ラピスラズリの章 その3
どんな条件をつけてくるのか、ソフィアは油断しないようにトリエステを見すえます。しかし、トリエステの条件は、思いもよらないものでした。
「あなたがたの旅に、わたくしも同行させていただきたいの。それが条件ですわ」
アルベールが確認するかのように、肩に乗っているソフィアをのぞきこみました。
――アルのことだから、きっと二つ返事で聞き入れるんだわ。本当に、美人に弱いんだから――
しかし、アルベールは首を振って答えました。
「ありがたいお話ですが、おれたちの旅は危険だし、今のところ二人でやっていけてるから、お断りします。値段は相場の金額でいいですよ」
「アル、いいの?」
ソフィアの問いかけに、アルベールはだまって首をたてに振りました。しかし、トリエステはほほえんだまま、今度はソフィアに視線を移しました。
「それは残念ですわ。でも、あなたはどうかしら。……戦争兵器でいることに、嫌気が差しているんじゃない?」
「……どうしてそれを?」
ソフィアは顔をこわばらせました。さっき見たガイコツの絵が頭に浮かんで、ソフィアはぶるるっと首を振りました。トリエステはすずやかな声で答えました。
「わたくしは占い師ですから、それくらいは簡単にわかりますわ」
今度はソフィアが、アルベールの顔をのぞきこみました。アルベールはなにもいわずに、ソフィアの目を見るだけでした。やがて、ソフィアは落ち着いた口調で答えました。
「昔のわたしだったら、戦争兵器として生きるなんていやだって、きっとそう思ったはずだわ。でも今は、今までエネルギーを奪ってきた、他のイズンの分まで、生きる義務があるんだと思う。だから、わたしはもう生きることを投げ出したくない」
トリエステは目をふせて、しばらくなにか考えこんでいるようでしたが、意を決したように顔をあげました。
「もしも戦争兵器としてではなく、『人間』として生きることができるとしたら、あなたはどうするかしら?」
「人間として?」
聞き返すソフィアに、トリエステはゆっくりといすから立ちあがりました。そばにあった棚から、丸められた羊皮紙を持ってきて、それをテーブルに広げます。それはユードラ大陸の地図でした。
「ここがシャルムの町ですわ。そしてこの町より北西に行ったところに、港町があります。そこから船に乗ってさらに北西に航海すると、もう一つ大陸があるのです」
「大陸? でも、この地図には載っていないわ」
ユードラ大陸より北西には、海の上を泳ぐ巨大なクラーケンの絵が描かれているだけでした。
「地図には描かれておりません。なぜならその大陸、フィーネ大陸には、ユードラ王国では失われた、魔法の使い手たちが住んでいるのですから」
「魔法の? でも、ユードラ王国の魔法使いたちは、迫害されて」
「だからこそ、地図には載せられていないのです。フィーネ大陸には、ユードラ王国時代の魔法使いよりも、はるかに力を持った魔法使いたちがいます。その魔法使いたちなら、失われた禁術を使って、イズンを人間にすることもできるのです」
はっきりした口調でいうトリエステに、アルベールが疑問を投げかけました。
「どうしてあんたはそこまでくわしいんだ? イズンのことや魔法のことを、知りすぎている。あんた、ただの占い師じゃないだろ」
アルベールの言葉に、トリエステはうなずきました。そして、おもむろに左手の長手袋を外したのです。
「あっ!」
アルベールとソフィアが、同時に声をあげました。トリエステの左手は、手首のところまで藍色に染まっていたのです。長手袋をつけなおして、トリエステは静かにいいました。
「わたくしがイズンや魔法にくわしいのは、わたくしも魔法使いに因縁があるからですわ」
アルベールもソフィアも、なにも答えることができませんでした。
「それで、どうされますか? わたくしなら、フィーネ大陸までの道のりはよく知っております。失われた禁術を求めて、フィーネ大陸に参りませんか?」
わずかな沈黙のあと、ソフィアが静かに、しかし力強くうなずきました。
「わたし、行きたい!」
「ソフィア……」
「止めてもむだだよ。だって、もし人間になることができたら、わたしはもう他のイズンからエネルギーを奪わずにすむんだもん。それに人間になったら、きっとイズニウムが暴走して爆発しちゃうなんてこともなくなるはずだわ」
ソフィアの言葉に、トリエステも首をたてにふりました。
「人間になれば、イズンはその魔力をほとんど失います。あなたもイズニウムが暴走するということはなくなるはずですよ」
「ほら、やっぱり。行こうよ、アルベール! わたし、人間になりたいわ。別にこれは、生きることを投げ出すことにはならないでしょう」
難しい顔をしているアルベールを見て、ソフィアはすねたような口調でいいました。しかしアルベールは、答える代わりにトリエステをじっと見すえました。トリエステは静かなほほえみをうかべたまま、なにもいいませんでした。
「わかった、次の目的地はフィーネ大陸だ。でも、ひとつだけ聞きたい。どうしてあんたはおれたちについてきたいって思ったんだ? 魔法使いに因縁があるのはわかったけど、おれたちがその因縁と関係があるかどうかなんてわからないだろ?」
「それに関しては、お見せしたほうがきっと納得していただけると思いますわ」
トリエステは羊皮紙を丸めてわきにのけ、再びタロットを取り出しました。タロットを裏返したまま、両手で円を描くように、時計回りに混ぜていきます。混ぜ終わったら、一つの束に戻して、束をおうぎ型に並べ、一枚だけめくりました。
「やだっ、またあのガイコツ!」
思わず声をあげるソフィアでしたが、トリエステはまったく顔色を変えませんでした。
「やはりそうですわね。わたくしの占いは、間違っていませんでしたわ」
納得したようにつぶやくトリエステに、ソフィアは問いかけました。
「いったいどういうことなんですか? だってこの絵、まるで」
「『死神』のカードですわ。ただし、これは逆位置になっております」
「逆位置?」
トリエステは死神のカードを手に取り、説明しました。
「タロット占いでは、カードの絵柄だけではなく、めくったときの向きが重要なのです。正位置はカード本来の意味を表し、さかさまになった逆位置では、別の意味を表します」
トリエステは持っていた死神のカードを、さかさまにひっくり返しました。
「死神の逆位置が持つ意味は、『再生』です。あなたがたがここに来たときに、このカードが出ました。つまりわたくしにとっては、あなたがたこそが、再生のカギとなる存在ということです。それこそが、あなたがたの旅にご一緒したい理由ですわ」
トリエステの言葉に、ソフィアはもう一度アルベールを見あげました。今度は二人とも、顔を見あわせてうなずきました。
「それだけ魔法にくわしいなら、わたしたちの力になってもらえるはずだわ。ね、アル」
「そうだな、金貨二枚だし、それに……」
にやけるアルベールの肩を、ソフィアは思いっきりつねりあげました。アルベールの悲鳴が、店中にひびき渡りました。




