表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/21

05話

 自分が童貞野郎だと結論づけたその日の夜、


「いや、いきなり来て悪かったな」


 またもや二階のベランダから小早川さんが訪れて、俺はなんとも言えない複雑な気持ちで窓を開けるしかできなかった。

 夜に急襲とかやめてほしい、こうして来られると勘違いするからやめてほしい。

 真面目にそうだ。


「まあいいけどさ。でも、少なくとも一階から訪れてくれよ」

「ふむ、なんかこの方が幼馴染感があって良くないか? こういうシチュは好きだろう?」

「いや、恐怖しか抱けないんだけど……」


 彼女は髪が長いし、暗闇の中にいれば問答無用で明るい髪が暗く見えるので幽霊みたいで嫌なんだよな。


「それで? どうして家に?」

「そうだ! どうして私とは交換してくれないのだ?」

「は? ポケ○ンの話か?」

「はぁ、生憎と通信交換で進化させたいモンスターもいないのでな」

「冗談だよ。IDだろ? んー、俺はメリットがないからって断ったんだけど」


 彼女は「なに!?」と驚いているようだったが、だって実際にメリットがないだろう彼女にとって。

 俺は鷹翔じゃないんだ、頭が良さそうな彼女なら分かりそうなものだがな。


「メリットとかデメリットとか考えなくても良くないか?」

「俺にとってではなく君にとってだからな?」

「それをどうして高柳が決めるのだ? 君は私か?」

「いや、それは違うけど……」

「私がしたいと言っているのだ、後は高柳次第だろう? 自分がしたいかどうかで答えてほしい。したくないなら仕方がない、強制はできないのだからな」


 したくないわけないだろう、俺にだって優しくしてくれる存在なんだから、明らかに面倒くさいことになると分かっていても味方をしてくれたんだから。


「って、偉そうだったよな、すまない」

「いや……、まあ別にID交換ぐらいいいけどな、死ぬわけじゃないし」

「ふむ、それならしよう」


 交換をして試しに『よろしく』と送ったらすぐに『こちらこそ^^』と返信がきて固まった

 んー、意外と明るいのかもしれないな。


「話は終わりか?」

「そうだな、私の望みは叶えられたぞ」

「それならそろそろ帰ってくれ、夜に二人きりは不味いだろ」

「なんだ? ドキドキするのか? 高柳はヒロインみたいな存在だな」

「ああ、色々な意味でドキドキするんだ」


 鷹翔を裏切るみたいで嫌なんだ、彼女は「な、ど、どういうドキドキだ?」と慌てているようだが、できることならすぐに帰ってもらいたい。

 メッセージの交換くらいは許してくれるだろう、だが、夜遅くにおれの家でいることを許容はできないはずだ。

 唯一、信じられる彼から責められても嫌だしな。


「送ってやるから早くしてくれ」

「ふむ、仕方がないな、家主は高柳なのだから」

「夜に来るのはもうやめてくれ、鷹翔がいる時なら昼とかに来ていいからさ」

「ふふ、私が高柳の家に来ると考えているのか?」

「……悪い。とにかく行こう、暗闇が怖いんだ」


 彼女に笑われ身を縮こまらせる、情けなくて申し訳ない。

 それから俺達はすぐにあの別れの場所へとやって来た。


「今度送られる時は手を繋いでやろう」

「いや、やめてくれ、惚れたらどうする」

「んー、それは困るな。ならやめておこう、いや、送ってくれてありがとう」

「……ああ、それじゃあな。そっちこそ味方をしてくれてありがとうよ」


 歩きながら複雑な気持ちをどこかにやるべく、不本意ながらも二人になってしまったということを鷹翔に連絡しておいた。

 嫌な奴かもしれないが、落ち着かないから仕方がない。


「別にいちいち言わなくていいじゃん」

「そういうわけにもな」


 何故か数分後、俺は鷹翔と家のリビングで話をしていた。

 いやまじでなんでだろうか? 直接罵倒をしなければならなかったから、なんてことだったら終わった後に引きこもる自信があるぞ。


「前も言ったけど、僕は初さんとそういうつもりでいるわけじゃないからね?」

「小早川さんが求めたらどうするんだ?」

「それでも同じかな……って、求めてこないよ」


 はぁ、彼奴はどうしてこうも鈍感なんだろう。

 でも、今のではっきり言ってくれたわけだし、俺にできる範囲で浜野に協力してやることができるようになったわけか。

 浜野の願いは鷹翔と二人きりになりたいということだったし、それくらいなら俺にでもできる気がする。


「なあ、浜野と一緒に出かけるつもりとかないか?」

「浜野さんと? うん、特にないかな」

「で、出かけてやってくれないか!」

「どうどうっ、落ち着いてよ、どうしていきなり?」

「……なんとなく鷹翔と出かけたいように見えたからさ、文面からもそう感じたというか……」


 聞き出しておいて結局協力ができないって逃げたのは俺だし、ちょっとは責任を感じているんだ。

 鷹翔や小早川さんに比べればどうでもいいけど、今回のは俺も悪いわけだし、このまま見て見ぬ振りはできない。


