07.『私達はもう友』(初
読む自己で。
「ふむ、冗談のつもりだったのだが……」
どういうふうに影響したのかは分からないが、あそこまで冷たい感じの高柳は初めてみた。少なくとも自分に向けてきたのは。
ID交換はしてあるし謝罪をするのは簡単だ。でも、どうせなら直接会ってそれをしたかった。
とはいえ、夜に行かないと口にしてしまったわけだし、約束を破ったらより悪化させることは必至。鷹翔のやつを頼るのもなんか違う気がするし――違うか。
「珍しいじゃない、あなたにしては難しい顔をして」
「シズか。ん、というか私は常日頃からそうではないか?」
「いいえ、今回のはベクトルが違うわね。なにかあったの?」
「少し級友とのトラブル、だろうか」
目だけで言うよう促してきたので、簡単に説明しておいた。
「んーそれってあなたが悪いの? その男の子に余裕がないだけでは?」
「私もそこまで怒るようなことかと思ったのだが……」
こういう考え方をしているから冷たい態度をとられるということなのかもしれない。あたかも彼が悪いみたいな言い方、怒られて当然だなと内心で苦笑する。
「その子ってモテないでしょ? だから図星だったのではないかしら」
「……そうだな、モテてない……かもしれないな」
「まあいいんじゃない? それだけだったということで」
ドライなやつだ。直接関わっていないからそんなことが言えるんだろうが……。
「明日、会ってみようかしら」
「は? いやいい! そんなことはするなっ」
「どうしてそこまで慌てるのよ? 別に悪いことを言ったりはしないわよ? どういう子なのか見てみるだけで」
「近づくな! ……それで私が悪く言われたら、堪えるだろ……」
まだ謝罪もできていないのに悪化させるのは嫌じゃないか。シズが綺麗だから近づいてほしくないからとかではない。寧ろ彼に興味を抱く少女が多くなるほど自信がつくだろうし、積極的に動いてほしいくらいだった。
というか、彼はどうしてあそこまで自信がないんだろうか。ああいう少し卑屈、とも捉えられるような考え方をしているからこそ、鷹翔と差が出るとは分からないのだろうか。
言ってはなんだが高柳も鷹翔も『普通』の男子だ。
特別イケメンというわけでもないし、ブサイクというわけでもない。色々な能力も大して高くない。なにもかも平均的というか、そんなところ。
それでも彼と彼で差が出ているのは具体的には言えないが、考え方の違いだろうと考えている。片方は他者を心から受け入れられず、見方によっては排斥し、片方は他者を受け入れる、仲良くなろうとする――みたいな感じ。
高柳は「去られるのは怖い」的なことを言っていたが、自分の行動や態度が1番それに繋がる原因になっているとは改めないのだろうか。
「初、年上のお姉さんとしてその子を支えてあげるわ」
「だからいいのだ! シズは近づかなくていい!」
「ふふ、あなたが彼のことを好きだから?」
「にゃっ!? ふぅ……そのような事実はないが、年上の女が来たところで高柳は受け入れないということだ」
「ふぅん、よく分かっているのね?」
「いや、ほとんど知らないがな」
分かっている情報は、普通ということ、母親がいないこと、鷹翔とだけは仲がいいこと、ライトノベルが好きなこと、これくらいでしかない。
そもそも出会ったのだって最近のことだ。理解しすぎていたら怖いだろう。
「ふふ、頑張ろうかしらねー」
「はぁ……」
「なによ? 大きな溜め息じゃない」
「高柳は繊細なんだ、シズがずけずけ物を言ったら多分泣くぞ」
彼女は基本的に優しいが、たまにどストレートに言うときがある。
それを受けたときに彼が耐えられるかどうか――泣かせたくはないのだが……。
「男の子なのに?」
「ああ。ちなみに暗闇も怖いそうだ」
「女の子みたいな子ね。中性的なの?」
