ!」
ルドルフの作り出した赤い光の縄が、ソフィアの口にまで巻きついてきたのです。ルドルフは表情を隠すかのように、フードを深くかぶりなおしました。そして、声を出せずに苦しそうにうめくソフィアに、冷たくいいはなったのです。
「それ以上世迷いごとをいうでない。さ、殿下。夜が明ける前に、今のうちに別の部屋へ移動しましょう。やつらの襲撃はどうにでもなりますが、少々わずらわしいですからな」
「ん、ああ……」
なにか考えごとをしていたのでしょうか、ギュスターヴは心ここにあらずといった様子で、ルドルフに返事をします。なんとかギュスターヴに伝えようとしますが、ルドルフの縄が口に巻きついて、ソフィアはしゃべることができませんでした。
――この、ルドルフって魔法使いは、いったいなにを考えているの? まるで魔法で、ギュスターヴを操っているような感じだったわ。もしそれが本当なら――
しかし、ソフィアはどうやっても、ルドルフの縄から逃げ出すことはできませんでした。そのうちに三人は別の部屋へ移りました。さっきのような宿ではなく、どうやら空家だった部屋のようです。移動する際に、あたりの様子を見ることができましたが、建物もまばらで、なにより人のぬくもりというものがまったく感じられませんでした。『忘れられた港』という言葉を思い出し、ソフィアはぞくぞくと胸がざわめくのを感じました。
「ここらはフィーネ大陸に移り住んだ腰抜けどもの、かつての根城でございます。今は住むものもおらず、ほとんど人もこない、いわばゴーストタウンのようなところでございます。ここならば先ほどのような邪魔も入らないでしょう。そうだ、邪魔といえばこの戦争兵器も、ひとまずはこちらにしまっておきましょう」
ルドルフはなわでソフィアの口をふさいだまま、タンスの中へしまいこんだのです。
――いったいなにが狙いなの――




