1話 竜の威を借りてみよう
影が薄い人間、というものをご存知だろうか?
その場にいてもあまり目立たず、何の影響も及ぼさない、そう言った類いの人間の事だ。
まあ、俺がそんな人間だったかのかどうかは定かではないのだが。
どうしてこんな話題を出したのかと言うと、俺が影という存在になってしまったからだろう。
ただ、ここで言う影とは、一般的に言う光に照らされていない部分の総称ではない。
地面にへばりついている黒い何かの総称だ。
そして俺は普通の影という訳ではなく、地面や壁を自由に動き回る事が出来る特別な影だった。
どうして影なのに動けるのか、なんて聞かれても俺だって分からない。
それでも確かに、俺は自由に動く事が出来た。
まあ特別出来る事といったらそれくらいで、実体化して何かに触れるとか、瞬間移動するとか、そんな驚くような事が出来る訳では無いのだけれど。
そして現在
狼の様な形をした何かから逃げている最中だった。
何か、というあやふやな言い方になってしまったのには理由がある。
今の俺に視覚は存在しないのだ。寧ろ死角しか存在しないのだ。
それでも移動している感覚は存在するし、どういう原理なのかは分からないが、音を聞くことも出来ている。
何となくだが周りの生物の気配だって感じ取る事だって出来る。
個体ごとにその気配の大きさは違うから、保有している魔力的な何かを感じ取っているのかもしれない。まあ適当なんだけど。
そしてその魔力的な何かを、俺は俯瞰している様に感じて? 眺めていた。
今となってはその状態に慣れてきてしまって、そこまで不便には感じていない。
寧ろ目で見るよりも便利かもしれないとすら思う。
しかしそんな事は今の俺にしてみれば些細な事だった。
寧ろ問題なのは、執拗に俺の事を追いかけてくるこの狼を追い払う方法が無い事であった。
事の発端は一週間程前、つまりは俺が影として目覚めた頃、ある一匹の狼と遭遇してしまった事から始まった。
最初は妙に俺と進行方向が重なるな、程度の認識であったのだが、数時間も経つ頃にはこの狼は俺を狙って追跡してきているのだという確信へと変わっていた。
そしてそれ以来、俺はこの狼から執拗に追いかけ回されていた。
岩陰に隠れても、何故か直ぐに俺を探し出して踏みつけてくる。
天井にくっついてみても、三角ジャンプで鼻を突っ込んでクンカクンカしてくる。
俺が動くのを止めるとその上で穴を掘り出す。
そして時折、排泄物もかけてくる。
勿論、今の俺はは影なのだから実害が及ぶわけではない。だがしかし、物凄く屈辱的で不快な気分にさせられるのだ。
確かに身体は影なのだが、これでも精神的に一応は人間なのだ。
それにこんなストーカーとセクハラを繰り返しても向こうには何の得も無いのだから……これは俺への嫌がらせ以外のなにものでも筈だ。
生きる為に必要な行為ならまだしも、ただただ嫌がらせをし続けてくるなんて……絶対に許すまじ。
取り敢えず、どうにか攻撃でもしてこの狼を追い払いたい。
だが、こんな体ではどうやったって、攻撃なんて出来ないだろう。
影だから何かに触る事すらも出来ないのだから……
というか、本当にこの身体、何も出来ないな……
疲労や空腹は感じなかったとしても、何も出来なければ意味が無い。
それでも、いつか必ず俺の手で殺してやる!!