「いいよ別に、それっていつ?」

「いや! それは鷹翔と浜野で話し合ってくれればいいけど……」

「分かった! それじゃあ今週の土曜日にどっか行こうかな~!」


 これで許してくれよ、浜野。

 俺にできることはしたつもりなんだからな。




 翌日の放課後、教室には珍しく浜野、加藤、鷹翔、俺の四人が残っていた、でも小早川さんが来ていないのは好都合だ。

 鷹翔の肩に触れてから彼女達の方を指差す、彼も頷いて彼女達の方へ意識を向けてくれた。


「浜野さん、ちょっといいかな?」

「な、なに?」

「あのさ、土曜日に一緒に出かけようよ!」


 少し離れた場所からでも分かるくらい目を見開いて、そしてこちらを伺うようにちらりと見てきた、が、俺が見ていることに気づいた彼女はすぐに逸らし「い、乾くんがいいなら」と口にする。


「乾、それってわたしも行っちゃ駄目か?」

「うーん、それは浜野さんに聞いてもらわないと」

「美波、どうだ?」

「ふ、二人きりがいいけど、……めぐちゃんが来たいなら」

「や、『二人きりがいい』とか言われたら行けないだろ」


 加藤も言ってみただけのようだった、特別出かけたいという気持ちはないようで窓の方に視線をやる。

 浜野のやつは恥ずかしそうに髪をいじっているだけだ。


「それでどこ行きたい?」

「い、乾くんがいてくれればどこでもいいよ?」

「嬉しいなー、そんなことを言ってもらえるなんて」

「だ、だって私は……」

「私は?」

「な、なんでもない! ちょ、ちょっとあそこの変態さんと話があるから! 行ってくるね」

「うん、了解! でも中は変態じゃないよ?」


 うーん、なんとも汲み取れていないというか鷹翔はヘタクソだった。

 俺は先に廊下に出て壁に背を預けて彼女を待つ、で、出てきたのだが、廊下の奥の方を指差して勝手に歩き出した。

 あ、まあここで話をしたら鷹翔にバレてしまうかと納得させ彼女に付いていく。

 少し歩いた後、彼女は足を止めて振り返る。

 その顔はえらく複雑そうで、こちらもなんとも曖昧な気持ちになった。


「た、高柳くんが言ってくれたの?」

「いや、昨日の夜に話す機会があってな、たまたま鷹翔がそんな感じの話をしていたから遊びに行ったらどうかって言ってみただけだよ。一応、浜野の希望通りにはなったと思うけど、いやその、悪かったな……」

「な、なんで君が謝るの? 悪いのは私なのに……さ」


 一応自覚はあったようだ、なんかそれだけで責める気持ちがなくなってしまうんだからチョロインみたいだなと内で苦笑する。


「俺に言われたくはないだろうけど、せっかくの機会なんだから楽しんでこいよな」

「うぅ、でも二人きりだと考えたらドキドキしちゃうよ」

「うーん、一回目くらいは加藤に頼ってもいいんじゃないのか?」

「一回目だからこそ大切にしたいんだよね」

「ああ、碓かにファーストは大切だな」


 ライトノベルを初めて買った時、滅茶苦茶いいのを選べたから今も色々な作品を読み続けているわけだしな、その気持ちは分かる。


「だけどぎこちなくなるくらいなら、高柳くん……」

「はぁ!? 俺は無理だぞ?」

「お願い! 女の子を紹介してあげるから!」

「いや、加藤みたいなやつを紹介されても困るし……」

「なにを二人で話しているのだ?」

「「わっ!?」」


 彼女のこの急襲する性格も改めてほしいものだ。

 俺が説明せずに黙っていると、浜野が全部説明してくれた。


「なるほどな、美波は鷹翔と出かけたいのか。でも、二人きりは緊張するから高柳に頼んでいたと、そういうことだよな?」

「う、うん」

「高柳、行ってやればいいではないか」

「簡単に言ってくれるなよ、目の前でイチャイチャされたら複雑だろ」


 そういう趣味はないぞと目で伝えておく、彼女は数度瞬きを繰り返してから髪色と同じ明るい色の瞳でこちらを捉えて、


「ふむ、一概に高柳を責めることはできない件だな――よし、私も行ってやろうではないか! で、美波と鷹翔の雰囲気が落ち着き始めたら去るということで、どうだろうか?」


 そんなことを言った。

 いや待てっ、別に俺は行きたいわけじゃないのだが?


「え、だけど初ちゃんが来ちゃったら乾くんが……」

「鷹翔は私になど興味を抱いていないから安心しろ」


 無理しやがって。

 本当は興味があるくせに、他人のことを優先してしまうのは愚かなことではないだろうか? ちなみに浜野は「でもでもぉ……」と渋る。


「いいのか? 高柳や私が来なくてぎこちなく終わってもいいのか? 勿論、ひとりで上手くやれる可能性も高いが不安を少しでも感じないよう対策をしておくべきではないのか?」

「……そんなこと言って、自分が乾くんといたいだけなんじゃないの?」

「いや? 私は高柳とデーツがしたいだけだ」


 デーツってなんだよ……、ってか! そういうことを言わないでほしいものだ。

 非モテの童貞野郎ってのはチョロいんだよ、なんてことはない言葉にドキドキするんだよ、体はでかくても心は子どもなんだよ!


