11.『やっぱり無理』(静
読む自己で。
「シズ」
「あら、珍しいこともあるのね、私のクラスに来るなんて」
高柳君から借りたライトノベルを読むのをやめて、私は少し弱々しい感じの彼女を見た。
「……彼の様子はどうだったのだ?」
「安心しなさい。それに、離れたら死ぬという約束をしてしまったから、どんなことが起きようと離れられないもの」
彼女は「なぜそんな約束を?」とでも言いたげな顔をしている。
「あなたこそどうなのよ、乾君とは上手くいってるの?」
「まあ……」
「そう、良かったわね」
どうしてあんなやり方を選んだのかは分からないけれど。
「あなたに離れられることよりも、高柳君は乾君に冷たくされたことが堪えているみたいね」
「だろうな、小学4年生からの付き合いだと言っていたことだし」
「乾君の様子はどう?」
「普通、だな、私にとってだが」
欲のために邪魔な存在、重い存在を切り捨てて普通か。
初の基準だから本当のところは分からない。けれど、チェックしてみようとも思わなかった。
「それ、高柳のか?」
「ええ、ちょっと借りてみたの。女の子達がみんな可愛くて、でも、流石にチョロく書きすぎよね」
だけどこれを読みたくなる気持ちは分かる。
別に自分を重ねるとかそういうことではない。もうひとつの世界に入り浸って、現実から少しでも目を逸したいのだ。
「ハマりすぎると良くないから適度にするのだぞ」
「ええ」
「……鷹翔のところに行ってくる」
「ええ」
彼女は明るい髪を揺らしながら教室から出ていった。
私はてっきり、彼の気を引くためにしているだけだと思ったけれど……強がっているというわけではないみたい。
家へと行こうとするのを拒んだ。ゲームセンターや飲食店に行くことも拒んだ。でもそれだけだ、関係を切るくらいの酷さはそこにはない。
だというのに初も乾君も高柳君を切ってしまった。今日だって彼の教室へ行ったときに乾君は近づいて来なかった。
それは彼らにとっては異常な状態だと、短い期間しか見てこなかった私でもよく分かる。
初を疑いたくないけど、大きく伝えたのではないだろうか。ただ、乾君が仮に真剣に初から好かれようとしているのだとしても、それを全て信じるようには思えないけれどね。
「静先輩」
「ふふ、まさか教室に来るとは思わなかったわ」
彼は心底申し訳なさそうな顔をする。
嫌な予感がした。彼はリセット癖があるし、切られたら仕方ないと割り切るタイプなので、引き止めておかないといけない。
「あの、俺の――」
「帰りましょう」
「……はい」
腕を掴んで昇降口まで連れて行く。
お互いに靴に履き替えたら、これまた腕を掴んで歩いて。
「静先輩、手、離してください」
「去らない?」
「……大丈夫ですよ」
「そう」
ゆっくりと手を離す。
当たり前な話だけど、信用されていないということの証明だった。
「さっき初が教室に来たわよ」
「どうでした?」
「そうね、普通だったわね」
「なら良かったです」
横目で確認してみると、彼は柔らかな笑みを浮かべていた。状態はそこまで悪いというわけでもないみたいだ。
「乾君の様子はどう?」
「挨拶をしてみたんですけど、無視されました」
ま、気持ち悪いとか邪魔とか告げた後に、その告げた相手に対して普通の対応をしろというのは酷なことだろう。
「あなたは?」
「……普通ですよ、本を読んで授業を受けて、ごはんを食べて授業を受けて、そしていま先輩とこうしてふたりでいるという状況です」
無理に強がる点は初も乾君も彼も――そして私も同じこと。
直せなんて言えないし、私も言うつもりはない。
「高柳君、ファミレスにでも行きましょ」
「……すみません、家で十分なので。お金、勿体ないじゃないですか」
「このやり取りをしたその日の夜に、乾君に切られたのよね」
「はは、先輩は忘れていますよ。その前に小早川さんに逃げられたということを」
なんか気持ち悪い……彼が浮かべている笑みを見たくなかった。
だから自然と早歩きになり、でも、あの約束を思い出して足を止める。
「大丈夫ですよ、自由にしてくれれば」
「自由?」
「別に自分から離れたっていいんですよ、あんなの口約束なんですから。それに死ぬとか言っちゃ駄目ですよ、だから絶対に死なないでくださいね」
「そういえばお母さんがいなくなったと聞いたけれど」
「はい、まあ死亡したとかではないですけどね、いまは分かりませんけど」
弱っていたところを乾君が支えて、高校1年生の現在までずっと関係を続けてきた、か。……別れが一瞬なのは分かっているつもりだけど、本当に好きな女の子ができたくらいで切るかしら?