俺はそう心に固く誓った。
という事で、まず手始めにこの狼から逃亡する為、俺はある方法を考えた。
かれこれ一週間程、この糞狼にストーキングとセクハラをされ続けているのだ。
それだけの時間があれば、脳があるのか無いのか分からないこの身体でも流石にそれくらいは思いつく。
所詮は狼、俺の叡智を持ってすれば、お前なんて余裕で追い払えるのだよ。
まあ一時しのぎにしかならなさそうなんだけど……
作戦は単純、強い魔物に追い払って貰えばいいんだ。
俺は魔力の気配が他の生き物よりも大きい魔物の所へと向かっていた。
そして先程、大きな魔力を持つ生物を発見したのだ。
形状からして恐らく竜、これなら確実に狼だって追ってはこれまい。
名付けて、竜の威を借る影作戦。
竜の居場所は洞窟の奥、身体を丸めて眠っているようだった。
常識的に考えて竜は狼より強い。
というより竜より強そうな生物なんて存在しないだろう。
つまり、これなら狼は竜を恐れて追ってはこれない筈。
だがしかし、今の俺は影なのだ。
狼が入れない所でも入る事が出来るのさっ。
ということで、洞窟の奥で眠っている巨大な竜の下にシュルシュルっと潜り込んだ。
そして、何も状況は変わらないまま数時間が経過した。
少しだけ雲行きが怪しくなってきた。
どうして狼は離れていかないんだろう……?
って、竜が眠ったままだからだろうね。
竜が目覚めて追い払ってくれるとかも期待していたけど、ずっと寝てるし。
いい加減レベルアップでも神様でも何でもいい!
早くこの状況を何とかしてください!!
そんな願いも虚しく、状況は何も変わらなかった。
もしかしたら竜の中でも怠け者なのかもしれない。
このままだとずっとここで隠れている羽目になるよ……?
『……怠け者で悪かったのう。』
へ!?
俺の声が聞こえてるの!?
突然ロリ声で喋りかけられたらビックリしますよ!? ドラゴンさん!?
『こんなグータラに見えても一応、我は世界の頂点たる真竜の一角なのじゃ。お主にとやかく言われる筋合いは無いのじゃ。』
はあ、真竜ですか、聞いた事があるような無いような……
俺の記憶って凄いあやふやだから分からん!!
前世の俺は一体何をしていたのだろう?
そもそも前世とかあるのかな?
生まれつき影なのかもしれない。
『お主よ、まさかこれからずっと我の下にいる気か?』
まあそうなるかな?
図体が大きいだけあって居心地が良いし。
外に行くとそこにいる糞狼がセクハラをしてきますし。
そもそもやる事というか、やれる事が無いし。
物凄く暇なんですよー。
やる事があるなら紹介してくださいよー。
『ふむ……やる事が無いか。影の癖に随分と変わった思考をしておるのじゃな。』
そもそも影って生き物でも何でも無いしね。
変わった思考っちゃ変わった思考なのかな?
『すぐそこに空っぽのダンジョンがあるのじゃ。そこでダンジョンマスターにでもなればいいじゃろ。』
はあ、ダンジョンマスターですか。
魔王みたいな物ですかね?
うーん、でも俺って影だしダンジョンマスターになれるのかなー?
なれるんだったらやってみてもいいけれど。
まあどうせ何も出来る事は無いんだし、行ってみよっかな。
もしかしたら糞狼を追い払えるかもしれないしね。
で、場所はどこなんですか?
『そこじゃ、そこ。我の横腹近くの扉じゃ、隙間からでも入ればいいじゃろ。』
竜はそう言いながら、尻尾でちょこちょこと扉の位置を指し示す。
あ、本当だ、薄汚れた扉が洞窟に付いている。
物凄い場違い感がするよ。
こんな立地のダンジョンなんて誰も来ないんじゃ……
『お主は若い癖に考え方が卑屈じゃのう。折角ならここを街の中心にしてやろうとか、他にあるじゃろ。』
そんな説教をロリ声で喋る竜に言われたくないよ。
まあいいや。
取り敢えず入ってみよっと。
中に入っていくと、そこには大きな水晶玉が浮かんでいた。
えっと、この水晶玉に触ればいいのかな?
触るというよりはベタッとくっつく感じだけどね。
『ダンジョン権限が付与されました。スキル【帰還】を獲得しました。スキル【ダンジョンマスター】を獲得しました。』
何か声が聞こえてきた。
この世界にスキルとかあったんだ。
少しだけワクワクしてきた。
よし決めた。
折角ダンジョンマスターになったんだし、魔王軍でも作ってみようかな。
でもその前に、あの糞狼退治だ!