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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

みかん太郎

作者: M200F
掲載日:2020/05/05

子供を寝かすために思い付きで寝物語にした話を、書き起こしました。

 むかーしむかし。

 とても深ーい山奥のあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

 おじいさんとおばあさんの家は、麓の里から離れたとても山深い山奥にあって、滅多なことでは人は寄り付かないところにありました。

 おじいさんとおばあさんの家の裏山には、みかんの樹がびっしりと生えていて、年中みかんを採ることがことができました。

 おじいさんとおばあさんは、裏山で年中採れるみかんと、広くはないがおじいさんとおばあさんが食べていくには十分な田んぼと畑で、米と野菜を作って、静かに平和に暮らしていました。

 田んぼや畑には、作物を狙ってどこからともなく猪が時折やってきました。

 おじいさんとおばあさんは、そんな猪を矢と罠で仕留めて、猪鍋にしたり、毛皮を服にしたりして、年中不自由なく暮らしていました。


 そんなある日のこと、おじいさんとおばあさんは、いつものように裏山へみかんを狩りに入っていきました。

「きょうはいつもとは違う方向へ行ってみよう」

 おじいさんがそういうと、

「ええ、ようございますね。新しいみかんが見つかるかもしれませんなぁ」

 おばあさんも頷いて、二人はいつもとは違う方向へ進んでいきました。

 おじいさんが腰の鉈を抜いて、ばっさばっさと藪の枝を払いながら進んでいくと、かぐわしいみかんの香りの中に、いつもとは違う匂いが混じっていることに気が付きました。とても臭い、あまり嗅いだことのないおかしな臭いです。

「ばあさまや。なんぞおかしな臭いがせんかいな」

 おじいさんが尋ねると、

「さよですなぁ。なんぞ鼻の曲がるような臭いがしますなあ」

 いつもみかん山を歩いているおじいさんとおばあさんは、何かおかしな、不吉なものを感じました。

 おじいさんは、臭いのするほうへ行ってみることにしました。

 進むにつれ、おかしな臭いは、とても臭い悪臭になっていきます。何か悪いものがあるに違いありません。おじいさんは、鉈を握りしめ、ゆっくりと音をたてないように臭いのするほうへ進んでいきました。

 すると、藪の奥から、


 ごりっ・・・・ばりっ・・・・がりっ・・・・


 と、何かを削ったり割ったりするような、冷たく重い音が聞こえてきました。

(何奴ッ・・・)

 おじいさんが慎重にやぶの中から音のするほうを覗くと、そこには古い大きなみかんの樹のが、無残にも根本のあたりから割れて砕け、無残に斃れていました。

 その割れた根本のあたりから、


 ごりっ・・・・ばりっ・・・・がりっ・・・・


 と、音が聞こえてきます。

(物の怪か・・・・!?)

 おじいさんが用心深く回り込んでいくと、そこには大きな大きな、子熊ほどはあろうかという大きな猪が、みかんの樹の根元に齧り付き、ひたすら口を動かして咀嚼をしていました。咀嚼をするだけではなく、絶えず小便や大便を吹き出しながら、周りに悪臭をばらまいています。

(祟り猪か?!)

