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10.『語弊があるぞ』

読む自己で。

「はぁ……はぁ……戻ってきて正解だったな」


 彼女は膝に手をつきながらそう口にした。

 すぐに体勢を直すと、こちらをズビシッと指を指し、


「まさかシズを口説こうとするとは思わなかったがな」


 少し不機嫌そうな顔で吐露する。

 助けてもらおうと静先輩の方を見たら、なぜか既にいなかった。忍者なのか?


「小早川先輩、男友達と一緒にどこかに行っていたんじゃ?」

「初、だ」

「で、どうなんだ?」

「……碓かに一緒に帰っていたが、嫌な予感がして戻ってきたのだ。否、私は中達といたほうが楽しいと気づいてな」


 達、ね、あくまで俺はおまけのように感じるが。

 いっそのこと初が鷹翔のことを好きだと吐露してくれたら気が楽なんだけどな。


「中、シズが魅力的なのは分かるが、口説くのはやめてほしい」

「どうせ俺が口説いたって影響しないだろ」


 そもそもあれはちょっと鷹翔を真似してみただけだ。

 勿論、静先輩の笑顔が魅力的だと感じたのは本当のことだが。


「やめろ中、自分を下げるな」

「ま、積極的に下げたいわけじゃないからな。それより帰ろうぜ」

「……えと、ふたりでいたいのだが、家に行ってもいいだろうか?」

「いや、駄目だな。そういう約束だろ?」

「くっ……」


 気軽に家になんか上げるべきではない。ましてや俺しかいない家になど、言語道断だろう。

 初は異性だ。おまけにそこそこ人気があるであろうことは容易に想像できる。そんな少女が特定の男の家に頻繁に出入りしていたら、良からぬ噂が出るかもしれない……違うな、巻き込まれたくないんだ。この点が俺と鷹翔の最大の違いと言えるだろう。

 人を散々頼るくせに迷惑を被るかもしれないと分かった途端に保身に走る。最低だ、魅力がないとか以前の問題だ。


「……やはり女絡みでなにかがあったのではないか?」


 学校から出て数メートル歩いたところで初が聞いてきた。


「違う、屑なだけだよ」


 別にいい子ぶりたいわけでもないから、そのまま素直に答えた。

 この結果で初がどこかに行ってしまうのなら、所詮、俺らの仲はその程度だったということで割り切れる。薄情なのかもな、だから誰も周りに残らないのかもしれない。鷹翔が残ってくれているのは、彼が底なしにお人好しだからだ。


「なあ中よ、本当は中を好いていた人間は沢山いたのではないのか? 私にはとても不人気とは思えないのだが」

「初も笑ってくれただろ? 友達にすらなってもらえないようなそんな男だ俺は。初との出会いだって、友達になれたのだって自分の力じゃない。待つしかできないクソ雑魚野郎さ」

「……分かった、家に行けなくてもいい。そのかわりに、いまからどこかに行かないか? ゲームセンターとか飲食店とかなんでもいいから」


 ゲームセンターか。夕方のいまから行くと不良とかがいないだろうか。

 飲食店ならそういう危険性はないが、別に家でごはんを作ることができるわけだし勿体ないような気がする。


「悪い、家に帰ってひとりでごはんを食べるわ」

「……馬鹿者がっ」


 ちょっと誘いに乗らなかったくらいで馬鹿者扱い。――とにかく、初は走って帰っていってしまったわけだが、追う気は全く起きなかった。

 やっぱり無理だ。俺にあの少女の相手は務まらない。努めることもできない。

 帰りに鷹翔の家に寄った。同性の家に行くのはなにも問題はないだろう。


「どうしたの?」

「悪い、鷹翔はああ言ってくれたけど、やっぱり先輩の相手は無理だわ」

「……ちょっと待ってて、僕も中の家に行くから」


 みんな俺の家が好きだなと考えていたら彼が出てきた。

「行こっか!」なんて言って勝手に歩きだす。だから俺も追って歩いて。


「悪いな、何度も迷惑をかけて」


 家に着いて適当に座ってもらってから謝罪をした。

 重荷になりたくないと言ったその日に重荷になってどうするんだって話だ。


「で、どうしたの?」

「ああ、さっきまで一緒に帰ってたんだけどさ。俺の家に行きたいって話になって駄目だと断って、ゲームセンターか飲食店に行きたいって話になって、ひとりで食べるからと断ったらさ、『馬鹿者がっ』って言って走り去られたんだ。で、その走っていく後ろ姿を見て追いたいって思わなかったんだよな。というか、面倒くさかったんだよな。異性といると疲れるんだ、無益だ、無駄だ、だから無理だって言ったんだよ」