「へえ! 初さんって中のことが気になってるんだ!?」

「「貴様はひとつ誤解をしているぞ!」」

「はははっ、お揃いじゃん!」


 加藤まで来ちゃっているし面倒くさいことになってきた。


「美波、わたしは駄目なのか?」

「うーん、もう二人きりじゃないし行こっか!」

「ああっ、ありがとう!」


 あ、こっちも面倒くさいことになってきたぞ。

 加藤は浜野のことが多分特別な意味で好きなんだな、で、浜野は鷹翔のことが好きだという状態だ。

 鷹翔だけが今は宙ぶらりんの状態ということだ、誰かを応援したら誰かが傷つくことになってしまう。

 小早川さんがどうなのかが今は一番気になることではあるが――まあ俺程度に教えてくれるわけもないだろうからと考えるのをやめた。


「高柳、勘違いしてくれるなよ?」

「わざわざ言うなよ、糞雑魚メンタルなんだからさ」

「ははっ、つくづくヒロインみたいな存在だな」


 望んだわけじゃないんだが……。


「僕は正直に言って、中が来てくれて嬉しいなあ」

「おい、俺が惚れたらどうする」

「んー、その時はその時じゃない?」

「ま、待てっ、なんか段々緩くなってきてないか?」

「いいじゃんそんなの! とにかく、みんなで土曜日に出かけよう!」

「「「おー」」「お、おう……」


 ま、最悪の場合は去ればいいんだ。

 存在感の薄さにだけは自信があるので、気づかれずフェードアウトしてやろうじゃないか。




 土曜日、十二時五十分頃に家を出て集合場所である施設近くの駅前に向かった。

 十三時頃に着いて待っていると、最初に来たのは俺と同じくサブ組である小早川さんだった。


「よお」

「ああ。よお、だ」


 ただの明るい色のシャツと明るい色のスカートだというのに、私服というだけで新鮮に感じるのは童貞野郎だからだろうか。


「どうした、そんなに私をガン見して」

「いや、別にデーツというわけではないんだから褒めるべきじゃないよな? つか、俺に褒められても嬉しくないだろう?」

「別にそういうことではないが、褒めてくれようとしていたのか?」

「まあな、制服姿もいいけど私服姿も魅力的だと思ってな」

「にゃっ!? にゃ、にゃにを……」


 彼女の白い肌が一気に赤くなる。

 怒り――というわけではないと思いたいが……。


「落ち着けよ、なんかそこまで慌てられるとヘコむわ」

「す、すまない。すぅ……ふぅ、あ、ありがとう」

「……いや」


 なんだこの甘酸っぱい感じは、でも一方通行だって分かってしまうんだよなぁ。

 すぐに「鷹翔達、遅いな」なんて言い出しているくらいだ、あんまり二人きりでいたくないんだろう。

 まあ、そこは強がりでもなんでもなく俺も同じようなものだし……。


「ちょっと中!」

「ど、どうしたっ?」

「なんで先に行っちゃうのさー! 集合場所は同じなんだから一緒に行けばいいでしょうが!」

「悪い」


 ああ、なんだろうな、鷹翔から溢れる幼馴染感は。

 だが、幼馴染というわけでもないし、鷹翔は男だから意味はない。


「あ、初さんこんにちは! 服、可愛いね」

「にゃああああ!?」


 ほらな、鷹翔が言うと反応が明らかに違うんだ。


「鷹翔、ありがとな」

「へ? なんで急にお礼を?」

「いや。それより浜野のやつはどうしたんだ?」

「あ、それがさ、風邪を引いちゃったんだって」

「あいつ不憫なやつだなあ」


 メインが来なくてどうするんだって話だろう。

 でもそれなら一緒にいる理由はなくなったわけだ。


「よし、それじゃあ二人で行ってこいよ、俺は新しい本を探しに行くからさ」

「付き合うから一緒に行こうよ」

「小早川さんは鷹翔だけいればいいよな?」

「にゃ……にゃあ……」

「ふぅ、猫を連れてってくれ、じゃあな」

「中!」


 いる理由がなくなったんだ。

 それに彼奴が「可愛い」と言っただけであの反応だ、付いて行けば現実をそのまま見せつけられる。

 別に彼女を狙っているとかではないが、他人のイチャイチャを嬉々として見るような趣味はないんだ。


「やれやれ、なんであそこまであからさまなのに気づけないのかねえ」


 モテまくりだからそういうのが当たり前になっているのかもな、普通に真っ直ぐに褒めていたし、可愛いとか言えてたし。

 ま、帰ろう。

 新巻は地味に買ってあるしな、読んでゆったりと休日を過ごせばいいだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