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クロス・オーバー  作者: サクラソウ
1章『クロス』
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8『邂逅』

 光り、爆音。弾け飛び散る土塊と、視認すら困難な超速の“魔人”。数年にわたる軍歴で培った、勘だけが相対するアリシアの唯一の対抗策だ。


「──ッ!」


 操縦桿を引き、ガトリング砲を装備して過剰重量の〈ヘラクレス〉を、シュンに比べれば鈍重に、それでも驚くほど俊敏に駆る。一直線に突っ込む“魔人”の、脚を狙った一撃を回避。動きを制動し、弾けたように方向転換するその鼻先に機銃掃射を叩きこんでたたらを踏ませる。


 その隙にバックステップで距離をとる〈ヘラクレス〉の、背中に背負ったガトリング砲が火を吹いた。二〇ミリの、軽装甲車ならばズタズタに引き裂く猛威が、“魔人”へ殺到するが、


「──もう! 当たんない!」


 刹那、光が弾けるとともに“魔人”の姿も掻き消えて、代わりに受けた地面が土煙を舞わせた。


 会敵からかれこれ十数分。この金髪の“魔人”と相対してから、ずっとこの調子だ。

 〈クアドロビートル〉の高機動をもってしても、追いつくことすら不可能な人外の超速。視認もできない移動と、弾丸をことごとく避けて見せる回避性能に、手を焼くばかりか気を抜けば逆に獲られかねない。

 さすがに、他の部隊員が交戦する“魔人”はここまで規格外ではないようだが──それだって、ロクに確認できたものではない。


 ザッと、ノイズがひどくて聞き取れない通信が、戦闘音に混じる。


『へら……す、……いだ。にげ……』


「何? 聞き取れないっ! ていうか、会話できる余裕もないわよ!」


 必死に〈ヘラクレス〉を操作しつつ、苛立ち半分に問い返すが、やはり会話は成立しない。

 電波妨害ジャミング。というより、アリシアの対する“魔人”の移動による、その余波だ。


 信じがたいことに、どうやら敵は雷か電気か、その類の術でもって高速移動を可能としているらしい。そもそも技術的に可能なのか、感電しないのかとか色々あるが。


 だが、そんな中でも、不意に計器が調子を取り戻すことがある。

 戦術データリンクの、友軍機の位置が表示された端のホロスクリーン。いっとき復活し、巨大樹林に点在する味方の位置が、数秒間だけ明らかになる。


 少し遠く。第二中隊を引き連れているはずの〈アキレウス〉の位置も。


 だが、その反応が、ふっと消えた。


「え」


 計器不良ではない。他の友軍機の位置は変わらず表示されていて、〈アキレウス〉──シュンだけが。

 信じられない思いで凝視し、瞬間、反応が遅れた。


「やば……っ」


 側面から襲い掛かる、猛烈な殺気。必死に回避しようが、もう遅い。

 食らう──。


 すんでのところで、飛来した八八ミリ徹甲弾が、反応した“魔人”をけん制する。速度が落ち、その隙に攻撃範囲の〈ヘラクレス〉が離脱。巨大樹を周回しつつ巧みに距離を取る。

 今の精密射撃は、間違いなく。


「〈ケイローン〉!」


『〈ヘラクレス〉撤退だ! 残存兵を集めて離脱する!』


 刹那つながる無線もノイズがひどいが、話す内容は聞き取れる。

 撤退の言葉に、ぎょっとした。


「でも、〈アキレウス〉……シュンが……!」


 反応をロスト。細かい状況は不明だが、どう考えてもピンチだ。助けに行かなければ。


『今、俺たちにそんな余裕はない。仮にシュンが負けたとして、そんな相手に俺らが挑んでも無駄死にだ』


 言いつつ、援護射撃で“魔人”を〈ヘラクレス〉に引き付けさせない。

 ぎり、とアリシアは歯ぎしりした。


 ああ、確かに。ジェイクが正しい。先ほど復活した僚機のブリップの数を見ても分かる。部隊はかなりの打撃を受けている。

 もちろん、その分殺してもいるだろうが──これ以上の犠牲を受け入れられる状況ではない。


 合流した僚機が弾幕を形成。次いで、煙幕を展開し“魔人”の視界を奪う。〈クアドロビートル〉を最速で走らせ、第九九〇機甲大隊は撤退を開始する。


 それでも。


「シュン……」


 通信を切った〈ヘラクレス〉の中、アリシアの視界はかすかに滲んでいた。


 *


 ──……。


 ──目を、開らく。


 紺碧の双眸が最初に捉えたのはホロスクリーンのメインモニターと、明滅する主要電源に照らされ暗いコクピット内部の機器。ついで、ようやく浮上した意識が、警告音アラートを耳に届けた。