 あまりに理不尽すぎないだろうか。そっちが無理やり食いついたんだろうがって言わなかっただけ優しさではないだろうか。……とりあえず、よっぽど静先輩の方が気が楽と言える。

 

「うーん、中が後悔しないならいいんじゃない? だって合う合わないってあるからさ。1度は向き合おうとしたんだし、責められることではないと思うよ」

「だよな。よし、明日にでも静先輩に頼んでもう来ないように言ってもらうわ」

「それじゃあ僕が初さんを狙おうかな! って、冗談だけどっ」

「ネタバラシしておくとさ、鷹翔に一生懸命になるって先輩は言ってたんだ」


 その真偽がどうであれ、口にしたときの彼女の顔は真面目だった。


「鷹翔、今日本当は先輩といたんじゃないのか?」


 いままで浮かべていた笑みを引っ込め、口もきゅっと結びこちらを見る鷹翔。

 なるほどな。それこそ俺の理想じゃないか。


「責めるつもりはないから安心してくれ。元々、そうあってほしいと願っていたんだからな」


 ただまあ、少し複雑なところではある。

 先輩が鷹翔といるということよりも、鷹翔が偽ったことについてのことだ。

 だから「これだけは聞かせてくれ」と口にした。


「なあ、どうして素直にならなかったんだ?」

「……だって中が気になっている相手かもしれないって思ったから」

「俺はちゃんと言ったはずだけどな。先輩には友達でいてもらいたいだけだし、そういう気持ちに気づいたからには、それを抱えたまま近づけばいいってさ」


 所詮俺程度の言葉という扱いだったなら話は変わるが。

 おまけに、先輩が友達でいてくれる保証もなくなったが。

 けれど、いまはとにかく偽られたということが寂しかった。

 結局のところお荷物にしかなっていなかったんじゃないかって感じたから。

 相談すら持ちかけてくれないのか、そういう仲だったのかって悲しくなるから。


「とにかく、俺のことは気にしなくていいからな」


 俺は冷たい床に寝っ転がって鷹翔に背を向ける。


「ごめん、中」

「謝らなくていい。寧ろ俺こそ邪魔で悪かったな」

「そうかもね」

「……ああ」


 いつかこうなることは分かっていた。

 でもやっぱり堪えるもんだな……。


「ずっと、なんで僕が君のために動かなければならないのかなって疑問に思っていた。だってなにも返してくれなかったから。見返りを求めるのはおかしくないよね中」

「ああ」


 厚意を踏みにじったからか、それとも不満が爆発したのか、そのどちらか。


「……あと、冗談でも好きになっていいかとか、抱きしめてきたりとか気持ち悪かったよ」

「ああ」


 だったらそのときそう言ってくれよ。

 言ってくれないとなにも分からないんだよ、俺は。


「あとはそうだね、初さんは渡したくない。君には相応しくない」

「ああ、分かってる」


 それは言い訳しようのない事実。

 別にそこに関しては傷つきようがなかった。

 ただ、浜野のやつが残念だろうな。加藤はそれで喜べはしないだろう。

 自分で勝ち取れなかった、消去法なんかでは虚しいだけだ。


「……って、こういうときに言い返さないから中は駄目なんだよ」

「その通りだからな。異性に縁がないからって冗談でも同性に好きになっていいとか、抱きしめたりする気持ちの悪い奴だよ。そう思っていたからいま、お前は吐いたんだろ? だったらそれでいいだろうが」


