ルビーの章 その1
「どうしてアルベールのことを狙っているの? だって、あなたたちの目的は、戦争兵器であるわたしのはずでしょう? アルベールは関係ないじゃない」
真っ赤な光の縄でぐるぐる巻きにされたソフィアは、ギュスターヴをにらみつけます。ギュスターヴはちらりとソフィアに目をやっただけで、なにも答えませんでした。
ここに連れてこられてすぐに、ギュスターヴはソフィアに、『お前はエサだ』とつげたのです。アルベールをとらえるためのエサだと。どういうことなのかたずねても、それ以上はなにも答えてくれませんでした。
「道具の分際で質問するとは、リリーも自分の娘だといっていたわりに、ちゃんとしたしつけはしていなかったとみえるな」
ルドルフがあざけるような笑い声をあげ、ソフィアを見おろしました。部屋の中だというのに、あの真紅のローブとフードは外さずにいます。しかしアルベールに切られた右手には、血のにじんだ包帯を巻いています。リリーのことをバカにされて、ソフィアはくやしそうに顔をふせました。
「ルドルフ、無駄口をたたくな」
ギュスターヴが鋭くいい放ちました。ルドルフは口をつぐみ、うやうやしくおじぎします。しかし、ギュスターヴはルドルフにはいっさい目を向けずに、なにかを考えこむようにうつむいていました。答えが返ってこないことがわかったので、ソフィアはかわりに部屋のなかを見わたしました。
ソフィアが意識を取り戻したときには、すでにギュスターヴたちはこの部屋にいました。最低限の家具しか置かれていない、ずいぶんと質素な部屋でした。一度、ここがどこなのかたずねたのですが、『忘れられた港』だということ以外は、なにも教えてもらえませんでした。
――忘れられた港っていうのが、いったいどこなのかはわからないけど、でも港ってことは、海の近くね。場所をアルたちに伝えることができたらいいんだけど――
光の縄でしばられているとはいえ、ソフィアの手元には、まだタロットカードがありました。きっとギュスターヴたちは、このタロットのことは知らないでしょう。ですが、慎重に使わなければ、きっとギュスターヴのことです。すぐにタロットを奪い取ってしまうでしょう。みんなを一瞬で行動不能にした、ギュスターヴの恐ろしい強さを思いだし、ソフィアはぶるるっと身震いしました。
――みんな、無事かしら――
アルベールの笑った顔を思いだし、ソフィアの胸をにぶい痛みが襲いました。うなだれるソフィアをじっと見ていたギュスターヴが、ふんっと鼻をならしました。
「そんなにあの男が心配なのか? 戦争兵器として創られたお前が、他人の心配をするとはな」
顔をあげ、ソフィアはギュスターヴを見つめました。言葉とはうらはらに、ギュスターヴの表情はどことなく悲しげに見えます。いったいどういうことなのでしょうか。
「……お前、あの男が覚醒したことを伝えたのか?」
いきなりギュスターヴに聞かれて、ソフィアは思わず「えっ」と聞き返しました。
「覚醒って、もしかして」
ギュスターヴたちと初めて会ったときの、アルベールの変わり様を思いだし、ソフィアはうつむいてしまいました。ソフィアはなにもいいませんでしたが、ギュスターヴはそれですべてを悟ったようでした。
「そうか、賢明だな。中途半端に覚醒の事実を知って、自らがイズンであることに気づかれるとやっかいだからな」
「……えっ? 今、いったいなんていったの?」
聞き間違いでしょうか? ギュスターヴは今、アルベールをなんと呼んだのでしょうか。ソフィアからすがるような視線を送られて、ギュスターヴはくっくと笑みをこぼしました。
「気づいていなかったのか。てっきりすべて気づいていて、あえてあの男に教えていないと思っていたが、そうではなかったのか」
「ねえ、いったいなんていったの?」
ソフィアが声をあらげます。その様子を楽しむように、ギュスターヴは笑いながら答えました。
「もうわかっているのだろうに。まあいい、もう一度いってやろう。あの男、アルベールは、イズンだ」
「しかもただのイズンではない。あのお方、アルベール様は、殿下と同じ王位継承の資格をお持ちだ。つまりは王族だというわけだ」
ギュスターヴとルドルフの言葉を、ソフィアは頭の中で何度も何度もくりかえしました。ぐるぐるとめまいがして、今にも倒れてしまいそうです。ソフィアはなんとかふんばって、ギュスターヴに首をふりました。
「そんなはずないわ、だって、アルベールからはイズニウムの波動は感じなかったもの。それに、アルベールは人間だよ。だって、わたしたちイズンと違って、食べ物も食べるし、傷ついたら血も出るし、それに、涙だって流すもの」
「それはそうだろう。やつのイズンは、人間に擬態することに特化したものなのだから。だからイズンの波動などは感じないだろうし、人間と同じ生活をするのも当然だ。やつはお前をはじめ、ほかの人間たち全員をだましていたのだ」
ギュスターヴにいいきられて、ソフィアはなにもいいかえせませんでした。違うと否定したかったですが、否定しようとするとどうしても、覚醒したアルベールのすがたを思い出してしまうのです。確かにあれは、普通の人間でなく、イズンである確たる証拠でした。
「認めたようだな。まあ、おまえが認めようがどうしようが、別に関係ないがな。どうせあの男のイズニウムは、余に吸収されるのだから」
「吸収? まさかあなた!」
驚きの声をあげるソフィアを見て、ギュスターヴはあきれたように肩をすくめました。
「なにをそんなに驚いておる。前にも一度いったことがあるだろう。王である余の一部となれるのだ。あの下級市民、いや、王族であったか。まあ、どちらにせよやつにとっても本望だろう。それに、王族のイズニウムを吸収できたなら、余の力もさらに強くなるな。やつにはユードラ王国再建の礎となってもらう」
ハハハと高らかに笑うギュスターヴに、ルドルフが声をかけました。
「殿下、お気づきかとは思いますが」
「ふん、わかっておる。ネズミどもに囲まれているのだろう」
ギュスターヴがはきすてるようにいいました。いったいなんのことかわからず、ソフィアは首をかしげましたが、すぐにその意味がわかりました。部屋のドアが蹴破られたのです。
「動くな、抵抗しても無駄だぞ! この建物はすでに包囲している」
蹴破られたドアから、剣と鎧をまとった騎士たちがなだれこんできました。騎士たちはあっという間にルドルフとギュスターヴを取り囲み、抜き身の剣を突きつけたのです。騎士たちの鎧には、沈まない太陽の紋章が刻まれています。
――いったいだれ? でも、このすきになんとか縄を抜けてしまえば――
からだをよじらせて、縄から抜けられないか試行錯誤するソフィアをよそに、ギュスターヴがくっくと笑い声をあげました。
「包囲? まさかきさまら、虎がクモの巣を恐れるとでも思っているのか?」




