転生したら影でした ～死なない身体は最強なのかもしれません～

洞穴の中の影 駆け出しのダンジョンマスター

９話 弱き剣士と契約者

　私の名前はエリス、齢は１６歳にして最底辺である銅級冒険者です。

　今はある冒険者パーティの一人として、洞窟の調査に参加しています。

　目的は洞窟内に出現したというダンジョンの調査です。

　王国の貴族はダンジョンの出現した際にどこに出現したのかを知ることが出来るらしく、それを利用して早期にダンジョン攻略をする事で地方貴族は一定の収益を上げています。

　その為の足掛かりとして、冒険者ギルドに声が掛かったのです。

　ダンジョンを保有する事が出来れば、毎年一定の収益を期待できます。

　一つに、魔物を退治するとなれば拠点が必要になるし、そこではある程度の規模の消費活動が期待され街は活発になるらしいです。

　だが貴族様の本当の目当ては、ダンジョン内に存在するかもしれない財宝だと思います。

　ダンジョン内には財宝が溜め込まれている事があるそうなんです。その内容はピンキリらしいのですが、一気に大貴族と並ぶ程の富を与える事さえあるようです。

　大方依頼してきた貴族はその財宝を期待しての事なのでしょうが、しかしここら一帯に強い魔物が出現したという話を聞いた事はありません。

　その地域の魔物の強さと財宝に必ずしも相関関係があるとは言えませんが、それでも大金が発見された有名な事例の多くは一般人では到底立ち入る事の出来ない様な地域にあるそうです。

