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サファイアの章 その2

 気づかれないように横目で、ソフィアはさらに観察を続けました。右うでには金でできた腕輪をしていて、青い宝石がはめこまれています。きっとそれが彼のイズニウムなのでしょう。そうやって観察しているうちに、ソフィアは相手も自分をジッと見つめていることに気がつきました。


「なに? わたしのことジッと見て、どうしたの?」


 男のイズンが答える前に、御者席からどなり声が聞こえてきました。


「おい、ダヴィデ、そいつをしっかり見張ってろよ! さっさと逃げねぇと、そいつの仲間が来ちまうぜ」


 ガタガタと馬車がゆれはじめました。しかし、ダヴィデと呼ばれたそのイズンは、返事もせずにただただじっと、ソフィアのことを見つめているだけです。


「ちょっと、いったいなによ?」


 ソフィアもダヴィデをにらみつけ、強い口調で聞きました。ダヴィデはソフィアのことを見つめたまま、ボソッとつぶやきました。


「……おめぇ……かわえぇな」

「えっ?」


 いったいなにをいっているのか、ソフィアはまるでわからず、ぽかんとしています。ダヴィデがのそのそと、おりに近づいてきました。


「おめぇ、よく見ると本当にかわえぇな。オラはダヴィデっていうんだ。おめぇ、名前なんていうんだ?」

「……ソフィア」


 それだけ答えると、ソフィアは鉄格子から離れ、おりの奥へとあとずさりました。


「ソフィアかぁ、ああ、えぇ名前だな。オラ、気に入った。ソフィア、ソフィア」


 ソフィアの名前をくり返しながら、ダヴィデがくるくるとその場で回りはじめました。


 ――なんなの、こいつ。どうしてこんな変なやつに捕まっちゃうのよ。ああ、早く助けて、アル――


 うつむき、祈るソフィアですが、鉄格子をガクンガクンとゆらす音でハッと顔をあげました。ダヴィデが鉄格子を大きな手でつかんで、ゆらしていたのです。


「なにやってんのよ! そんなことしたら、おりが壊れるじゃない!」

「ソフィア、おめぇ、オラのことどう思うか?」

「どう? どうって、怖いに決まってるじゃない! いきなりわたしのことさらって、こんなおりに閉じこめて。早くここから出して」


 そこまでいってソフィアは、しまったと口を押さえました。おそるおそるダヴィデの顔を見あげると、黒い宝玉でできた目が、ぎらぎらと光っているように見えます。


「あ、違うの、その、ちょっとビックリしただけで、そんなに怖いってわけじゃないの」


 しどろもどろになりながら、ソフィアはあわてていいわけしました。


「本当か? オラのこと、怖いって思わねぇのか」


 ダヴィデは一人で、納得したようにうんうんうなずいています。ソフィアはというと、思いもかけず簡単にごまかせたからか、ほっと胸をなでおろしています。しかし、次のダヴィデの言葉に、ソフィアはぎょっとしてしまったのです。


「なぁ、おめぇ、オラのことかっこええと思うか?」

「えっ?」

「だから、オラのことかっこええと思うかって聞いてんだ」


 ソフィアはダヴィデを、頭のてっぺんからつま先まで、まじまじと見回しました。確かにあいきょうのある顔はしていますが、どう見てもかっこいいとはいえません。けれど、もちろんそんなことはおくびにも出さずに、ソフィアは首をこっくりしました。


「ええ、かっこいいと思うわ」


 その言葉を聞いたとたん、ダヴィデがうおおっとおたけびをあげました。


「おい、どうした? なにかあったのか?」


 御者席から、再び声が聞こえてきました。


「ああ、なんでもねぇ。オラ、ちゃんと見張ってるよ」


 ダヴィデが御者席に向かって、大声でいいかえしました。驚くソフィアに、ダヴィデはへへっと笑い声をあげました。


「オラのこと、かっこええっていってくれたんだ。だからオラ、おめぇを助けてやる」


 とまどうソフィアに、ダヴィデはうしろに下がるようにいいました。


「いったいなにをするの?」

「大丈夫だ、オラにまかせてくれ」


 それだけいうと、ダヴィデはおりの鉄格子を手でつかみ、ふんっと力をいれました。鉄格子が、グググッと少しずつ曲がっていきます。


「オラの……力なら……こんなもんっ!」


 ついにダヴィデは、鉄格子を折り曲げ、ソフィアが通れるぐらいのすきまを作りあげたのです。ダヴィデは得意そうに、ソフィアに視線を向けました。


「見たか、オラの力を。オラ、こんなに強いしかっこええんだ」


 曲げられた鉄格子を見て、ソフィアは目をみはりました。確かにものすごい力です。


「ホントね、すごいわ。……あれ、でもあなた、おりのカギ、持ってなかったっけ」


 ソフィアに聞かれても、ダヴィデはきょとんとしていました。しかし、次の瞬間、首にかけていたカギを指でつまんで、間の抜けた笑い声をあげました。


「そうだった、オラ、カギを持ってたんだ。ようし、待ってろ」


 そういって、ダヴィデがおりを開けようとしたときです。またも御者席から声が聞こえてきました。


「おい、ダヴィデ、大丈夫か? なにかさっき、変な音がしなかったか? グググッて、なにかいやな音が」


 御者席の男にいわれて、ダヴィデは裏返った声で答えました。


「な、なんでもねぇ!」


 しかし、御者席のほうで、ヒヒーンという馬のいななきが聞こえてきました。馬車がガタンッと大きくゆれます。


「ねえ、まずいわ。きっとブレーキをかけているのよ。いったん馬車を止めて、様子を見ようって思っているんだわ」


 ソフィアのいったとおり、だんだんと馬車のゆれがおさまってきています。速度がゆるやかになってきているのでしょう。ダヴィデはあわてふためいて、ソフィアにわめきちらします。


「どうしよう、オラ、鉄格子壊しちまった。このままじゃオラも、他のイズンと同じように売られちまうよ」

「もう、落ち着いてよ! そんなじたばたしたって、どうにもならないわよ。それより早くカギを開けて」


 ソフィアにいわれて、ダヴィデは急いでおりのカギを開けました。おりからでて、ソフィアは馬車の中を見回しました。


「とにかく、このままじゃあんたもおりに入れられちゃうだろうから、わたしに協力してちょうだい」

「ああ、わかったよ」


 素直にうなずくダヴィデを見て、ソフィアはふうっと息をはきました。


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