プロローグ
公爵家の令嬢を、平民が突き飛ばした。
その事実だけで野次馬はこちらに視線を向け、ざわつき始める。
「ふざけないで!!」
私は目の前の女性になにかしてしまったのだろうか。今日は長かった休みが明けて、念願だった寮生活が始まるというのに。突き飛ばされた私を庇うように従者が前に出る。
私の従者に睨まれても彼女は叫び続けた。
「全部知ってるのよ!イーサン様を陥れようとしているんでしょう!?貴方さえいなければ、国が滅ぶこともなかったのに!なにが大災害の予言よ……!貴方が黒幕のくせに!」
周りのどよめきが強くなる。私が黒幕だと泣き叫ぶ見知らぬ彼女に対して、従者のアランが珍しく怒りを顕にしながら何かを言っているが頭に入ってこない。視界の隅で、助けに入ろうとしたのかイーサンが腕を伸ばしたまま驚いた顔で動きを止めているのが見えた。
ああ。嫌な親から解放されて、素敵な寮生活がはじまって友達もたくさん作る予定だったのに。野次馬たちの目の前の平民の女性を非難する声は、たちまち私への疑念の声に変わる。
立ち上がり、制服のスカートの埃を払って女性に向き合った。
「……黙りなさい。
主人を突き飛ばした挙句、みっともなく吠えるだなんて。野犬でももう少し賢い振る舞いをしてくれるわ」
私の一声に、あれだけ騒がしかった周囲が静まり返る。野次馬からまるで私に怯えているかのような小さな声が聞こえた。突き飛ばされたのは私なのに、まるで私が加害者のようだ。
…………窘めるつもりで放った一言は彼女が言う通りなんとも黒幕のようだったらしく、このあと私は学園で有名な悪役令嬢となってしまった。原作の乙女ゲームには悪役令嬢なんて登場しないのに、こんなことをしている場合ではないのに。
10日ほど前、前世を思い出したことが全ての始まりだった。