エメラルドの章 その1
ひび割れた街道を、一台のほろ馬車がのんびりと進んでいきます。馬車の中には、燃えるように鮮やかな赤毛の、年若い男の人が座っていました。こしに使い古した短剣をさして、大きな旅行かばんを抱いています。
「そんで、本当にここに魔法細工がいるんだろうな? こないだみたいに無駄足ふむなんてのはいやだぜ」
ガタンゴトンと、馬車のゆれに合わせながら、男の人は旅行かばんに話しかけました。旅行かばんの中から、女の子の声が聞こえてきます。
「アルベール、もうちょっとよ。だんだんと近づいてきてるから、きっとこの先の村にいると思うわ」
アルベールと呼ばれた男の人は、意地悪く笑いました。
「ならいいんだが。そろそろ前に売った魔法玉の金がつきそうだからな。金がなくなって、また盗賊まがいのことしなけりゃいけなくなるのは、ソフィアだっていやだろ」
アルベールは旅行かばんを開きました。中では小さな顔が、ジッとアルベールを見あげていました。それは、目が紫色のビーズで作られた、小さな人形でした。
「そんなのダメよ。誰かを傷つけて生きようとするなんて、最低だわ。わたし、アルのそういうところ嫌いよ」
「へいへい、お説教はたくさんだ。それにソフィアだって、イズンからイズニウムのエネルギーを奪わないと、生きてはいけないんだろう? おれのことをとやかくいうことはできないだろ」
ソフィアと呼ばれた人形は、なにも答えずにうつむいてしまいました。アルベールは大きなあくびをして、ごろんっとその場にねっころがりました。
「お客さん、そろそろ着きますぜ。リーフレッド村が見えてきやした」
ほろ馬車を運転していたおじいさんの声がして、アルベールが生返事をします。馬車のゆれが、だんだんとゆるやかになってきました。さすがにこのあたりの街道は、しっかり整理されているようです。
「ねえ、アル。あなたたち人間は、生きていくためにご飯を食べるでしょう」
ソフィアに声をかけられて、アルベールは薄目を開けました。いつの間にか旅行かばんから、ソフィアが抜け出しています。旅行かばんの中にいて、よれよれになった真っ白なエプロンドレスを、指で治していました。ドレスの胸のところに飾っていたアメジストが、ときどききらっと光ります。その指もそうですが、フェルトのような素材で作られているのに、とても細かく、本当に人間と見間違えてしまうほどです。
「おいおい、もう戻っておけよ。お前の姿を見られると、いろいろやっかいなんだから」
「うん、すぐに戻るわ。ただ、教えてほしいの。人間たちは、ご飯を食べるときに、本当になにも罪悪感は感じないの? 他の生き物の命を奪って、それでも生きていっていいって、本当に思っているの?」
アルベールは面倒くさそうにからだを起こしました。
「面白いことを聞くな。罪悪感なんて、そんなもの感じるはずないだろ。そんなもの感じてたら、めしがまずくなっちまうぜ」
アルベールはソフィアのからだを、乱暴にガシッとつかみました。子ネコぐらいの大きさのソフィアは、じたばたと暴れましたが、すぐに旅行かばんの中へ戻されました。ソフィアが抗議の声をあげていますが、アルベールは無視して旅行かばんのカギを閉めます。
「そろそろ着くから、おとなしくしてな」
それだけいうと、アルベールは再び目を閉じ、居眠りの続きを始めました。
リーフレッド村に着くと、アルベールはいちもくさんに酒場へと入っていきました。口では情報を集めるためなどといっていますが、本当は別に目的があることを、ソフィアはよく知っていました。
「はあ、まあこんな小さな村の酒場だ。かわいい子なんてそうそういないよなぁ」
ぶつぶついいながら、ミルクをグーッと飲み干すアルベールに、ソフィアはボソッとつぶやきました。
「お金がないなんていってたくせに。それに、お酒だって飲めないのに」
アルベールは足元においていた旅行かばんを、足でガンッとけりつけました。
「きゃっ!」
ソフィアが悲鳴をあげて、料理を運んできたおばさんが目をまるくしました。アルベールはあわててごまかすように、おばさんに話しかけました。
「おばさん、おれ、トレジャーハンターなんだけど、この村にはなにかいいもうけ話は転がってないの?」
けげんな顔をしていたおばさんは、今度はうさんくさそうにアルベールを見ました。
「トレジャーハンター? ああ、ユードラ王国の遺物を探してるってのかい」
おばさんの言葉に、アルベールはうなずきました。ユードラ王国とは、百年ほど前に滅んでしまった大国のことです。魔法が高度に発達した国で、この村をはじめとする、ユードラ大陸中の街道も、もともとユードラ王国の魔法使いが作り上げたといわれています。
「この村にも、たまーにあんたみたいなやつが来るんだけどさ、三日も経てば、みんながっかりした顔をして村を出ていくよ。前から思ってたんだけどさ、トレジャーハンターなんかしてて、もうかるってのかい? 地道に働いたほうがいい気がするけどね」
はい、お待ちどうといって、おばさんは一口大のチーズを乗せたお皿を、アルベールの前に置きました。アルベールが待ってましたとばかりに、チーズをひょいっとつまんで口にほうりいれました。
「おっ、これうまいな。そりゃあ、地道に働いたほうが安定するだろうけどさ、トレジャーハンターには夢があるんだよ。ユードラ王国の遺物は今でも使えるものばかりだし、うまくいけば一攫千金ってわけだ」
「ふーん。でも、それだったらどうして、こんなへんぴな村にやってきたんだい?」
おばさんに聞かれて、アルベールはにやりと笑いました。
「イズンを探してるのさ」
お読みいただきありがとうございます。
本日から一週間(6/11まで)は基本的に3話ずつ投稿する予定です(朝、昼、夕方もしくは夜を考えています)。
現在4作品同時連載中です。興味がある方は他の作品もお楽しみいただければ幸いです。