 おじいさんは、おばあさんから背中の弓を受け取って、火矢を番え、二本同時に引き絞りました。

 刹那、みかん山の森を、低い音をたてて火矢が通り、大きな猪の横っ腹に突き刺さりました。

 油を滲みこませた布を巻いたおじいさん特製の火矢は、猪の横っ腹に突き刺さると、毛皮に火が燃え移って瞬く間に体中に火が回りました。

 猪がわけもわからず身体の火を消そうとのたうち回ると、そこにおじいさんが手に鉈をもってとびかかり、一閃で脳天をたたき割って猪を仕留めました。

「りっぱな樹じゃが、祟り猪に齧られるとは無念であろう。願わくば、朽ちずにまたみかんを実らせたまえ」

 おじいさんとおばあさんは、猪に齧られて根元から幹の半分が斃れてしまったみかんの老木に手を合わせて祈りました。

 そうして、おじいさんとおばあさんは、仕留めた祟り猪を苦労して家まで降ろしました。 

 糞尿で汚れた身体も川の水できれいに洗い流し、捌こうとその後ろ脚を木の枝に吊り上げ、鉈でその腹を割ろうとしたその時、猪の腹がびくりと動きました。

「何事かっ」

 おじいさんとおばあさんがその奇怪さに、二歩三歩と後ずさりをすると、さらに猪の大きな腹が、中から突き出すように動いています。

「やはり物の怪であったか!」

 おじいさんは家に駆け込み槍を掴むと、猪を吊った樹へ駆け寄り、その蠢く腹を薙ぎ払いました。

 猪の腹がぱくりと割れて、なかから猪の腸がどろりと崩れ落ちました。

 すると、その腸が漏れ出た薄暗い腹の奥から、おぎゃあ、おぎゃあと声がします。まるで赤子の声です。

「!?」

 おじいさんは戦慄しました。なぜ祟り猪の腹の中から赤ん坊の声がするのでしょう。

(物の怪か祟り神に違いない。今のうちにッ)

 おじいさんが再び槍を構えたその時、

「おまちくだされ、じいさま」

 おばあさんが、おじいさんの横から猪の腹へ向かってすっと歩み出て、割れた猪の腹の中へ両手を差し込みました。

「どれ・・・ああ、元気な男の子ではないかえ」

 おばあさんは、猪の腹の中から、男の子を採り出しました。

「ばあ様、ならぬ。それは物の怪に相違ない。いま退治してしまわねばのちに何に祟るかもしれぬ」

 おじいさんは槍を構えてそう言いましたが、

「いいえ、じいさま。子宝に恵まれず、みかんと田んぼと畑と猪に年中囲まれてきた老い先短いあたしらに、似合いじゃありませんか。たとえ祟り神でも、老い先短いあたしたちに失うものなぞありはしませんでしょう?それに・・」

 よしよし、とおばあさんはその赤子を布でくるんでやりながらにっこりと笑いました。

「もしかしたら、とても良い子に育つかもしれませんよ」

 その笑顔が、ひどく嬉しそうだったので

(ばあさまは、子ができなかったのを今でも悲しんでおったのか)

 おじいさんは、それ以上槍を構えるのを止めました。


 猪の腹から出てきた赤子は、たいへん奇妙な子でした。

 柔らかいものを食べさせてやろうと作ったお粥を、一切口にしないのです。

 どうしたものか。乳母などこんな山奥にはいない。乳を搾る牛もいない。この子はもう死ぬしかないのだろうか。

 おじいさんとおばあさんがひとしきり悩んでいる間に、赤子は包み布を自ら這い出て、部屋の隅に山積みになっているみかんのところへ行き、みかんを掴んで食べようとします。

「みかんを食うのかえ?」

 おばあさんがみかんを剥いてやってひとふさ口に入れてやると、赤子はにんまりと笑って、次を次をとせがみました。

 結局、その子はみかんしか食べない子供でした。おじいさんとおばあさんは、この赤子を「みかん太郎」と名付けました。


 みかんしか食べないみかん太郎は、あっというまに大きくなり、三年もたつとおじいさんより大きな体に育ちました。おじいさんとおばあさんは、あまりの成長の早さに目をまわす毎日でしたが、みかん太郎は礼儀正しい青年に育ちました。

 ある日のこと、みかん太郎がおじいさんとおばあさんに言いました。

「おじいさん、おばあさん、猪の腹から生まれた私をここまで育ててくださいましてありがとうございます。ここまで育てていただいたご恩に少しでも報いるため、何かさせていただきたいのです。」

 おじいさんとおばあさんは困りました。

 特にやってほしいことなどありません。

 田んぼや畑の手伝いも、みかん狩りも、猪狩りも、家の仕事はみかん太郎はできるようになっています。

「みかん太郎や、わしらは老い先も短い。本当にぬしが真っ直ぐに育ってくれて、これ以上嬉しいことはないと思っている。これから先も、わしらが死ぬまで一緒に暮らしてはくれぬか」