 確か、落ちたのだったか。


 鬱蒼と茂る巨大樹と、少し茂った雑草に隠されていたとはいえ、普段ならば間違ってもすることはなかったミスだ。地形情報を失念するなど──それだけ余裕のない戦闘だったというのもある。


 痛む頭を押さえつつ、ともあれ通信を試みる。だが、


『戦術データリンクを構築できません──』


 相当深い崖らしい。『壁』消失からほんの数日。その向こうに対しては、まともに人工衛星も飛んでいないし、無線を拾える環境でもない。そもそも巨大樹に隠されて上空からは把握できないからこその陸地からの偵察なわけだし。


 連絡手段なし。嘆息し、次はスクリーンで機体状況を呼び出し確認する。左の高周波ブレードが半ばから破損。壁面に突き立て落下速度を殺したからで、付随して拡張アームそのものが曲がって使い物にならない。

 その他、脚部の損傷がひどい。衝撃は可能な限り殺したし緩衝系が和らげてくれたが、相当高度からの落下だ。動けないことはないが、無茶をするわけにもいかない損耗。何より。


「ワイヤーアンカー、か」


 珍しく、途方に暮れた声で呻くように呟いた。

 何かの破片が当たったのか、それとも衝撃で歪んだのか、ワイヤーアンカーの片方が反応しない。厳密には反応するのだが、正常に作動しない。これでは壁面を登ることもままならないだろう。


 一応、〈クアドロビートル〉には緊急時に備えて簡単な野営道具は一式用意されているが、それで救助が来るまで保つものか。そもそも、戦術データリンクに接続できない状況で、しかも敵地に救助が来るのか。


 ……これは、詰みだ。


 長く息を吐き、ざわめく心を落ち着かせる。

 どちらにせよ、だ。まずは周囲の状況を確認しなければならない。それと、ワイヤーアンカーの様子も。簡単な修理ならできないことはないし、それであっさり解決するかもしれない。


 ひとまず、コクピット内に保管してあるアサルトライフルを手に取る。連邦軍正式採用の折り畳みストックを広げて弾倉を確認。十分な重さがあると確かめてから、キャノピを開けた。


 駆動音とともに、〈クアドロビートル〉の背中中央部に設けられたそこが開口する。

 遠い空から注ぐ、かすかな太陽光に目を細めつつ周囲を見回し、刹那、驚きに見開かれた血赤の双眸と目が合った。


「ぇ──」


 か細く、高い声。


 こんな崖下でなおも凛と輝く剣を構えた少女の発する。


 〈クアドロビートル〉の光学センサは高性能で、表示されるホロスクリーンは高解像度だが、それでも高速戦闘中では詳細に見れたものではなかった。その全容が、間近で目にして確認できる。


 金糸の髪に、白磁の肌。土に汚れてなお清廉な、愕然と表情を強張らせる少女。白地に青い刺繍の装束は、どこか騎士を彷彿とさせる。

 想像していたよりも、もっとずっと人に近い。いや、むしろ──人にしか見えない。

 その、現代とは隔絶した時代を感じさせる美しさにしばし魅入られてから、状況を再認識して、シュンは手元のアサルトライフルの重みを意識する。


 五十メートルは下らない崖を転落したのだ。いくら超人的な身体能力の“魔人”とて命を落としているだろうと、大した警戒をしていなかった愚だ。

 彼我の距離は五メートルかそこら。シュンの腕なら必殺のはずだが、“魔人”相手に通用するかどうか。


 ──初速一二〇〇メートル毎秒に及ぶ八八ミリ砲弾を空中で躱した相手に、初速九〇〇メートル毎秒のアサルトライフルで?

