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クロス・オーバー  作者: サクラソウ
1章『クロス』
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3『戦闘』

 数十トンに及ぶ巨躯で軽やかに、不整地の地面を疾駆する〈アキレウス〉。

 その背後、引き連れたトカゲたちが群れを成し追いすがっていた。数にして十五頭ほど。狩る者としての正しい在り方を、しかしシュンは焦ることなく冷静に見定め、機体を横に振って巨木の裏に隠れた。


 すかさずワイヤーアンカーを射出。幹に突き立て巻き取って空中に逃れたその瞬間、ちょうど追いついたトカゲの群れが木を回り込み、立ち往生する。

 獲物を見失った、明確な隙。アンカーのロックを解除し空中から躍りかかるのを、野生の嗅覚で知覚しようと、もう遅い。


「──」


 〈アキレウス〉が飛び降りたのはトカゲの群れの中心。絶妙な調整で落下の衝撃を緩和し、着地を緩衝系が受け切る。そして、たたらを踏む爬虫類めがけてシュンは背部の拡張アームを振るう。正確には、そこに取り付けられた、ギリア曰く「余分な装備」──高周波ブレードを。


 踊るように、一閃。


 けた外れの貫徹力を有する鋼鉄の刃が、立ち往生するトカゲの首を冗談のように跳ね飛ばす。遅れて噴き出す鮮血が、噴水のようにぶちまけられて血霧を形成し、雨のように降り注ぐ。力をなくし崩れ落ちる同胞の遺骸に、数頭がようやく反応した。声を上げ決死の突撃──。


「──」


 冷徹に、沈着に。

 突撃の方向を即座に見極め、最小限のバックステップ。突進を躱し、飛びずさった地点にいたトカゲを高周波ブレードの一撃で両断。ついで、正面の敵影に向かって機銃を放つ。

 弾はあまり無駄にしたくない。だから、正確に脳天だけを撃ち抜く射撃。残り、十頭たらず。それらを、シュンは最小限の動きで、時にギリアが目にすれば悲鳴を上げるような無茶な機動で屠っていく。


 ──第九九〇機甲大隊は、各地よりエース級のパイロットを集めて編成された、西部参謀本部直轄の即応精鋭部隊であり──その中でも、シュンの操縦技術は群を抜いていた。

 超近接兵装を好んで扱う蛮勇。火器の扱いにも秀でた万能性。常に周囲へ気を張り詰め、必要とあらば曲芸じみた挙動すら躊躇わない危うすぎる沈着。

 だが、それ以上に。隊内最年少でありながら、中隊長兼、大隊副長が務まるのには理由がある。


 不意に、危機感を感じてシュンは操縦桿を引いた。


 素早く離脱したその地点。光学センサの死角から現れたトカゲが大きく首を振り被り、下す。次の瞬間、咥内から放たれた業火が、一瞬にして視界を紅に染めた。


「火を吹くのか」


 奥の手なのか、一度も見なかった攻撃だ。耐熱性の低いアルミ合金が主要素材の〈クアドロビートル〉が、まともに食らえば痛手の一撃。

 落ち葉や苔に引火してチリチリと煙が上がる。奥の手だけに、吐けるのは一度きりらしい。息を切らすトカゲの隙を認め、一瞬で肉薄。高周波ブレードの一撃で真っ二つに切り裂いて、その向こうの巨大樹へワイヤーアンカーを射出した。

 巻き取り、空中でロックを解除。巧みな操作で操られた砲塔が向くのは、眼下で動けないでいるトカゲ二頭だ。


 ファイア。


 正確無比に機銃は脳天を貫き、〈アキレウス〉は着地と同時に地面を疾走する。

 ギラリと光る光学センサと高周波ブレードに、オオトカゲは一瞬たじろいだが、それでも捕食者としての矜持でもあるのか。次の瞬間には牙と詰めを鳴らして迎え撃つべく突進した。


 数度、赤が散って。


「──交戦終了」


 *


 周囲に他の敵性体はいなかったらしく、戦闘音に引き寄せられるものはなかった。そうして、何事もなかったように行軍して、日の落ちたころ。周辺の警戒は哨戒部隊に任せて、第九九〇機甲大隊は野営を張ることになったのだが。


「寒っ」


 季節は夏の終わりでまだ十分に暖かいはずだが、日光の遮られるこの森では気温が上がらず、それゆえに夜は冷え込む。身震いし、搭乗服の上から肩をさすって暖を取ろうとするアリシアの肩に、シュンはちょうど持っていた上着をかけてやる。


「……あんたって、本当におせっかいよね。それが良いところでもあるんだけど。あたしなんかいいから、自分で着なさいよ」


 ぐいと押し返された上着を、ひらりと躱しつつ、「別に」と声を出した。


「俺はそこまでじゃない。寒いなら遠慮はいらない」


「別に寒くないわよ。あたしだって……」


 言いかけ、言葉につっかえるアリシア。くしゅんと、普段の強気な態度にはそぐわない、少し可愛らしいくしゃみが聞こえた。それからそっぽを向き、羽織った上着を抱き寄せる。