 鷹翔に『お前』なんて言ったのは初めてだった。

 ――まあいい、結局なにも返せなかったが、これ以上鷹翔の足を引っ張らなくて済むんだ。

 てか、そりゃ不満を溜まるわな。俺が可愛い女子とかじゃない、気持ち悪いただのお荷物の面倒くさい変な男なんだから。


「悪かったな……いままで」

「…………帰る」

「ああ……気をつけろよ」


 って! 女子に振られた後の男みたいじゃないか。

 鷹翔が帰ってから少しして鍵をしめてから部屋に戻った。

 ベッドに転んでラノベの続きを読む。


「二次元はいいな」


 不思議とメンタルクソ雑魚野郎でも涙は出なかった。

 堪えたが、学校に行きたくない、引きこもりたいというほどではないようだ。


「っと、電話……浜野か」


 出てみるとすぐに彼女は話さなかった。

 鷹翔絡みなのは分かるので「言われたのか?」とだけ言ってみる。


「……初ちゃんに向き合うって言われた」

「そうかい」

「そうかいってなにさ! なに、私がキミを馬鹿にしたからざまあみろって思ってるの!?」

「いきなり電話してきて喧嘩腰かよ」


 いいじゃねえか、こちとら小学4年生の頃から続いていた関係を切られたんだぞお前、そんなんよりよっぽど堪えるってもんだ。


「いいじゃねえかよ、はっきり言ってくれたのならな」

「良くない! あーもうっ、だからキミはっ!」

「うるせえ!」

「ひっ……」

「……で、なにが言いたいんだよ? 俺に八つ当たりしたいってことか?」


 うるさいのは俺だし八つ当たりしてるのも俺じゃねえかよ。

 だっせ、自分の周りから人間がいなくなって、そのイライラを他人にぶつけるなんてな。

 

「……そうじゃなくて、朝にあんなやり取りをしてたのになんで急になんだろうって困惑してて……ぐすっ、もうやだぁっ……」

「鷹翔以外にも男はいるだろ」

「キミなんか好きにならないしっ」

「誰も俺なんて言ってねえよ馬鹿が」

「馬鹿はキミでしょ!」


 そのとおりだ。

 けれど人を慰めている余裕はないし、話せば文句を言ってくるやつでしかないので、俺はそこで通話を切った。鷹翔が言っていたことを参考にした形となる。


「角が立たないようにするってどうやってやるんだっけか」


 自分を守るためには仕方ないって割り切っていいのか?

