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01話

「ねえ、高柳たかやなぎ君」


 俺、高柳(あたる)は友の珍しく落ち着いた声に反応し本を読むのをやめて彼を見た、すると声音と同じように神妙な顔つきをしていることに気づく。


鷹翔たかと、どうしたんだ?」


 乾鷹翔、彼は「いや、改めて気づいたんだけど」と口にする。


「僕らってさ、実に普通、だよね」

「普通でいいだろ?」


 特に見てくれで劣等感を抱いたことはないし、勉強運動共に当たり前のように普通にできるということでこちらとしては特に不満を感じてはいないが。


「女の子にモテたい!」

「じゃあアピールをしてくればいいだろ?」

「だから言ったでしょ? 僕らはイケメンじゃない、どうせ無駄な時間になるだけだよ」

「おいおい、そんなことを言っていたらなにもできないぞ?」


 そりゃ失敗するくらいなら、なんて考えることはあるが、女子にモテたいなら積極的に行動するしかないだろう。

 俺達は物語の主人公というわけじゃないんだ、向こうの方から勝手に来てくれるわけじゃない。

 普通だからこそ、抜きん出るために頑張らなくちゃいけない。


「可憐で健気な幼馴染とか、暴力的だけど美少女の女の子とか、そういう子がいるわけじゃないからねって」

「失礼だろ、それこそ普通の俺らが他人の顔について言える立場じゃないだろ」

「そうだけどさあ、……このクラスの子って強そうな子ばっかりじゃん? ガードが固いし、見向きもされないからさ」


 強そうなのは完全に同意だ、あと、声が大きい、全然読書少女とかがいない――つまりまあ、少なくとも大人しそうな少女はこのクラスにはいない。


「普通が憎い、……お母さんも良く産んでくれれば良かったのに」

「おい、そんなこと言うな。ちゃんと育ててくれてるんだからいいだろ? 障害があるわけじゃないし健康なんだから」

「あ、ごめん。……中のお母さん、どっか行っちゃったんだよね」

「ま、その点についてはもうどうしようもないからな」


 小学四年の秋に消えてそれっきり、仲が良かったからかなり堪えた。

 父さんに何度も聞いてみたものの、父さんも困惑し「分からない」と都度口にするだけだった。

 小僧には辛くて、大して友達もいなくてどうしようもなくなっていた時にできた新たな友達が彼、鷹翔だったのだ。

 そこからずっと関係が続き、高校1年生になった今も尚、こうして一緒にいるという形になっている。


「鷹翔、頑張ってみろよ。大丈夫だ、普通でなにが悪い? 寧ろ普通で嬉しいけどな俺は」

「うん、そっか、そうだよね。普通の見た目、能力、生活、別になにかに特化していなくても全然いいよね、こうして健康に生きていられるだけでさ」

「そうだ、自信を持てよ。それに鷹翔のことが気になってる女子は普通にいるぞ」

「えっ!? だ、誰っ?」

「ああいや、話してるのをたまたま聞いただけだ。悪い、名前は分からない」


 確かそこそこ可愛い女子だった気がしたが如何せん名前が分からない、鷹翔は俺を支えてくれたってのにこっちはなにもできなくて少し申し訳なかった。


「いや、ありがとう中! その情報だけで元気に過ごせるよ!」

「はは、なら良かった」

「それじゃあ行ってくる!」

「は? お、おう……」


 凄いな鷹翔は、他人からのその小さな情報だけで積極的に動けるんだから。

 俺は放課後の教室に残り読書を続ける。

 家で帰って読めばいいのでは? というのはもっともだが、いいところだから読み終えてから帰りたかったのだ。

 三十分くらいかけて本を読み終えた。そこはかとなく達成感のようなものを感じていた。


「そろそろ帰るか」


 もう十月ということもあって少しだけ暗くなるのが早くなっているようだ、暗闇はあまり得意ではないので早く動かないとやばい。


「高柳」

「ん? あ、えっと……」

「はぁ、クラスメイトの名前くらい覚えた方がいいと思うがな。まあいい、今日覚えろよ? 私の名前は小早川初こばやかわういだ」

「悪い」


 彼女は少しだけ機嫌悪そうな顔でいながらも「いや」と口にした。


「で、小早川さんがなんの用だ?」

「そこは私の席なのだが」

「あ、窓際の席で本を読むのもいいかなって思ってさ――いや、悪かった」

「せめて許可を取ってからにするべきだ、分かったな?」

「分かった、それだけか?」


 クラスメイトの顔とか席順とか全く意識していなかったから女子の席だとは思ってもいなかったのだ、だからそういう点では誤解しないで――って、誰に言い訳をしているんだよ俺は……。