「いや? 全然普通の男子という感じだ。鷹翔の方は少しそのような気もするが」
「あ、乾鷹翔君ね? 私も知っているわよ」
ほほう、人気だな鷹翔は。これはシズ以外の人間にも認知されていると考えていいかもしれない。
「高柳中、という名前は知らないか?」
「知らないわね」
ふむ、そこまで差があるようには感じないのだがな。寧ろ、気軽に「可愛い」とか言わない分、自分的には好印象なのだが。
おまけに私に対してはさん付けだし、なにか理由が――いや、分かったぞ。きっと自分を害さない人間に対しては丁寧な対応をする人間なのだろう。
鷹翔のやつも言っていたが美波と加藤は高柳の悪口を言ったり実際に行動してしまった。だからこそ、呼び捨てになっていると想像できる。
「とにかく、明日の放課後に会いにいくわ」
「……優しくしてやってくれよ?」
「あら、近づいてもいいの?」
「唐突に来られるくらいだったら、事前にそうだと分かっていた方が気が楽というものだ」
これは明日の朝、謝罪するときに高柳にも教えておいたほうがいいだろう。いきなり来たら驚くだろうからな、せめてもの優しさのつもりである。
「ふふ、そういうことね。けれど私には、私には手に入れられない、みたいな考えがあるようにも見えるけれど?」
「そもそも私は高柳を狙ってはいないさ。彼の前で言ったぞ、乾鷹翔に一生懸命になってみせる、とな」
「なるほどね。あなたとその高柳君はヘタクソ――素直じゃないってことね」
む、分かられているって嬉しいような複雑なような、なんとも曖昧な感じだ。
そう、鷹翔みたいな誰にでも「可愛い」とか言う人間もあれだが、彼みたいにガードが固い人間もまた複雑なものなのだ。
一応こんなのでも女だ。嫌な人間のように感じるかもしれないが、その見た目の良さもある程度はあると思うのだ。
そんな私が家に訪れてもすぐに「帰れ」としか言わない。そりゃ勝手に訪れて文句を言うのはお門違いだとは分かっているが、もう少しくらい柔らかく対応してくれてもいいではないか。
でも……してくれそうにないから今回は引こうとした形となっている。今日の冗談はそういう不満からもきているのかもしれなかった。
「見た目に流されないのは誠実と言えるわよね。興味を持ったわ」
「私としてはもう少し流されてくれてもいいのだがな」
自信を失くすから。
それからもずっと彼女の小悪魔みたいな笑みは引っ込まないままだった。
翌日、私にしては珍しく早い登校となった。
理由は単純、彼の登校時間が早いからだ。
ふたりきりのほうが謝罪しやすい。特に鷹翔とかにいてほしくないから。
彼の教室に行くと既に登校しており読書をしていた。邪魔をするのは憚られたものの、謝罪と伝えておかなければならないことがあるので仕方ないと割り切った。
「た、高柳」
「……小早川さん」
「き、昨日はすまなかった! それと今日の放課後、私の友達が高柳と会いたいと言っていたのだが、大丈夫だろうか?」
「小早川さん、昨日のは本当に嫉妬してたわけじゃないからな? 鷹翔関連のことなのに俺がいる理由が分からなかっただけだからさ。それと友達? どうして俺なんかと?」
俺なんか、か。なんでもそうだ、どうしていちいち自分を下げる。私はそのことが複雑ですぐに返事をすることができなかった。
モヤモヤする、イライラする、なんでだよ! と叫びたくなる。鷹翔を見習えとは言わないが高柳よ、もっと自信を持ってくれ。
「小早川さん?」
「……ああ、すまなかったな。とにかくそういうわけだから頼んだぞ」
「俺はあんまり会いたくないけどな」
なんだろうか、本当に曖昧な笑みを見せられると心がざわつく。男ならしっかりしろよ! と叫びたくなる。
私は彼の純粋な笑みを見たことがない。鷹翔といるときだってどこか遠慮したような感じで、それを見る度に――ああもうっ、なんだこの感情は!
