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08.『ドキドキして』

読む自己で。

 今朝に小早川さんから友達認定された俺は落ち着いた気持ちで静という人を待っていた。今日はもう鷹翔に帰るように言ってあるので、教室には今のところはひとりだけとなっている。

 今は時間をつぶすためにではなく、純粋な興味から本を読んでいるところだ。まあ結局、表紙買いをしてしまった結果いいのを当てたというだけなのだが……。


「こんにちは。あなたが高柳中君、よね?」

「こんにちは。はい、そうですけど」


 ということはこの人が静さんか。

 碓かに髪が長いし金髪だし、可愛いよりかは綺麗だと思う。

 が、なんだろうか、小早川さんの方が魅力的だと感じるのは……。


「なるほど。碓かに普通、の男の子ね」


 普通って強調しなくても俺は普通か以下だと分かっているし乱れたりはしない。


「こらシズっ、失礼だろう!」

「あなたなんか『モテてない』って言っていたじゃない」

「うっ……」

「まあ事実ですから。だから小早川さんも気にしなくていいぞ」

「あら」


 静さんはそこで複雑そうな表情を浮かべる。


「敬語を使えないのは駄目な点ね。初は私と同じ2年生なのよ?」

「えぇ!? そ、それは……すみませんでした!」

「シズの馬鹿者! 言わなくてもいいだろうが! これで高柳が変な遠慮をするようになったらどうしてくれるのだ!」

「あら、遠慮されたくないの?」

「年上とかそういう理由で遠慮されるのは複雑だろう」


 俺は嘘をつかれていたことに複雑なんだが。

 じゃあ、あの空席は誰の物でもなかったということか。女子の――小早川さんのではなくて良かったと思うが、よく平気であんなことペラペラ言ったなと内心で苦笑した。


「すまない高柳! あそこの席は私が1年生だったときに座っていた場所なのだ。久しぶりに見に行ったら高柳が座っていたから話しかけた、ということになるな」

「それはいいですけど、歳上なことをどうして黙っていたんですか?」

「敬語はよせ! いまも言ったが、遠慮されたくないのだ。たかだか1歳しか変わらないのに、敬語を使ったり気を遣ったりしなければならないのはおかしくないかと常に疑問に思っててな。だから、私はおかしいと思うから実践してきたわけだ。つまり、高柳もそうしろ!」

「む、無理ですよ。小早川さんが先輩って分かったらできません」


 なぜかさん付けをやめられなかった理由もそれか! 俺の察するという能力もなかなか悪くないのかもしれない。


「真面目な子なのね」

「いえ、だって俺なんかにタメ口でいられたらむかつきますよね?」

「俺なんか、ねえ」

「え、あの……?」


 神妙な顔で呟かれても困る。……というか、これまでの俺が無礼を働きすぎてたと思い返し落ち着けないのだが。少しひとりにしてくれないだろうか。


「初、私は分かったわ、乾鷹翔君となにが違うのかがね」

「ああ、高柳のこういう点はマイナスだ」

「そりゃ、鷹翔に比べれば俺なんかマイナスな点ばかりですよ」


 分かっているが何度も指摘されるのは堪える。


「初、あなたがシてあげなさい。そうすれば自信もつくでしょう」

「な、なにを言っているのだ貴様っ」

「え、童貞さんだからここまで自信が持てないのでしょう? だから――」

「高柳、ああいう悪い大人には関わってはいけないぞ?」


 小早川さんは俺の肩に手を置いて穏やかな笑みを浮かべていた。

 長年関係が続いている友だと言っていたし、苦労しているのかもしれない。

 