「そうだな、それだけでしかないな」

「今度からは気をつける、それじゃあ小早川さん」

「ああ、気をつけて帰るのだぞ」

「君もな」


 教室及び学校をあとにして歩いていく。

 そして学校から離れたうえに後ろに誰もいないことを確認してから、


「小早川さんの髪長かったな……」


 一人そう呟いた。

 だって腰ぐらいまであったんだ、結ばずにおろしているためダイレクトに長さが伝わってきていた――……あと、昔はいてくれた母さんを思い出して微妙な気持ちになった。


「なんで残っていたんだろうな」


 それが分からない、あ、ずっと言い出せなかったのかもしれない。

 もしそうなら申し訳ないことをしてしまったようだと気づいたため明日また謝ろうと決めたのだった。




 翌日。


「鷹翔、小早川さんって知っているか?」

「え、誰それ? というか、中もやっと女の子に興味を持ち始めたの?」

「誰それって……、腰くらいまで亜麻色の髪を伸ばしている女の子がクラスにいるだろ?」

「クラスに小早川さんなんて名字の子はいないけど」


 えぇ、……じゃあ昨日話した彼女は誰だったんだよ、幽霊とか苦手だぞ……。


「それより帰ろうよ、肉まん奢ってあげるよ?」

「んー、今日も残ってみるから明日奢ってくれ、気をつけろよな」

「うん、そっちこそ気をつけてね」


 今日は最新巻が発売される日だから鷹翔と本屋に行こうとしたんだけどな、それでも謝罪をしないとなんとも微妙な気持ちを抱えたままになるし、気になるから待つしかない。


「なんだ、今日も残っていたのか?」

「あ、小早川さん」


 十七時半を越えた頃、目的の彼女が教室に現れた。

 彼女は自分の机であろう場所まで歩き、そのまま机の上に腰掛ける。


「どうした? 今日は高柳が読んでいる小説の最新巻が発売する日だろう?」

「ど、どうしてそれを……」

「ふむ、細かいことはどうでもいい。それより早く行ったらどうだ?」

「そりゃまあ行きたいんだけど違うんだ。……えと、昨日はごめん!」

「ん? 急にどうした?」

「いや、女子の席に勝手に座るとか有りえないだろ?」


 前に鷹翔が女子の席に座っていたら「キモい」とか言われてたし、無許可に座るべきではないのだ、多分。


「はははっ、そのためにわざわざ残ってくれたのか? 律儀な男だな高柳は!」

「それと今日はいなかったみたいだけど、どこにいたんだ?」

「ん、言わなければ駄目か?」

「いや、言いたくないならいいんだ。俺は謝罪をしたかっただけだからさ」

「……そうか」


 今度はお礼を言って教室をあとにした。

 学校を出たら途中の本屋に寄って、最新刊を購入して、家に着いたら自分用のごはんを作る。

 父親はほとんど帰ってこないのもあって基本的に一人だからだ、自分勝手ということでは――だから誰に言い訳をしてるんだよ。

 適当に作ったごはんをもしゃもしゃ食べつつ、トークアプリで鷹翔と会話をしていた。


『――ってことがあったんだけど、やっぱり知らないか?』


 勿論、聞きたいのは彼女のことだ。

 普通普通、行っても無駄なんて言っている彼だが、あれでも案外女子の友達が多い、だから鷹翔に聞けば分かると思ったんだが、


『知らないなあ。ってか、隠そうとしないで中が見せてくれればいいじゃんか』


 彼からの返信はこんなものだった。

 見せるもなにも放課後にしか会えないんだ、それになんか訳ありってぽいし、無理に頼むのも申し訳ない気がする。


『鷹翔好みの女の子だと思うけどなあ』

『え、マジ!? か、可愛いっ?』

『喋り方は男っぽいけど、可愛いんじゃないのか? 基準が分からないから俺からしたらってことになるけど』

『明日僕も残るよ!』

『おう。ただ、迷惑はかけるなよ?』

『あったりまえじゃん! なんたって、僕は普通だからね!』


 普通だから迷惑をかけないってどういうことだろうか、俺は普通なのに彼女に迷惑をかけてしまったわけだが――謝ったし許してくれたはずだよな? ……不安だし、また明日も謝ることにしよう。

 

 