「全部、鷹翔から聞いたんですか?」
「え……あ……そうね」
「はは、いいですよ」
「え?」
「鷹翔に興味があるんですよね? 離れたっていいんですよ、俺のことなんかどうでもいいですから。朝の時点で十分に支えてもらえましたからね静先輩には」
そう言ったときの笑顔だけ、以前、純粋で彼らしい笑みだった。
メンタルがボコボコって言っていたのは嘘ではないだろうし、いまのこの笑みも発言も嘘ではないと、心から言っていると分かる。が、なんかイライラする。複雑すぎて吐きそうになる。言葉も胃の中身も全て。
「……そうやって切っていたら誰も残らないわよ」
「そうですね、まあ平気かどうかはともかくとして、俺の人生らしくていいんじゃないですかね」
「……お母さんがいなくなってしまったから? 大切な存在だったから?」
「ですね、大切な人がいなくなりましたからね。中学生とかだったら、もう少し割り切れたんでしょうけど」
ま、私も色々な事情があって初の家に住ませてもらっているわけだから、なんとなく分かるけれど……。
「だから信用したくない、できないってこと?」
「信用していたんですけどね、それでも相手にとっては……それが邪魔になることもあるんですよ。これまで言いたかっただろうに……我慢をさせ続けてしまいました。そのことが1番許せないですね、自分のことですけど」
誰からの言葉も届かない。彼の中で自己完結してしまっている状態では。
私はなにも言えなかった。なんだかんだ言っても初とは関係が続いているし、虐められているわけでもない。故に、大切な人に去られた人の気持ちは分からない。
分からなければ「分かるよ」なんて言うこともできない。というか、そもそも彼はそんな言葉を望まないだろう。それどころか「なに分かった気になっているんだよ」と怒ることだろう。
私の存在が逆効果になっているのではないだろうか。支えているようで傷つけている――本当のところは分からないが、そのように考えてしまう。
「静先輩」
彼から咄嗟に距離を作った。大体、3人分くらいの距離を。
「大丈夫ですよ」
無根拠に「大丈夫です」と重ねる彼。
なにが大丈夫なのだろうか。その笑みは、雰囲気は、いまだけのものではないのかって私は聞きたくなる。
「だって、約束を破ったじゃないですか。だから、どちらにしても終わりですよねこれは」
1歩ずつ彼が近づいて来る。
猛烈に逃げたくなった。浮かべている笑みが怖くて仕方がなかった。
そして彼が私の首を掴もうとしたときだった。
「――はっ!?」
顔を上げると現在の場所は教室だと気づく。
そして冷静に見てみると、私の前の席に突っ伏して寝ている彼の姿があった。
「た、高柳君!」
「ん……あ、やっと起きたんだな」
彼は呑気に伸びをして、それから大きくあくびをかいていた。
「寝てたから起こさないようにしたんだ。で、静先輩が寝ているのを見ていたら眠くなってきてな……俺もちょっと寝てたわけなんだけど」
私は暗い教室の中、荷物をまとめて。そしてそれを持ち教室をあとにする。スマホで確認してみると、既に20時を越えているようだった。
「おーい、待ってくれよ」
「来ないでっ」
「あ……はは、ま、俺も昇降口に行かないと駄目だろ? 別に外に出ても一緒にいようなんて思ってないよ。あの約束は所詮、口約束だ。それに死ぬとかそういうのは駄目なんだよ。分かった、じゃあ先輩が先に行ってくれよ」
暗い校舎内をひとりで歩いていく。
昇降口に着いたら靴に履き替え、校舎内から、学校からも出て。
追いつかれないように私は走った。
「やっぱり無理よ……あの子の相手をするのは」
メンタルが弱いんだから私は。
ランキングに乗っている人の作品を読ませてもらっているけど
次話が早く更新されないかなってソワソワするんだよなあ。
そういうふうに思ってもらえる作品を書けるのって凄いなって。




