02話
「高柳くんおはよ~」
「お、おう」
だ、誰だこの子は、俺にこんなに気さくに挨拶をしてくれる異性の友達なんていないぞ……。
「おはよ!」
「お、おはよう……」
「んふふふ、楽しいね!」
「お、おう……」
どう対応をするのが正しいのだろうか? 別におかしな人間扱いをするわけではないが、ハイテンションすぎると追いつけなくて困ってしまう。
はっ!? でもこれをきっかけに友達になってもらえばいいんじゃないのか? 丁度いい機会なはずなんだこれは!
「な、なあ、友達になってくれないか?」
「え? やだ」
ガーンッ!? ……はぁ、鷹翔みたいに上手くはできないな、別にいいがかなりショックを受けたぞ……。
「中、おはよー」
「おう、おは――」
「乾くんが来たー!」
「うぇ? うん、学校だからね」
はぁ、どうでもいいや。
放課後になれば小早川さんと会話ができるわけだし、女友達がいなくたって鷹翔がいてくれれば退屈な時間を過ごさなくて済むんだ。
なにより俺には最近買った小説達がある、できなくたって傷つきはしないさ……。
「ぷっ、ははははは! 真顔で『やだ』なんて言われていたな高柳!」
「な、なんで知っているんだよ……」
現れたと思ったら急に笑ってきて、正直やっていられない。
「鷹翔がいるし、最悪読書でもしていればいいからな」
今日みたいに先に彼が帰ってしまっても特に問題はない、いつだって一緒にいればいいというわけでもないのだ。
たまには休息時間も必要なわけで、俺は俺なりに正しい生活を過ごせていると自負していた。
「はぁ、乾のやつも他の女のところに行ってしまったのは悲しいな」
「その気があれば戻ってくるだろ、というか気に入っているのか?」
「……まあ、友達になったくらいであそこまで喜んでくれたら、誰だって嬉しいだろう? 高柳だってそうだろう」
「まあな」
俺も鷹翔がいてくれて良かったと思っている――って、全然人気じゃんか。
彼風に言えば普通じゃない、イケメンというわけではないがコミュ力がある、他人に優しくできる、もうそれだけで異性を引きつけるってことなんだろう。
「高柳も頑張れ、真顔で『やだ』なんて言われないようにな」
「いいんだ、本でも読んでいれば寂しさも消える」
「傷ついてしまったのだな。繊細だな、高柳は」
「……正直、かなりキツかったよ。珍しく頑張ってみたんだ、でも結果があんなのだったからさ」
時間の無駄というより自分を守るために動かなければならないのだ、別に鷹翔が誰と付き合おうが、俺といる時間を減らして異性を優先しようが構わないが、やはり自分はそういう努力をしたくない。
ずっとできないままでいい、手を繋ぐとか、抱きしめるとか、キスとか、踏み込んだ性行為とか――そんなもの健康のまま生きられることよりも重要じゃないんだからそうだ。
童貞なら童貞で四十を超えても守り、大賢者になってやろうじゃないか。
「異性の友がほしいのか?」
「今日ので分かったけど、俺は傍から見ていられればそれでいいかな。なにを言ったらいいのか分からないし、退屈にしかさせないだろうからな」
それに面倒くさい、本を読んでいたい、気を遣いたくない、そも、即答されるということは魅力的じゃないんだろう。
それならそれでいい、俺が向こうを理解できないように向こうもまた理解できないというだけの話なんだから。
「悲しいことを言うなよ」
「小早川さんこそ友達はいるのか?」
「いるぞ、ずっと昔から関係が続いている女友達がな」
「それなら大切にした方がいいぞ」
「高柳に言われなくてもそうするよ」
「そうか」
んー、だけど彼女のために鷹翔を連れてきてやりたいな、そうすればあの時みたいに柔らかな笑みを浮かべるだろうし。
「小早川さん、鷹翔に会いたくないか?」
「どちらかと言えば会いたいが、どうせ来ないだろう?」
「いや、絶対に来る。呼ぶよ」
メッセージを送信したらすぐに確認したマークがついた、そして『行く!』と力強いメッセージが返ってくる。
俺は笑ってスマホをポケットにしまった。
「来るってさ、鷹翔が来たら俺は帰るよ」
「ああ、あいつも律儀な奴だな」
「ま、鷹翔はそういう人間だからな」
そうじゃなければこんなつまらない人間となんていてくれないだろう。
それから十分くらいが経過した頃、鷹翔が教室に訪れた。
「はぁ……疲れたぁ」
「お疲れさん、それじゃな鷹翔」
「え、中もいてよ」
「いや、帰って本が読みたいんだ。じゃあな」
家に着いたら適当に晩ごはんの準備をして、それを食べて、風呂に入って、歯を磨いて部屋に帰って、ベッドに寝転んで本の続きを読み始める。
「二次元の少女はすぐに態度が柔らかくなっていいなあ」
嫁! なんて言うつもりはないが、現実と違って理想が広がっている。