「と、というか……真面目でクールそうな感じなのに、もう経験済みで……?」

「いやね、私が気軽にそんなことするわけないじゃない。私は年齢=彼氏いたことない人間なのよ! セッ○スなんてできるわけないでしょうが」


 小早川さんが「セッ……とか言うな!」と代わりに叫んでくれた。

 分かった、この人は所謂、残念系美少女というやつだ。


「でも、それならどうしたら君は自信がつくわけ?」

「俺は元々こういう性格ですからね、変わらないかと」

「過去になにかがあったとか、そういうのではないの?」

「特にないですね。昔からずっと非モテです、異性の友達すらいませんでした」

「うっ、あなたから私と同じ匂いを感じるわ」


 綺麗だからこそガードが固いだけなのではないだろうか。俺と違うんだから非モテとか有りえないんだと思うのだが、まあ色々と事情があるのだろうと割り切る。


「よし、友達になりましょう?」

「あ、はい、よろしくお願いします」

「うん。初が怖いし、これで帰るわね、それではまた」

「気をつけてくださいね」

「ん? ふふ、ありがと」


 しっかりした人のようだ。ますます年齢=彼氏いないというのが信じられなくなる。


「高柳、どうしてシズが去った方をずっと見ているのだ?」

「いや、あれで本当に非モテなんですか?」

「敬語はよせと言っているだろう。質問についてはそうだな、シズが男子とふたりでいるところを見たことがないし、ましてや恋人云々についてはな」

「信じられないな……」

「綺麗なのに、か?」

「まあ、そうだな」


 なら俺はますます無理じゃないか。積極的に求めているわけではないにしても、少しだけ微妙な気持ちになったのは言うまでもなく。


「むぅ」

「どうしたんだよ?」

「馬鹿者が」


 頬を膨らませてこちらを睨む彼女がどこか可愛くて、けど面白かったから俺は吹き出した。そのせいで怒られてしまったが、なんとなく彼女と関われていて嬉しいと感じてしまう。


「先輩は付き合ったこととかないのか?」

「……ないな、1度たりともない」

「せっかく見た目がいいのに勿体ないな」

「……貴様も鷹翔と同じだな」

「俺が鷹翔と同じ? そんなわけがないだろ」


 俺は鷹翔と違ってモテないし、優しくもない。ただのライトノベルオタク、二次元に現実逃避をする弱者でしかないわけだ。


「誰にでも見た目がいいとか言っているのだろう? そんな人間の言葉など信じられないな」

「そんなことで怒ってたのかよ。見た目に自信があったんじゃないのか? 言うなって言うならやめるけどさ。俺なんかに言われて喜ばないって分かったしな。まあいいや、気をつけて帰れよ。じゃあな」


 それから寄り道せずに家へと帰ってきて、リビングのソファに寝転んだ。


「そりゃ教室にいないわけだ」


 2年生だったらいなくても当たり前だが……わざわざあんな嘘をつく理由があっただろうか。先輩が来てくれたから友達になれたわけだけど、だからって気分がいいわけではない。


「やっほー!」

「ああ、どうした鷹翔」


 電話に出てみたらやたらハイテンションな鷹翔だった。


「ん? 声に元気がないね?」

「なあ、小早川さんが先輩だったって知ってるか?」

「知ってるよ?」

「マジか……」


 馬鹿だったのは俺だけだったらしい。

 そうか。先輩が悪いのではなく、ろくに調べなかった俺が悪いというわけだ。


「またなんかトラブルが起きたの?」

「いや、なんのために嘘をついていたんだろうなって」

「初さんは1年違うだけで敬語を使われたりするのが嫌だって言っていたけど、中には一応念のためにそういうつもりにしたんじゃない?」

「なんで俺にだけなんだよ……」


 俺が鷹翔じゃなかったからか? それなら納得できるが……。


「そういえば浜野とはどうだ?」

「うーん。あれ以降、少しぎこちなくなっちゃったんだよね」

「当たり前だろ。あのな、俺なんかを庇わなくてもいいんだぞ?」

「それは駄目だ」


 声音が真剣ですぐになにかを言うことができなかった。

 どうして鷹翔はここまでしてくれるんだろうか。役に立たない人間を庇ってぎこちなくなっていたら意味はないだろうに。


「僕はどんなことがあっても中の味方だ」

「それくらい異性に向き合ってやれ」

「中の味方でいられなくなるくらいなら非モテでいいよ」

「馬鹿言うな。『モテたい』って言っていただろ? いいんだよ、そっちに一生懸命になれば」


 もう十分支えてもらった。俺ひとりだったら小学生時代からずっと暗いままだっただろう。鷹翔いるのが当たり前になっていて、とても暖かくて落ち着ける時間だった。

 けれど、足を引っ張ることをそろそろやめにしたい。明らかに重荷になっているのだと俺でも分かる。どこに積極的に自分の味方でいてくれた人間の邪魔をしたいと考える人間がいるだろうか。


「鷹翔、ありがとな」

「なんで急にお礼を?」

「いや、急に言いたくなっただけだ」

「ねえ、なんか変なこと考えてない?」

「そこまで頭お花畑ではないぞ?」


 鷹翔は「違うよ」とまたもや真面目な声音でそう言った。

 嫌な予感がすると身構えていたら、「自分が僕の重荷になっているとかそういうのだよ」と重ねられ、実際にそれが現実となった。


「なわけないだろ? 俺と鷹翔は小学4年生からずっと友達だ。鷹翔の重荷になるくらい慣れっこだからな」

「本当に?」

「ああ」


 嘘くらい鷹翔だってつくんだ、俺にだって権利があるだろう。

 あからさまなのは避けたい。極端にやるとボロクソに言われて凹むのが容易に想像できるので、少しずつやっていくつもりだった。


「心配だからこれから毎日こうして通話しようよ」

「鷹翔は俺の彼女かよ」

「別にそういうのじゃないよ? でも、離れられたくない」


 支えてくれる彼に依存し続けてしまった弊害がこれか。彼がどのように考えているのかは分からないが――さて、どうしたものか。変に鋭いところがあるし小さな変化でも気づかれそうだぞこれは。