 おじいさんとおばあさんがそういうと、みかん太郎は

「それだけでは、ご恩に報いることになりません。なにかございませんか、たとえば・・・鬼退治とか」

「鬼などおらぬわ。あれはわらべ話の中だけにしかおらぬ」

「で、では、化けネズミの退治とか」

「わしゃみたことはないのう。ばあさまはしっとるか?」

「いいえ。トンと存じませぬ」

「みかん太郎や、ぬしがわしらと毎日過ごしてくれりゃそれが最高の恩返しなんじゃ。」

 おじいさんとおばあさんはそういって、にっこりと笑いました。

 しかし、みかん太郎はそれでは心が収まりません。妖怪のような生まれ方をした自分を、殺さずに育てくれたおじいさんとおばあさんへの恩を、おじいさんとおばあさんが亡くなるまでにすこしでもお返ししたいとおもって、毎日胸を焦がして何かできないか悩んでいました。


 そんなある日、みかん山でみかんを狩っていたときに、いつもは誰も通らない山道を歩く旅の家族に、みかん太郎は出会いました。

 どうしてこんなみかん山の中を歩くのかと尋ねたところ、旅の家族は、遠い麓の村里から、山を三つ超えた先の町へ落ち延びるところだといいます。

 なんでも麓の村では、悪い「びょうき」が猛威を振るい、何人もの村人を苦しめ、死に至らしめているというのです。

 みかん太郎は、これだ!とひらめきました。すぐに家に戻って土間に両手をつき、おじいさんとおばあさんに頼み込みました。

「おじいさん、おばあさん、麓の村まで行ってきてもよろしいでしょうか」

 おじいさんとおばあさんは驚きましたが、人里を見てくるのもよいだろうと思い、行かせてやることにしました。

 背中に背負わせた籠いっぱいに、弁当のみかんを詰めて、みかん太郎は山を降って麓の村里まで歩いていきました。


 麓の村は、それはそれはひどい有様でした。

 「びょうき」に苦しんでいない人など一人もおらず、あちこちで葬式のお経が流れ、道端にも何人もの体中に赤黒い斑点を浮き上がらた村人が斃れていました。

「びょうきめ、許せぬ。このみかん太郎が成敗してくれる」

 みかん太郎は、右手に鉈、左手に棍棒を握りしめ、「びょうき」を探して村中歩き回りました。しかし、探しても探しても「びょうき」という物の怪や悪党は出てきません。

 三日たちました。

 みかん太郎が背負ってきた弁当のみかんが、もう無くなってしまいました。

 みかん太郎は、村人をこんなにも苦しめながらも姿を現さない卑怯者の「びょうき」を、本当に許せなくなりました。かならず「びょうき」を見つけ出し、おじいさんが祟り猪を退治したように、自分も村の「びょうき」を退治して、こういってやるのです「私はみかん山のみかん太郎。心優しきおじいさんとおばあさんに育てられ、ご恩返しに人助けをしています。」そうすれば、おじいさんとおばあさんがどんなに素晴らしい人たちだったか、みんなに知らしめてやることができます。

 待っていろ、またすぐにやってきて、「びょうき」を探し出して退治してやる。

 そう心に誓ったみかん太郎は、飛ぶようにみかん山に戻っておじいさんとおばあさんに挨拶をして、また弁当のみかんを籠に満杯にして山を下りました。

 麓の村里は、相変わらずひどい状況でしたが、やはり「びょうき」は 現れません。

 みかん太郎は卑怯者の「びょうき」を憎々しく思いながら。また三日三晩村里を歩き回りましたが、やはり見つけることはできずにもどり山へ戻りました。


 家に戻ったみかん太郎は、おじいさんとおばあさんに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 せっかくおじいさんとおばあさんに恩返しできるはずだったのに、卑怯者の「びょうき」せいで単にみかんを減らして、おじいさんとおばあさんのお手伝いもできなかったのです。

「おじい様、おばあ様、帰りました」

 気を落としたみかん太郎が家の戸をくぐると、みかん太郎はすぐに異変に気が付きました。

 おかしい。静かすぎる。

 時刻はもう夕方。この時間におじいさんとおばあさんが家にいないはずがありません。いつもは囲炉裏で鍋をかき混ぜながら

「みかん太郎や、今日もみかんじゃないものを食ってみようとは思わんのかえ?」

 と言ってくれる優しいおばあさんの姿も、その隣で米を食べるおじいさんの姿も、囲炉裏の火も(・・・・・・)ありません。冷たい、今までに見たことのないような冷たい家が、そこにあるだけでした。

 どうしたことだ!

