アンバーの章 その2
「すごい行列ができていますわね。あれは、露天商でしょうか?」
街道の真ん中に、大型の馬車が止まっていました。トリエステがいったとおり、馬車から何十人もの人が、二列に並んで立っています。
「たぶんそうだろ。でも、あんなに行列になってるなんて、いったいなにを売ってるんだろう。なあ、トリエステ、宿を予約する前に、ちょっと並んでる人たちに話を聞いてみようぜ」
もっともらしいことをいうアルベールでしたが、鼻の下がのびています。それもそのはず、行列のほとんどが、女の子たちばかりだったのです。アルベールは足取り軽く、並んでいる女の子達に話しかけました。
「やあ、おじょうさんたち、いったいなんでこんなに行列になっているんだい?」
「えっ、知らないの?」
若い女の子たちは、はじけるように笑いました。笑いあったあとに、行列の先のほうを指さします。
「ほら、あの馬車に看板がかかってるでしょ。『エプロンの出張お菓子の国』よ」
そういってはしゃぎあう女の子たちに、アルベールは続けて聞きました。
「出張お菓子の国? なんだいそれ? ユードラ大陸に、そんな国があったっけ?」
「もう、なにいってるの。『エプロンの出張お菓子の国』は、お菓子屋さんよ。それも飛びっきり上等で、ほっぺたが落ちるほど甘い、あまーいお菓子なのよ」
今にもほっぺたがこぼれてしまうかのように、女の子たちは自分のほおを手で押さえました。
「へぇ、そんなにおいしいお菓子屋さんなんだ。じゃあさ、どうだい、おれと一緒に」
突然ドンッと、旅行かばんから音がしました。女の子たちが目を丸くします。
「あれ、なんだろうね、おれの旅行かばん、もしかして壊れちゃったかな、ハハハ……」
アルベールはぎこちなく笑いながら、そそくさと女の子たちから離れました。
「おい、ダヴィデ、なにやってるんだよ。人形のふりしておけっていったのに、あんな音たてたらあやしまれるだろ」
「違うよ、オラじゃないよ。オラ、ちゃんと人形のふりしてじっとしてたよ」
ダヴィデがブンブンっと首を横にふりました。
「ダヴィデじゃないわ、わたしよ」
悪びれた様子もなく、ソフィアが答えました。アルベールが小声で文句をいいます。
「まったく、いい加減にしろよ。おれの邪魔ばかりしやがって」
「へー、じゃあ、女の子たちをナンパすることで、わたしたちの旅にいったいどんなメリットがあるのか、教えてよ」
つんとしたソフィアの声に、アルベールはしどろもどろになります。
「いや、ほら、情報収集っていうか、あ、そうだ。おれたちも並んでみようぜ。ソフィアもほっぺたが落ちるほどおいしいお菓子って、気になるだろう?」
「わたしは人形だから、お菓子なんて食べられないけど。それに、早くしないと宿を予約できないかもしれないじゃない」
ソフィアの声が、どんどんと冷ややかになっていきます。アルベールはごまかすように、旅行かばんを勢いよく持ち上げました。
「うわっ、落っこちる!」
「ちょっと、なにするのよ!」
「いいからいいから、ほら、トリエステも来いよ。買うのはあきらめるけど、せっかくだからどんなやつらがお菓子作ってるのか、見てみたいだろ」
アルベールに手招きされて、トリエステはふふっと笑いながらついていきます。旅行かばんの中で抗議するソフィアは無視して、アルベールたちは行列の先へ向かいました。
「お菓子でほっぺが落ちロンロン♪ エプロンエプロンエプロンロン♪」
馬車の中から、女の子のあどけない歌声が聞こえてきました。それと共に、黄色い歓声もあがります。
「うわぁ、素敵! ホントに魔法みたい」
「シュガーパウダーがキラキラ輝いて、まるで小さな流れ星だわ」
遠目からでも、女の子たちが持っているお菓子のかわいらしさがわかります。それはピンク色の焼き菓子で、あざやかな紅色のクリームをはさんだマカロンでした。ですが、小さな流れ星というのはいったいなんなのでしょう。アルベールは女の子たちの肩ごしから、馬車の中をのぞきこみました。
「お客さん、それじゃあどうぞご一緒に」
フリルがたくさんついたエプロンドレスの、店員らしい女の子が、マカロンを左手に持っています。そして右手には……。
「なんだありゃ、あれって、杖、か?」
そうです、店員さんの右手には、七色のリボンが巻きつけられた、小さな杖が握られていたのです。
「マジカルステッキクルクルロンロン♪ エプロンエプロンエプロンロン♪」
店員さんのはずんだ声に、女の子たちの手拍子も加わります。こしまで届く長いオレンジ色の髪を、さらさらとなびかせながら、店員さんがくるくると踊ります。アルベールもトリエステも、思わず手拍子してしまいます。旅行かばんの中からも、小さな手拍子が聞こえてきました。
「マジカルデザートエプロンロン♪ キラキラパラパラエプロンロン♪」
すると、店員さんのかけ声とともに、マジカルステッキから銀色に光るシュガーパウダーが、流れ星のようにマカロンの上にふりかかったのです。マジカルステッキからはどんどんシュガーパウダーの流星があふれでて、いつしか馬車の外、アルベールたちのところまでふりそそいできます。砂糖が焼けたときの甘く香ばしいにおいが、あたりいちめんにただよいます。シュガーパウダーに触れて、トリエステがかすかにまゆをひそめました。
「お客様、どうぞこちらへ。エプロンさん、次のお客様がご注文される番ですよ」
女の子たちにマジカルステッキをふる店員さんに、タキシード姿のおじいさんが話しかけました。真っ白な髪をオールバックにして、右目に片眼鏡をつけています。そのすがたはだれが見ても、王宮の執事そのものでした。
「あ、ごめんねセバスチャン。じゃあわたしの自信作『ピュアピュアマカロン』楽しんでね」
エプロンと呼ばれた店員さんは、シュガーパウダーをかけた『ピュアピュアマカロン』を女の子たちに渡しました。そして、次に並んでいた女の子たちの注文を聞きます。セバスチャンと呼ばれた執事は、お客さんたちを丁寧に誘導しています。
「へぇー、あの二人だけでこんな大がかりなお店を切り盛りしてるんだな。すごいな」
あごをなでているアルベールに、トリエステが小声で耳打ちしました。
「きっとそれは、あのエプロンという店員が、イズンだからですわ」