「俺なんかと会おうとするなんて罠にでもハメるつもりか?」
私はシズを遠回しに悪く言われたことに腹が立って、彼の机をドバンッと両手のひらで叩きつけた。
「おい、物に八つ当たりするなよ」
その声音はとてつもなく冷たいものだった。
思わず私でもすぐに謝りたくなるくらいの暴力性があったが、
「……どうして貴様はそうなのだ」
なんとか踏みとどまって彼にぶつける。
彼が正論なのは分かっている! けれど、それ以外のことに関しては間違っていると心から言える。
マイナス思考をしてどうなる? 自分はこの程度だからって遠慮をしすぎてしまっていたら、鷹翔すら離れていくというのに……。
「は?」
「なんで悪い方向にしか考えれないのかと言っているのだ!」
そこら辺の陽キャラを見習え! 奴らは基本的に楽観視しかしない。なんでもかんでも無根拠に無責任に「大丈夫じゃね?」なんて考え方をしているというのに、こいつときたら……。
「小早川さん、俺は別にマイナス思考をしているわけじゃない。単純に、分からないだけだ。どうして小早川さんの友達が俺に会いたいってなるんだ? メリットはなんだ?」
「だからそういうメリット・デメリットでしか考えられないのが……」
「人間ってそういう生き物じゃないのか? 小早川さんもメリットがないからやめておこうとか考えたことはないのか? 俺はあるぞ? もっとも、俺の場合は相手にとってはないだろうと考えているだけ、だけどな」
それはマイナス思考と言うのではないだろうか。
とはいえ、私もブーメランやろうだから強くは言えない、か。
「とりあえず物に当たるのは駄目だ、それだけは分かってくれ」
「うぅ、高柳の正論だ。すまなかったな、机よ」
「ぶっ、ははははは! 俺、小早川さんみたいな子が好きだぞ」
「にゃあああ!? ど、どうして私は急に告白されているのだ!?」
ほ、他にも人間はいるし、あの流れの後ではいいムードとは言えない。
こういうのもアリかもしれないが女として生まれたからには、そういうのを大切にしたいというか……。
「告白じゃない。んーと、心配してくれたってことだろ? そういう優しい子は信用したいって思うんだ。まあ、友達でいてくれたら嬉しい、かなってさ……」
「そ、そそ、そうか……」
ま、こういう男だとは分かっていたが……普段ああいうことを一切言わないタイプが「好き」とか言ってくるとな、結構ドキッとすることではある。
「で、どういう人なんだ?」
「静って名前なのだが、そうだな……髪は私と同じくらいの長さで金色だな」
「いや、性格は?」
「優しいが厳しいところもある、という感じかもしれない」
「なるほど。俺に会いたい理由は?」
「私が昨夜、彼女に相談を持ちかけたことが始まりだ。話していたら、興味を持ったと言ってきてな」
「えと……可愛いのか?」
むぅ、彼も男の子ということか。どちらかと言えば可愛いとか綺麗のほうがいいのは分かる。けれどなぜか複雑な気持ちが出始め――ないない、有りえないことだこれは。
「いや、綺麗、だな」
「その人は勘違いしているんじゃないのか? 俺がイケメンとかそういう感じで。結果を知ったらがっかりするだろ」
「そういうわけではないから安心しろ。恐らく、臆病な性格だからだと思うぞ」
気になるのはシズが彼をどう捉えるかどうかだ。
悪いと捉えるのか、いいと捉えるのか。
悪いと捉えたらフォローをすればいいが良く捉えた場合、それはそれで結構微妙なところではある。
「まあ俺ってメンタル的には少女みたいなところがあるからな」
「ああ、暗闇が怖い、とかな」
「というか、俺のことを考えたりとか、話したりとかするんだな」
「あ、ああ、ほら、昨日は私が調子に乗ってしまっただろう? だから年上を頼ろうと思ってなっ」
「あのさ、小早川さんが鷹翔のことを好きなら応援するから頑張れよ?」
「ああ……」
あからさまにがっかりしているな、私の心が。
好きというわけではないだろうが、気にはなっているみたいだ。
ふむ。私としては皆が鷹翔を好むという考えをぶっ壊したいところだが、どうすればいいだろうか。
「高柳、どうして高柳は皆が鷹翔を好むと思うのだ?」
「鷹翔は俺と違ってコミュ力があるし、明るいし、同性だろうが異性だろうが大切にできる人間だろ? そんなの好かないわけがないだろ」
「ふむ、なるほどな。でもな、私は高柳のことが気になっている女子を知っているぞ」
「ははっ、そんなわけないだろ。女友達すらいない人間だぞ? 自分の価値のなさくらい分かってるよ。いいんだ、元気に過ごしていられれば。友達でなくても小早川さんや浜野、加藤達と会話できればな」
と、友とすら認定されていなかったようだ。
碓かにどこからが『友達』なのかは分かりづらいが、私のことくらいは認定してくれてもいいと思うのだがな。
一応、彼のために動いたことだってあるわけだし? あ……こういうところが友達認定されない理由なのか?
「高柳、私達はもう友だろう?」
「え、そうなのかっ!? そうだったのか……」
鈍感は貴様だよ、高柳。
貴様に鷹翔のあれこれについて呆れる権利はないぞ……。
どこからが友達か分からないよなあ。
おまけでもなんでも遊びに行ったら、それはもう友達かね。
……遊びに行く友がいないが……。