　そういう訳で私には王国が期待する程のそんな大層なお宝があるとは到底思えませんでした。

　勿論、私達冒険者にとってみれば簡単な依頼内容に反して報奨金額が多かったのでありがたい話ではあったのですけど。

　そして幸運な事に私は競争率が高くなる筈の、この依頼を受ける事が出来ました。

　なんでも丁度最近魔物が大量に発生した地域があるらしくて、腕の立つ冒険者達の多くは出掛けていたんです。

　別に残っていた冒険者達が皆弱いかというと全然そんな事も無いんですけどね。

　そして私達のパーティは洞窟目の前の野営キャンプ地点から調査へと向かう為の準備をしている最中でした。

　私の主な役割は荷物持ちです。

　理由は簡単で、私がこのパーティの中で一番の新参者で、尚且つ弱いから。

　それでもいつかはお祖母様の様な最強の剣聖になろうと思っています。

「おい、エリス！　早く来い。」

「弱いんだから行動くらいは早くしろ、カス野郎。」

「はい！　今行きます！」

　今の私の地位は冒険者の中でも最底辺に位置するので、罵詈雑言を吐かれたとしても反論する事すら許されません。

　この人達だって冒険者の中では落ちこぼれのなのに……まあそれでも私は構いません。

　強くなる為に必要な事なら我慢出来ると思っていますから。

　洞窟の中は僅かな光が差し込んでいるだけで、松明を片手に歩かなければ、凸凹の道な事も相まって転んでしまいそうなくらい薄暗い所でした。

　ダンジョンが近くに存在している場合、こういう洞窟には罠が仕掛けられている事があります。

　そして守護者と呼ばれる強力な魔物も。

「ここのダンジョンマスターは能無しらしいな。」

「だな、この調子なら直ぐに調査も終わりそうだ。」

　ですがそれは杞憂であったらしく、全くと言っていい程何もありませんでした。

　洞窟の中に出てくる魔物はゴブリンやスケルトン、後はゾンビくらい、駆け出しの冒険者でも余裕を持って対処出来る弱い魔物でした。

　そのおかげもあって、ダンジョン内の調査は順調に進みそうだと思っていました。

　とは言っても、それなりの数の魔物が存在していたので、私は右手に持った剣で切り捨てながら進む必要があったのですけど。

　しかし順調に進むと思っていたこの調査クエストは、突然その様子を一変させました。

　なんと、魔物が全く見受けられなくなったのです。

　それも誇張を抜きにして、一匹たりとも。

　仮に私が全くの無知で無能な冒険者ならこの事態に直面しても、喜んでいたかもしれません。

　いや、流石にこの異常事態を目の前にしては慄いたと思います。

「おい……何か様子がおかしいぞ？」

「分かってるよ、おい、エリス、前を歩け。」

「私が、ですか？」

「お前でも前方にいる敵くらいは見つけられるだろう？」

　下衆びた笑みを浮かべながら、男は私にそう言ったのです。

　それはただの口実で、一番に逃げ出したいという本音が透けて見えました。

　ですが、ここら一帯の魔物を殲滅する事が出来る様な魔物と対峙出来るなら、寧ろ望む所です。

　仮にここの近くにダンジョンの守護者が存在しているというのなら、私がそいつを乗り越えて、強くなってやります。

　ですが、その警戒も虚しく、魔物は一体も現れませんでした。

　ただ異常の中で調査を続行した事が、確実に私達のパーティを疲労させていきました。

　しかしそれは突然現れたのです、いえ、元からその暗闇の中に潜んでいたのかもしれません。

　気が付いた切っ掛けは声が聞こえてきた事でした。

「エクレアくん、そろそろここら辺にいる魔物の反応は無くなっちゃったかも。」

「そうですか……次の進化までの道のりはまだ遠いようですね。それで、こちらに向かってきている冒険者達はいつ頃になったら出会えそうなんですか？」

「あ、もうそこにいるよー。ちょっと契約してくるから待っててねー。」

　そして会話内容から、こいつらがこの洞窟の魔物を壊滅させた、新たなダンジョンマスターなのだと察しました。

「おい、エリス、行けよ。守護者を発見したらお前が倒すって意気込んでいたよな？」

　パーティに居た男の一人は私にそう言ったが、私としては既に戦意を喪失していました。

　近付くまでは気付かなかったのに、明らかにそこにいる魔物達の魔力の質が違ったのです。

　噂では魔物の中でも強者は魔力の質で感じ取れると聞いていましたが、その時にこの事を言っていたのだと気付きました。

　圧倒的な存在を前に、私は震えそうな足を抑えるのが精一杯でした。

「おい、何してるんだよ？　お前はここで時間を稼げって言ってるんだぜ？」

「私は、逃げます！！　あなた達がここに残ればいいじゃないですか！！　私は最弱なんだから！！」

　別に私はおかしな事を言っていない筈です。

　勝てないと判断して逃げるのは恥でも何でもありません。

　こんなクズ達の為に自ら犠牲になる必要もありません。

「所詮は臆病貴族の末裔って事か。」

「あ？　本当の事だろう？　落ちこぼれ貴族の分際で？ 戦争を前に逃亡した臆病貴族様の末裔さんよぉ？」

　ですが、先祖を侮辱した言葉を私は看過出来ませんでした。

　今まで堪えてきた怒りが、その言葉をきっかけに溢れ出していました。

　こんな事をしている場合ではないのは分かっているつもりですが、それでも。

「取り消しなさい、今の言葉っ！！」

「取り消さねえよ、どうせお前はここで死ぬんだからよぉ？」

「こいつの足だけ切断して、直ぐに逃げるぞ。」

「了解っす。」

　男達はそう言って、腰に差していた剣を抜き出し、私へと剣先を向けてきます。

　今の戦況は圧倒的に私に不利だという事は分かっています。

　それでも自分が生き残る為に平気で仲間を犠牲出来る様な、お祖母様の事を侮辱する様な、こんな人達には負けたくない！

「お前達は私がここで叩き斬ってやるっ！！」

　正直とても怖いです、逃げ出したいです。

　でも、お祖母様の事を侮辱したこの人達は許しません！！

「ピアシングスラストっ！！」

　この技は私の中で最強の剣技です。

　これで確実に一人を仕留めるつもりでした。

　しかし、現実は違いました。

「それだけ大口叩く前のは、無詠唱を極めてからにしろっつーの！」

　私の突きは完全に見切られていて、そのまま刺剣は弾き飛ばされた。

「死ね、落ちこぼれが。」

　そして次の瞬間、私の両足は切断され――

「ああああああああああ！！！！！！！！！」

　――痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛いっ！！！

　両足の断面から、溢れる程に血液が流れ出している。

　本当にこれだけの血液が、私の体を流れていたのだろうか？

　……ごめんなさい、お祖母様、私は何も出来ませんでした。

「お取り込み中申し訳無いんだけどさ、俺と契約して魔王軍に入らない？」

　ふと切断された足元辺りを見ると、黒い影が蠢きながら、喋っていました。

　魔王軍……？

「契約をしたら、私はまだ、生きていられるの……？」

「さ、さあ？　俺も初めてだし。でもまあ、契約しないと確実に死にそうじゃない？」

「……そこに居る人達にも勝てるようになるんですか？」

「いや、分からないけど……剣技くらいなら教えて上げようか？　自分でもどれくらい出来るのか自身無いけどね。」

　魔物の癖に、適当な事を言うこの人が気に入りません。

　自分の利益の為に平気で嘘を付くようなこういう人は。

　影の魔物が剣が使える筈がありません！！

　こんな魔物に誑かされるくらいなら、誇り高く死んだ方が――

　でも、もしかしたら――

「じゃあ、見せてください！　あなたの剣筋を！！」

「別にいいけど、そこの殺人者達でいいよね？　６秒しか保たないから見逃さないでね？　あと、その剣借りるね。」

「勝手にしてください。」

「おい、死ぬ前に何を言ってやがるんだ？」

「死ぬ前に喚いてくれた方が囮にはなりそうなんだがな。まあいい。逃げるぞ。」

「ちょっと待ってよ。折角俺が顕現したんだからさ。」

　気が付くと、私の側には美しい女性が立っていました。

「あ、ごめん、もう死んでるね。」

　そして次の瞬間、彼女は男達の後ろへと移動していました。

　次に彼女が剣を振ると、男達の肉体はサイコロ状の細切れになって、地面へと落ちていきます。

「どう？　見えなかった？　あっ、もう戻る。」

　彼女はそれだけ言って、元の影へと戻っていきます。

　正直言って訳が分かりませんでした。

　それでも確信を持って断言出来る事があります。

　この人はきっと最強の剣士なのだと、この人と契約すれば私も高みを目指せるのだろうと。

「どう？　やる気になってくれたかな？　そろそろ意識とか無くなりそうだけど……」

「あの契約の話、是非お願いします！　師匠！」

『お互いの合意により、契約が完了しました。魂の繋がりが形成されます。』

　こうして、私は最強の剣聖と契約を結ぶ事になりました。