「……ありがたく使わせてもらうわ」


「ああ」


 と、背後で土を踏む音がする。


「えっと」


 そして、遠慮がちに。


「イチャイチャしてるとこ悪いんだけど、中隊長以上は一回集合で」


「イチャイチャなんてしてないわよ!」


 全力で否定するアリシアに対し、ジェイクの冗談だとわかっているのでシュンはスルーして。


「なにか?」


「それは食べながら話そう。あっち、火焚いたから」


 “魔人”への警戒よりも今は獣除けが優先と判断したらしい。〈クアドロビートル〉の照明も動員して、巨大樹の森の一角はつかの間、明るく照らされていた。




 連邦の戦闘糧食レーションは、ラミネートパックに入っている。持参した中から思い思いに好きな中身を選び発熱材で加熱。開封して立ち上った香気に、シュンの正面に座るアリシアが思い切り顔をしかめた。


「レーションって、どうしてこう、味への努力が足りないのかしらね」


「努力はしてるみたいだよ。実ってないけど」


 少し躊躇いがちに、ラミネートパックの中身をかき混ぜながらジェイクが応じる。スプーンで口に運び、やはりとばかりに表情が曇った。貴重なはずの水で強引に流し込んで、ほっと一息つくジェイク。その黒目が、信じられないものを見る目で向いた。


「シュンは、よく普通に食べられるね」


「あんた、舌おかしいんじゃないの?」


 二人から言われてスプーンを止める。

 確かに、戦闘食は総じて味付けが濃いし、日持ちさせるための保存料がふんだんに使われていて臭いも厳しい。それを誤魔化すためか付け加えられたスパイスが無駄な仕事をしているせいで、もう何とも言えないことになってはいる。が。


「別に、胃に入れば何も違わない」


「違うわよ。これだけ食べてたら絶対病気になるわ」


「まあ、塩分過多だろうね。戦闘糧食だからそれでいいんだろうけど」


「よくないわよ。こんなのばっか食べさせられたら、士気に影響が出るって毎回思うもの」


「実際、下がるからね。士気」


 と、遠慮も何もなく糧食の不味さが論じられるが、シュンは何とも思わないので淡々とスプーンを動かしてスルーする。結構な速さで食べていただけに、すぐに底が見えてきたので、紺碧の視線を上げて二人を見据えた。


「それで、食事の不味さを語るために呼んだわけではないでしょう、隊長」


「あ、そうそう。もっと別に重要なこと」


 言いつつ、ジェイクの黒瞳が真剣みを帯びる。じ、と怜悧に。


「二人とも、あれ、どう思う?」


 あれ、が何なのかは、語られるまでもなく分かった。

 五十頭にも及ぶ、〈クアドロビートル〉ほどもあるオオトカゲ。奴らは、同胞がいくら屠られようと、最終的に逃げ出すことはなかった。

 シュンが相手をし、多少怯える様子を見せた十数頭も、最後には火を吐くなり突進を敢行するなりして立ち向かってきたほどだ。


「──普通の野生動物が、そんなことをすると思うか?」


「しないわね。絶対逃げるわ」


 アリシアの言い分にシュンも頷く。

 普通、野生動物というのは自身の命の保全にはかなり敏感だ。何頭も同朋が葬られて、そのうえで戦闘を継続するなど考えられない。

 まあ、あのトカゲを普通の野生動物の枠に収めるには、いささか以上に。


「個性的すぎたな」


「個性で済ますものでもないわよ」


「火吹くからね。仕組みが気になるとこだけど」


 なにか可燃性の液体を体内に貯蔵しておいて、吐き出すと同時に口に隠した火打石で火をつける。という方法ならできなくはないだろうが、機銃をあれだけ叩き込んでおいて引火しないなら可能性は低い。


 ともあれ、だ。


「おれが気にかかってるのは、普通はやらないような決死の突撃を敢行するその理由だよ」


 普通はやらない。けれどやったのなら、そこには理由がある。

 それでシュンは察した。ジェイクが何を考えているのか。


「つまり、“魔人”に調教された可能性があると?」


「そう。おれたちが会敵したのは、斥候だったんじゃないかってね」


「ちょっと待ってよ。あんなの調教できるの? 火吹くのよ?」


 さあ、とジェイクの眉が寄る。


「普通に考えて無理だろうけど、“魔人”がやったと考えればあるいは」


「──」


 真剣な顔でアリシアが押し黙る。“魔人”は未知の存在。あり得なくはないが。


「自分自身があれだけ動くことができるのに、わざわざ手間とコストをかけてあれだけのトカゲを調教する必要性が分かりませんが」


 ブリーフィングで見た映像では、“魔人”が映り込んだのは極めて短い時間で不鮮明なものだったから明言はできない。だが、搭乗者の反応速度を上回る挙動で、〈クアドロビートル〉の装甲を破壊できることができるのは確実だ。

 正直、脅威でも何でもなかったトカゲを統率する、その必然性は皆無だ。


「それよりも、“魔人”が来たから逃げてきたって考えた方がすんなりいくわよね」


「挟撃されてたら、生き残るためにはどちらかと戦わないといけないってことか……」


 顎に手を当てて考え込む姿勢のジェイク。いずれにせよ、どれだけ考えても明確な答えは得られないだろう。


 ふと、シュンは周囲に目を向ける。日が暮れ、起こした火と〈クアドロビートル〉の照明に照らされ浮かび上がる巨大樹──。

 仮にアリシアの説が正しい場合、導き出される答えが一つある。あのトカゲは、特に珍しくもなく生息している、ということだ。


「……」


 ──『壁』は神の御業なり。いつか崩れ去り、魔人が襲来する。


 その、“魔人”の住まうこの世界の半分とは、いったい何なのだろうか。





ようつべでトッカグンとか見てると、どうも今のレーションって不味くはないらしいですけどね。

でもまあ不味いんですよ。この世界では。


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