 みかん太郎はすぐに家から駆け出して、おじいさんとおばあさんを探しました。

 おじいさんとおばあさんは、川のたもとに二人で倒れていました。

 優しいおじいさんとおばあさんの顔は、苦痛に歪み、赤黒い斑点が顔じゅうに浮かんでいました。

 おじいさんとおばあさんは、もうすでにこと切れていたのです。


 みかん太郎の全身の毛が怒りで逆立ちました。

 びょうきか!

 卑怯者のびょうきの奴が!私のいない間におじいさんとおばあさんのところにやってきて、おじいさんとおばあさんをその手にかけたのか!!

 何処だ!

 何処にいる!!!


 みかん太郎は鬼の形相になって、憎い「びょうき」を探し回りました。

 昼も夜ももう関係ありません。おじいさんとおばあさんを殺したのだから、今でもこの近くにいるはずです。生まれてからこのみかん山で育った自分なら、いくら「びょうき」が卑怯者でも侵入者の痕跡を見逃すはずがありません。みかん太郎は黒い風のようにぬらりぬらりとみかん山を探して回りました。


 そして、何日探し回ったかもうわからなくなった頃、みかん太郎は一本の大きなみかんの樹の前に立っていました。

 そのみかんの樹は、とても大きい樹でしたが根元から半分くらいが割れて倒れていましたが、残った半分で生き延びていました。

 みかん太郎は、なぜここにいるのか、ここはどこなのか、もうわかりませんでした。ただ、憎い「びょうき」を探して、怪しく黄色く光る瞳孔を左右に動かして、辺りを探っていました。

 その時です。

 みかん太郎の耳元に、野太い声が響きました。

「みかん太郎」

「!ナニヤツ!!『ビョウキ』カ!!」

「もう人の心も失いかけておるか・・・愚か者が。儂はみかんの樹の精じゃ。」

「ウソヲツケ!キサマガオジイサントオバアサンヲヤッタノハワカッテイル!サアデテコイ!!!」

 それは、獣のようなみかん太郎の叫びでした。

「『びょうき』は目に見えん・・・いくら探しても見つからぬぞみかん太郎」

「オジケヅイタカアアアア!!!!!」

 この期に及んで姿を現さない『びょうき』の卑怯さに怒り狂ったみかん太郎は、もうすでに腕と一体化してしまった鉈を振り回して、辺りの藪や枝、樹を撫で斬りにしていきます。

「おじいさんとおばあさんを殺したのは物の怪ではない。お前だ、みかん太郎!!」

 その声が、みかん太郎の頭の中でひときわ大きく響きました。

「ア゛?」

 みかん太郎は、天を仰いで凍り付いたようにその動きを止めました。

「『びょうき』は、魔物や物の怪や悪党ではない。村里で三日三晩好き放題歩き回ったお前に憑りつき、お前からおじいさんとおばあさんに移ったのだ。おまえが村里などに降りなければ、おじいさんとおばあさんは死なずに済んだだろう」

「ウソヲツケ!コノオレハドウトモナイ!」

 みかん太郎は叫びましたが、もう、鉈を振り回す気力は残っていませんでした。

「みかんばかり食べていたおまえは、病に対する耐久力を持っている。おまえ自身の身体だけは悪化することはなかったが、『びょうき』は、お前の身体をゆりかごにして、おじいさんとおばあさんのところまで労苦なくたどり着いたのだ。おじいさんとおばあさんの願いを聞いて居れば、今頃貴様は・・・・」

 みかん太郎は、咆哮しました。

 長く、低く、悲しく、猛り狂ったその咆哮が、みかん山に響き渡りました。

 後に残ったのは、それは、もう、人間ではありませんでした。


 ごりっ・・・・ばりっ・・・・がりっ・・・・


 みかん山に、咀嚼音が響き、めりめりと大きな大木が斃れる音が、響きました。

 




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