友達どころか恋人候補が沢山いて、主人公を皆が好きになって。現実との差にどうしても羨ましくなってしまう。
「は!?」
コツコツという音が響き始め窓の方を確認してみればそこには小早川さんの姿があった、窓を開けると「悪いな」と口にし笑っているが……一歩間違えればホラー展開だぞ今のは。
「ど、どうしてここが分かったんだ? というかどうやって二階に……」
「鷹翔の奴から聞いたのだ、どうやって二階に来たかは雨樋を登ってきただけだがおかしいだろうか?」
「普通にインターホンを鳴らせばいいだろ?」
「はっ!? そ、そうだったっ、く……、不覚を取った……」
普通、雨樋を登ろうとする前に気づくだろうに。
「そ、それで? どうして家に来たんだ?」
「高柳はほぼ一人暮らし状態だと聞いてな、寂しいと思ったから来てやってたのだ」
「それはありがたいけどでもさ、年頃の女の子が夜遅くに男の家に行くとかそれは駄目だろ、下手をしたら襲われるかもしれないからやめた方がいいぞ」
「高柳は襲わないだろう、異性に興味すら抱いていないのだからな」
そういうわけではないんだがな、現実は難しいから距離を作り諦めるしかないというだけで。
「それにしても二次元を羨みたくなる気持ちは分かるが、戻ってこれなくなるからやめた方がいいぞ」
「た、体験したみたいに言うんだな?」
「ああ、実際にそうだった。中学一年生の頃にライトノベルを嗜み始めたが中学校を卒業するまで『二次元の彼氏がいてくれるし、大丈夫だろう!』なんて考えでいたからな」
「うわぁ、俺もいつかそうなりそうだな」
スタイルがいいし、「好き」なんて簡単に言ってくれるヒロインがいるし、決してこちらを傷つけてくるような子もいない。
多分俺もこのまま嗜んでいたら不味い気がする、けれどやめられないし、やめるつもりもないから意味はないんだがな。
「とりあえず送るから帰れよ、俺しかいないし不味いだろ」
「ふむ、そういうのを気にするのだな」
「当たり前だろ。ほら来い」
「大丈夫だ、一人で帰れる」
「そんなことをさせられるわけがないだろ。家を教えたくないって言うなら近くまででいい、送らせてくれ」
「ん、なら送ってもらおうか」
まだ冬じゃなくて良かった、寒い上に暗闇の怖さが俺を虐めてくるからな。
「もう秋だな」
「ああ」
「冬になったら寒くなるな」
「ああ」
あんまり余裕がないんだよな、彼女がいてくれて本当にありがたい。
「むぅ、やる気がないな」
「ああいや、秋もどうせすぐに終わるだろ」
「っと、ここで大丈夫だ。家はもう近いのでな」
「ああ、それじゃあな、ちゃんと暖かくして寝ろよ」
ポケットの中に手を突っ込んでスマホをギュッと握りながら家までの道を歩いて行く、男なのに暗闇が怖いなんてださい話だ、どうしてここまで乙女みたいになってしまったんだろうか。
「も、戻ってきたぞ! はぁ、急に現れるのもやめてほしいもんだな」
幽霊とかも怖くて無理だ、怖い話とかも無理、もし聞いてしまったら多分、鷹翔の家に泊まらせてもらうことだろう。
「てか、理想的なヒロインみたいだな彼女は」
大して仲良くもないのに優しくしてくれて、わざわざ家に来てくれるなんてな。
朝のあれがあったから天使のように見えるぜ、勘違いはしないがな。
翌日も放課後に残って読書をしていると、
「中、昨日の夜に初さん来たでしょ? どうだった?」
呑気にこんなことを聞いてきやがった。
「どうだったって、すぐに送り返したけどな」
「えぇ? お泊りとかそういうのは?」
「あるわけないだろ。あと、無闇に教えたりするのやめてくれ」
そんなもん聞く人間がいないことは分かっているが、いきなり来られたら色々な意味で心臓に悪いんだ、しかも彼女は可愛いし勘違いをしそうになるからやめてほしいところだ。
というか二人とももう名前で呼び始めたんだな、友達としていられればいいとか言っていたが案外その気になったのかもしれない、それならそれで応援してやるつもりだった。
「乾く~ん、まだ帰らないの~?」
「あ、うん、これから初さんに会うからね」
「うい? そんな子、クラスにいたっけ?」
「うーん、そこがよく分かっていないんだよね」
「なにそれ! ……可愛いの?」
「うん、さいっこうに! 可愛いよ」
鷹翔はこういうところがあるからな、明らかに不満がありますといった顔をしているのに気づかないんだから凄い話だ。
「ふぅん、なんかつまんない」
「なんで?」
「ばか! 乾くんの裏切り者ー!」
「えー!?」
やれやれ、見ていられない。
でもあの女子は俺を振ってくれた人間だし、協力してやろうなんて思わないが。
「鷹翔、あいつはいいのか?」
「お、初さん! うん、だって初さんが可愛いのは本当のことだもん!」
「だ、だから、気軽に言うんじゃない……」
「本当のことを言ってなにが悪いの?」
「わ、悪いというわけではないが……」