「中が嫌なら、仕方ないけど」

「別に通話ぐらいいいけどさ。俺としては他の人と盛り上がってほしいものだけどな」

「寂しいから、したい」

「彼女かよ……」


 ヒロイン力がどんどん上がっている。……冗談はともかく、このやり取りを打ち込んだらそれっぽく見えるだろうな。


「もういいかもね、それでも」

「待て待てっ、流石に無理だぞ!」

「酷い! こっちをその気にさせておいて!」

「やめろそれ」

「はははっ! とにかくさ、電話しようよ」


 いや本当に鷹翔が異性だったら惚れてたけど、残念ながら男なんだ。最近は色々な恋の形ができ始めているが俺は至ってノーマルだ。それに彼も本気で言っているわけではないと長年一緒にいるから分かる。だから、安心して対応できるわけだ。


「直接来ればいいだろ?」

「通い夫?」

「や・め・ろ」

「じゃあ今から行くよ!」


 数分後、碓かに彼が訪れた。


「約束を破っていないぞ?」


 そしておまけに彼女も訪れた。


「それなら私は通い妻だな」

「めんどくさ……」

「なっ!? ……というか先に帰らなくてもいいだろう」


 不満げに唇を尖らしているが、不満を感じいているのはこちらの方だ。

 褒めなければ態度に表す、褒めれば文句を言う、実に質の悪い相手だろう。


「初さん、なにかあったの?」

「ん……高柳が見た目がいいとか言ってきてな」

「ん? それなのにどうして?」

「こ、こいつが勝手に勘違いして帰ってしまったのだ! ……私はただ恥ずかしかっただけだというのに……」

「この嘘つき少女が! 俺の言葉が信じられないってぶつけてきただろうが!」


 メンタルが糞雑魚野郎なんだって! そういう言葉にも傷つくんだ。逃げたくなるんだ。家という落ち着ける場所でひとりになりたくなるんだよ。


「まあまあ、落ち着いてよ中」

「……鷹翔が言うなら」


 俺が床に寝転ぶと、「はんっ、どれだけ鷹翔が好きなのだ貴様は!」とこちらを見下ろしつつ彼女が言った。……制服なんだから気をつけた方がいい。


「初さんも、ね? 落ち着いて」

「……鷹翔が言うなら仕方がないな」

「はっ、どれだけ鷹翔が好きなんだよ」

「貴様ぁ!」

「いい加減にして!」

「「はい……」」


 彼女も横に寝転んだ。……それだけでなんかいけないことをしている気分になるのも、非モテの弊害だろう。


「仲良くしなよふたりとも」

「俺は別に先輩と喧嘩なんかしたくないけどな」

「……私だって高柳としたくないぞ」

「んー、名字で呼んでいるからじゃない? 試しに名前で呼んでみなよ」

「必要ないだろ、それに先輩は年上なんだし」


 名前しか知らない場合を除いて、基本的に信用されたと分かってからじゃないと他人の名前を呼ばない。キモいとかウザいとか言われたらメンタルがボコボコになる自信があるからだ。


「中……な、なんかこれは猛烈に恥ずかしいな」


 俺の名前を呼ぶのは恥ずかしいらしい。鷹翔となにが違うんだよ。


「ほら中、初さんのこと名前で呼んでね」

「そうだぞ、呼んでくれないと泊まっていくからな」

「……う……初」

「にゃ、にゃはは……こんな感じなのか、なるほどな」


 横を見てみると顔を真っ赤にしつつも笑おうとして失敗している彼女の姿が。


「俺はやめる」

「「なぜ!?」」

「俺は先輩から信用されていないからだ。それに異性と名前で呼び合うとか恥ずかしいんだよ!」

「「力強いな……」」


 仕方ねえだろ、ドキドキしてしまうんだから。

 鷹翔に彼女を送るように言って、俺はそそくさとリビングから逃げたのだった。

面倒くさくない人間なんていないけど、面倒くさくない人間を求めたくなる……のかね。

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