 無理だ。普通に死ねる。


 ゆっくりと両手を上げて降参の意を示す。かすかに少女が身構え、沈黙が流れる。


 沈黙。沈黙。沈黙──。


 一向に動きのないのに、シュンが先に根を上げた。


「……言葉は、通じるか」


 ピクリと、少女の眉がつり上がる。


「言語を、解すのですね」


 ひとまず、用いる言語は同じらしい。ほっと一息つくが、少女に緊張を緩める気配はない。


「貴方は──……」


「……?」


 言いかけた少女が沈黙し、シュンは眉を顰める。

 かぶりを振り、少女は──おそらくは──最初に口にしようとしたのとは別の言葉を発した。


「ここを、登れますか?」


「今すぐには無理だ。修理次第でできるかもしれない」


「そう、ですか」


 そっちはどうだと視線で問うと、少女の瞳が吃と睨みの形になる。


「貴方に教える、その理由がありません」


 そも、親しく会話をする気はないと、そんな意思の表明された一言。だが、登る手段を持っているのなら先ほどの問いをする意味自体がない。

 つまり少女は、独力ではこの崖を登れない。判断し、一つ提案する。


「休戦を要求する」


「きゅう、せん……?」


 頷く。


「俺はこいつの修理さえできれば、ここを登ることができる。だからその間、手を出さないでほしい。その代わりに、俺はあんたを上まで連れていく」


 キャノピの淵を軽く叩きつつ言う。

 少女の表情は硬いまま、意図を、あるいは思惑をくみ取ろうとする怪訝な視線が向く。


 ……警戒されている。それも当然か。シュンはこの少女の仲間をずいぶんと殺した。反対に、シュンも少なくとも三人、殺されているのだけど。

 ひとまず仲間への悼みは隅に置き、シュンは沈痛に声を出す。


「……あんたの仲間を殺したことは謝ろう。けれど俺だって、殺されないためには仕方なかった。だから──」


「黙りなさい」


 ぴしゃりと言われて鼻白む。これは詰んだかと観念しかけるが、そうではないらしい。少女は、痛ましげに目を伏せてから、吃とにらむ視線が向く。わずかに取り繕った、血赤の瞳。


「それはいいのです。いえ、全くよくありません。許しませんし許せません。けれど、今はそんなことではなく、私は──」


 言いかけ、首を振る。それから呟くように。


「”悪魔”の甘言には乗りません。私に都合がいいばかりで、貴方に利がある話にはとても思えません」


 確かに、そう聞こえるだろう。しかし、シュンと少女はあくまで敵同士で、現状、シュンの命は少女の掌の上にあると言って間違いない。おそらく今銃を構えたところで、引き金を引く前に首をはね落されるくらいには。

 だから、これは休戦という語を使っただけの、命乞いのようなものだ。シュンの利は、自分の命が助かる道筋を得ることにあるのだが。


「……”悪魔”?」


「──」


 目を逸らされた。


 まあ、答えたくないならどうでもいい。それよりも、どう説明するかと思案に沈み──ぞわりと。

 駆け上る危機感に振り返る。〈アキレウス〉の背後、光量が少なく薄暗い崖下の、しんと静まり返った空気をかき乱す気配がある。こちらへ向かってくる、何か、巨大な。


「……っ!」


 接近し、影から這い出てきてようやく視認できた。

 短い前足をぶら下げた二足歩行の、茶と緑の斑の鱗が特徴的な、〈クアドロビートル〉に迫る巨大な──オオトカゲ。その凶暴性は、すでに十分知っている。


 ライフルを構えた。初弾を装填、射撃。

 跳ね上がる銃身を押さえ、衝撃を肩で吸収し、毎分八〇〇発にも及ぶ五・五六ミリ弾の掃射。だが、


「く──っ」


 俊敏なオオトカゲは機敏に動き回り射線から離脱。追って着弾したいくつかも、硬質な鱗に弾かれびくともしない。至近弾ならともかく、この距離でアサルトライフルでは威力が足りない。


 拙いと、表情を強張らせた瞬間。

 〈アキレウス〉を足場に、金色がすぐ横を通り抜けた。


 ダン、と装甲板が踏みつけられ、その衝撃のまま加速。一瞬で最高速度に到達した少女が、オオトカゲまでの距離を一気に駆け抜け、そして。


 すれ違いざまに、一閃。


 銀閃が煌めき、オオトカゲすら何が起こったか分からない数瞬後、遅れて斬られたと気づいた体が赤く裂け、喉元から後ろ脚までを両断されたオオトカゲが崩れ落ちる。

 一滴の返り血も浴びることなく、凛と立つ少女は剣を収めつつ、一息ついて半身で振り返った。

 血よりも紅い、ルベライトの澄んだ瞳。


「なるほど。確かに貴方にも、利はあるようですね」


 頷きつつ、めったなことでは動じないシュンも、さすがに戦慄に喉を鳴らした。


 おっかない。





血石ヘリオトロープの瞳とか言ってましたけど、調べたらちょっとイメージと違ったというか。赤色じゃないんだ、みたいな。

なので調べ直してルベライトの瞳に変更させていただきました。

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