やれやれ、やっていられない。
というわけで二人が盛り上がっている間に教室を一人出ることにした。
うんまあ気づかれなかった、流石の空気感だ、褒めてやりたいくらいには流石だ。
「ちょっと」
「うわっ!?」
廊下に出た途端に話しかけられたら驚く、そういう急襲系も苦手――苦手なことしかねえな俺は……。
「あの子と乾くんはどういう関係なの?」
「うーん、まだ友達って感じかな、というかスカート汚れるぞ」
「ふぅん、その割に二人とも楽しそうだけどなあ。というかさ、君は全然気づかれてもいないね、ダサいね」
「だな。ま、二人が楽しそうならそれでいいよ。それじゃあな」
ださい、か、その通りだから否定はできなかった。
でも、こういうことを言われたら基本的に肯定してやり過ごせばいいのだ、そうすれば角が立たない、八つ当たりをされることもなくなるだろう。
意味はないが途中で本屋に寄る、一通り見て回ってみたものの、目ぼしい物がなかったので滞在時間は少なかったが。
家に帰ったらまた同じことをする、食事、入浴、歯を磨いて部屋へと帰還、部屋に入った瞬間にベッドに寝転んで本の続きを読む。
なにがださいだ、俺にはこれがあればいいんだ、なにも分かっていない人間なんかが馬鹿になんかするんじゃない。
俺は鷹翔と違って善人というわけでもないし、あれ以上言ってくるなら怒鳴って俺が泣いて、強制的に距離を作るつもりだ。
「つまんねーこと考えたわ、せっかく本を読んでいるのにわざわざ気分を悪くする必要もないだろ」
だから邪魔をするなって……。
「ごめん中! 来ちゃったっ」
「可愛くないぞ鷹翔、今日はどうしたんだ?」
「いや、勝手に帰っちゃうからさ、心配で仕方なくて」
とりあえず家の中に入れて飲み物を渡してやる、「ありがと!」なんて言って中身をちびちびと彼は飲み始めた。
やり取りだけで見れば可愛い女の子とのそれに感じるがところが残念、彼は男である、がっつり男である。
「もう、声をかけてから帰ってよ」
「邪魔はできないだろ、俺は求められていないからな」
「そんなことはないよ、初さんだって『いつの間にかいなくなっているではないか』って困惑していたんだから」
「ああ、本当に影が薄いよな」
あの女子が言いたくなる気持ちも分かる、だって長年一緒にいる鷹翔にすら気づかれずに出られたんだから。
「で、どうだ? 彼女候補として見始めたのか?」
「うーん、どうだろうね、友達としてはいたいと思うけど」
「いいじゃないか、名前で呼ぶくらい積極的になれているんだからさ」
「そういうつもりじゃないよ、なんとなくだから」
名前呼びを求めてそれで相手もしてくれたならそれはもう相性がいいんじゃないのかね? 異性と親しくしたことがないから俺には分からないが。
「中こそさ、初さんと仲良くしてみなよ。きっと相性がいいだろうから、それこそ彼女候補として捉えてもいいと思うけどね」
「俺が小早川さんとか? 俺なんか好くわけがないだろ。俺はラノベを読んで、たまに鷹翔と会話して、帰ったりできればそれでいいよ」
「ちょっ、す、好きとか言うのはやめてよ? 中は大切だけど、そういう目では見られないからね?」
なにを言われているんだ俺、そうか、こういう弊害もあるということか。
異性と接していないで男友達とばかりいると「同性が好きなの?」とかよく言われるんだよなと内で溜め息をつく。
「そんなわけがないだろ? 馬鹿にしているだろ俺を。同性に手を出すような人間にはならないから安心しろ。そんな人間になるぐらいだったら『二次元に嫁がいるからいいんだー!』なんて言っておくよ」
「はははっ、中がそんなことを言うわけないでしょ」
「それと同じくらい『好き』なんて言う可能性もないと思ってほしいけどな。つかさ、あの少女はどうするんだよ?」
「あ、ちゃんと初さんのことを紹介しておいたよ。で、聞かれたから『彼女にしたいとかそういうつもりで近づいているわけじゃない』ってことまできちんと説明しておいたんだ」
「ありがとな。正直に言って、八つ当たりされたらたまらないからさ」
メンタルも弱いから周りにも迷惑をかけることになる。
どうしてここまで弱々に育ってしまったんだろうか、父さん、答えてくれ……。
「八つ当たり?」
「気にするな。それより帰れよ、本当にホモだと疑われるだろ?」
「えぇ、今日は泊まってくー」
「ま、余っている部屋があるし布団もあるからいいけどな」
やっぱり気遣って異性といるくらいなら鷹翔といる方が気が楽だ。
だが、鷹翔はやはり流れが読めていないな、自分の目の前ではっきりとそういつもりじゃないって言われたら悲しいだろうに、そういう点だけはマイナスだ。
ま、俺なんかに比べれば全然マシなんだが、ついつい考えてしまうのは一体なんでだろうかねと内で溜め息をついた。