 でも、間接的にでも浜野を泣かせたことだけは、その後もずっと残り続けて。


「……寝られなかったじゃねえかよ」


 本も全然集中して読めず、ただぼけっと時間だけを無駄にし。

 制服を着たままだったので、そのまま家を出た。

 いつもより30分ぐらいは早いが、教室に行って本でも読めばいいだろう。


「高柳中」


 鷹翔の家の前で俺は彼女と出会う。


「私はもう貴様に愛想が尽きた。もう貴様に付きまとわないから安心してくれ」

「そうか。わざわざ言ってくれてありがとな」

「敬語を使え」

「意味ないだろそんなの。だってこれから関わりがなくなるんだろ?」

「貴様はやはり鷹翔とは違うのだな。全くいい人間なんかではない」

「ああ、そのとおりだな」


 女を泣かすような男だからな。

 ――学校に着いたら教室に行き、席に座って本を読み始める。


「おはよう、高柳君」

「……早いですね」

「ええ」


 彼女は前の席の人間が来ていないのをいいことに、静かに席に座った。

 ちなみに、俺は「情報が伝わるの早いですね」と言ったつもりだが、伝わったのだろうか。


「乾君が初のことを振り向かせたいと動き始めたそうね」

「そうですね。頑張ってもらいたいと思っていますよ」

「君は?」


 先輩は透き通った青色の瞳でこちらを捉えた。逸らすようなことではないため、俺は真っ直ぐに見返しつつ「邪魔者は退場です」と笑って答えた。


「とうとう乾君からも言われたんですって?」

「はい、邪魔だ、気持ち悪いだ、お荷物だと」

「あははっ! 自業自得ね!」


 俺は笑顔を引っ込め先輩を見るのをやめる。

 自業自得、そのとおりだ。だが、関係のない先輩に笑われるのはむかつく。


「そんなに怖い顔をしないでよ」

「分かってますよ、小早川先輩を雑に扱ったから怒っているんですよね?」

「へ? あはは、そんなわけないじゃない」


 見てみると、彼女は薄い笑みを浮かべるのをやめて、「人間ってどこまでも自分勝手よね」と小さく呟いた。


「私も同じだけれど」

「まだこちらはなにも言っていないんですけど」

「ね、私で良ければお友達になってあげましょうか?」

「そう言って人間は裏切るじゃないですか。小学4年生から付き合いがあっても別れは一瞬です。もう信じたくないんですよ他人を」


 信じられるのは自分と父親だけ。


「でも、あなたの周りにはもう誰もいないじゃない。やっていけるのかしら?」

「本さえあれば乗り切れますよ」

「嘘つきね、徹夜してきた子が言うセリフではないわ」


 この気持ち悪いくらいの察知さはなんだろうか。

 俺もその能力を有していたら、もっと早くに鷹翔を解放してやれたんだけどな。


「美波さんを泣かせたのでしょう?」

「……あれは願いが叶わなくなって、だから――」

「そうそう、間接的にでも泣かせたことを悔いているのよね?」

「……まあそのとおりですね」


 風呂に入ってなくてなんとも気持ちの悪い髪をガシガシと掻いて、でも認めるしかできなかった。まるで同じ空間に存在していたみたいにバレバレじゃないか。


「あなたはいい子じゃない。他人を思いやられる優しさがあるじゃない」

「思いやれる心があっても、自分の周りには誰も残っていませんけどね」

「そこで私よ、いいでしょう?」

「……どうせ先輩も去ります」

「勝手に決めないでちょうだい。そうね、去ったら死んでも構わないわ」


 死んでもいいなんて気軽に口にしたら駄目だ。関わった人間に死なれたら嫌なんだ。そういう形の去られ方は一番堪えるから。


「どうしてそこまで?」

「放っておけないからよ。大丈夫、初を連れてきたり、他の子と絡ませようとなんてしないわ。あなたが寂しくなったときにだけ求めてくれればいい。それでいいでしょう?」

「求めるってどういう意味で?」

「手を繋いだりとかかしら、求めてくれれば頭も撫でてあげるわよ」

「良かった。抱きしめとかキスとかはないんだよな?」


 良かった良かった。セッ○スも有りとか言われたら童貞の非モテ野郎としては揺れてしまうからな。


「当たり前じゃない。そんなことを許すような仲ではないもの」

「なら手を繋いでくれないか? ……実はメンタルがボコボコなんだ」

「いいわよ。はい、どうぞ」


 握ってみると柔らかく小さな手だった。


「冷たいけど大丈夫か?」

「基本的にいつもそんな感じよ」

「へえ、温めてやるか」


 両手で挟んで擦っていると段々冷たさがなくなってきて一安心。


「ちょ、どんなプレイよ」

「いや、手が冷たいのって緊張とか不安の表れなんだろ? ……それはなんか嫌だなって思って」

「ふふ、早くも独占欲?」

「ちが……くないな。人に去られるのは怖いんだよ、それが自業自得だったとしてもな……。その点、静先輩はいてくれるんだろ? だって約束を破ったら死んでもいいとか言ってしまったもんな」


 これでは脅しようにも捉えられるかもしれない。だが、先輩が言ったんだ、俺はただそれを言い直しているだけで。


「そ、その……それで脅して無理やりとか……しないでよ?」

「優しくしてくれた人間にそんなことできるかよ。静先輩がいてくれればいい、ありがとう。マジで……助かったっ……」

「高柳君……」


 ラノベがあればいいとか大嘘だ。

 痛かったんだ、本当は学校にすら来たくなかったんだ。

 でも、ズル休みができる性格でもなくて、こうして来てみれば先輩が優しくしてくれて。

 分かる。

 別に先輩が俺に気があるとかじゃねえよ。

 もう自惚れはしないし、あんまり信じたくもねえんだ。

 だけどこうして寄り添ってくれたのなら、邪険に扱うのではなく信じてみてもいいんじゃねえかって思うんだよな。

 違うか、誰かに縋ってないと、依存していないとまた潰れてしまうんだ俺が。


「静先輩、俺、マジで依存するので気をつけてくださいね」

「依存ってどういうふうに?」

「そうですね……毎日一緒に話すとか、いるとか、帰るとか、そういうのでしょうか」

「あははっ、女の子みたいねー。でも、約束だもの、守るしかないでしょう?」

「ちょ……俺が脅しているみたいじゃないですか」

「脅したじゃない。身の危険を何度も感じたわ」

「語弊があるぞ……それは」


 ま、始めはこんなものだろう。

 少しずつ信じてもらいたいなと俺は思ったのだった。

やっべ、メインヒロイン誰になるんだ?

つか、喧嘩させるの好きね。

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