「どんな子かな~、ワクワクワックワック!」

「落ち着け、別に髪が長い以外は普通の女の子だぞ?」


 ハイテンションなのは構わないが、このままだと迷惑をかけそうだ。

 だが、


「ワクワク、……いつ来るの?」

「おかしいな、いつも十七時半を越えたくらいに来るのに」


 彼女が訪れる気配がまるで感じられない、そのため、うるさいくらいに感じられた鷹翔のテンションもあからさまに低くなってしまっていた。

 どうしたんだろうか? それとも女の子の友達がほしすぎて生み出した幻覚だろうか? ……そうだと言われても信じられる、だって俺の小説のことを知っているのは鷹翔ぐらいだったのに彼女も知っていたからだ。

 しかも最新巻の発売日までなんて……、まさかストーカーというわけでもないだろうし、メリットないし……。


「悪い、肉まんを奢ってやるから許してくれ」

「えぇ! せっかく待ったのに嘘だったの!?」

「いや、……いつもは来るんだけどな」


 俺らが帰るべく席を立った時だった、


「す、すまない! 待ってくれていたのか?」


 長い髪を揺らしながら教室に彼女が訪れたのは。


「おおおおお!!」

「にゃっ!? こほんっ。……ど、どうしたのだ乾よ!」

「そしてまさかの僕のことを知っている!? きたあああ!」

「高柳、彼はどうしたのだ?」

「ははは……、小早川さんに会えて嬉しいんだろ」


 彼女は依然として困ったような表情を浮かべていたが、すぐに笑みを浮かべ「嬉しいものだな」と髪をいじりながら口にした。


「はぁはぁ、ごめん! ちょっとテンションが上りすぎちゃった」

「か、構わないが」

「ふぅ。えと、小早川初さん、だよね?」

「そうだ、高柳から聞いたのか?」

「うん、いや本当に可愛いね!」

「にゃっ!? そ、そんなことを気軽に言うんじゃない……」


 喋り方は男っぽいものの案外、耐性というのはあまりないようだ。

 顔を赤くして「や、やめろ……」なんて口にしているし、クラスメイトの女子とは違う魅力がある気がする。


「小早川さん、僕とお友達になってくれませんか!?」

「べ、別に構わないが……」

「ありがとうございます! いやもうやっぱり中と一緒に過ごしてて良かった!」


 現金な人間だなあ、彼女を紹介していなかったらこうは思われていなかったんだと考えたらなんとも複雑な気持ちになった。


「ごめんな、小早川さん」

「いや、別に減るものではないからな」

「それより今日はどうしたんだ? どこかに行っていたのか?」

「ああ、ちょっとトイレで奮闘していてな……、あれは強大な相手だった」

「あ、あんまり女子がそんなことを言うなよ」

「大便というわけではないぞ!?」

「だからさ……」


 勝手に戦い=大便との戦いと捉えた俺も悪いけど、こんなことを大声で叫ぶ女子というのも微妙な気がする。

 ちなみに鷹翔は彼女と友達になれたことがよほど嬉しいのか、俺達の盛り上がっていることなんてまるで気になっていないようだった。


「それより、そろそろ帰らないと暗くなるぞ」

「そうだな。あ、一昨日はごめんな」

「はは、まだ言っているのか? 大丈夫だ、もうしていないのだろう?」

「してない、キモいとか言われるのは嫌だからな」

「私は別に言わないがな、乾」

「小早川さんなに!?」


 声をかけられたくらいでハイテンションになりすぎだろ……。


「そ、そろそろ帰らないと暗くなるぞ? それに肉まんを奢ってもらうつもりなのだろう?」

「そうだった! って、小早川さんは帰らないの?」

「……ああ、少しお腹が痛くてな」

「あ、ごめん! それじゃあ邪魔者の中を連れて帰るね!」

「邪魔者って……まあいいや、それじゃあな小早川さん」

「ああ、気をつけてな」


 俺達はふたりで帰路に就く。

 途中のコンビニで約束通り肉まんを奢って、食べながら歩いていく。


「中、僕はもっと小早川さんと仲良くなりたい!」

「いいんじゃないか、一生懸命になれば彼女にもなってくれるかもしれないぞ?」

「彼女、か。僕ね、まだ1回もできたことないんだよねー」

「安心しろ、俺もだから」

「うーん、でも友達でいてくれればいいんだ」

「へえ、それはどうして?」


 可愛くてちょっと接しただけでも優しいと分かるくらいの女の子だ、鷹翔なら食いつくと思ったのだが……。


「いいんだって! 早く帰ろ! 肉まん美味しーっ」


 まあでもがっついているような性格でもないし、おかしくないか。

 俺は余計なことを気にせず、彼の後を追ったのだった。

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