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クロス・オーバー  作者: サクラソウ
1章『クロス』
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2『巨大樹の森』

 偵察任務開始、一日目。


 第九九〇機甲大隊所属の、三十六機に及ぶ〈クアドロビートル〉は、自立歩行型補給機の随伴を加えて、予定通りの進路を進む。そのさなか。


『でかい……っすね』


 無線を通してコクピットに響く部隊員の声に、確かにとシュンはかすかに顎を引く。

 まだ夏の気配が残る、澄んで高い蒼空から降り注ぐ太陽光は、覆い重なる巨大樹の枝葉によってほとんどが遮られている。


 そう、巨大樹。


 目算で五十メートルに迫ろうかという、折れた枝一つをとっても大木のような巨大樹が、この森を構成する主要要素だ。


『けどまあ、そのおかげでこうして〈クアドロビートル〉で行軍できる。視界もどちらかというと開けてるしね』


 先頭を行くジェイクの乗機──〈ケイローン〉が言う。


 巨大樹ゆえに、木と木の間は開けており視界はそう悪くない。全長にして四メートルになる〈クアドロビートル〉が隊列を組むにも、邪魔ということはなかった。

 ちなみに頭上の枝葉が太陽光を遮るため、地面にはほとんど雑草が見られない。


『でも不気味っすね。こんな木、自重で潰れそうなもんですけど』


『そんなこと言ったら、“魔人”だって考えられないわよ』


 アリシア搭乗の〈ヘラクレス〉から、常の通り勝気な声が届く。


『ま、あたしとシュンがいれば、あんなのどうってことないと思うけど』


「ガリア整備班長から、無茶はするなと釘を刺された」


 通信越しに胸を反る気配が返った。


『あたしは直接聞いてないし、セーフよ』


『アウトだよ。勘弁してよ、毎度出撃があるたびに上からネチネチ言われるのおれなんだからさ』


『なによ隊長。それも仕事でしょ』


『仕事を増やさないでって言ってるの。〈ヘラクレス〉だけじゃなくて、〈アキレウス〉もだからね。関係ないとばかりに黙ってるけど、一番脚回りガタガタにするのお前なんだから』


 名指しで注意されて、さすがに無視するわけにもいかないので素直に「はい」と頷く。


「善処します」


『それで改善されたためしがないんだよなぁ……』


 それはまあ、手を抜けば死ぬのが戦闘というものなのだから、生き残るためには致し方ないというか。

 残業続きで疲れたサラリーマンのような、重苦しい嘆息で隊内に苦笑が流れる。厳かな偵察任務とは裏腹な弛緩した空気の中、不意にシュンは目を眇めた。


 外部の光学センサを操作。ホロスクリーンのメインモニターに、ちらりと何かの影が映る。それは、木々の影を縫いつつすさまじい速度でこちらに突進してきていて。


「左翼より敵性体の接近を確認」


『全機停止、戦闘態勢。──〈アキレウス〉、“魔人”か?』


「いえ、人型ではありません」


 一斉に停止。回頭する三十数機の〈クアドロビートル〉が向く先。

 接近する影は、群れを成しているらしい。ひしめく木々の、数少ない隙間から差し込む太陽光が、その全容を照らし出す。


 あれは。


 〈クアドロビートル〉に及ぶ巨体を、茶と緑のまだらがグロテスクな鱗で覆った。前足をかすかに上げ、前屈姿勢の二足歩行で突進する、指数本分ほどはある牙が鋭い──。


『なにあれ、トカゲ? 気持ちわる……っ』


 女性としては珍しくもない感性で、アリシアが心底嫌そうに呟いた。


 *


 積極的な戦闘は避けたいものの、明らかにこちらに向かい、殺意むき出しで群れを成す巨大なトカゲが五十ばかり。

 仕方なしとばかりに威嚇で数頭を撃ち殺すも、むしろ反骨精神を発揮してより血眼になられてはたまったものではない。


「〈ヘラクレス〉よりH-2、H-3、右から回り込んで包囲。追い込んで。あたしが仕留める」


『了解』


 入り乱れての乱戦を展開しつつ、アリシアは指示を出す。


 正面から飛び掛かる二頭を機銃掃射で返り討ちに。踏みつけ最適な位置に移動し、ちょうど指示通り追われてきた二頭の巨大トカゲを照準に収め、少女はギラリと瞳を獰猛に光らせる。


 〈クアドロビートル〉に搭載されている通常の兵装は八八ミリ滑腔砲に加え、その側面上部につけられた、鬼の角のような十二・七ミリ機銃が二挺。その他、ワイヤーアンカーや一部には発煙弾発射機が備えられている。


 だが。


 それら兵装では満足できなかったアリシアは、〈ヘラクレス〉の背部拡張アームに、さらに過剰な装備を付け加えている。


 ──二〇ミリガトリング砲。


「ファイアっ!」


 わざわざ機体を重くしてまで装備する無意味を何度も指摘されつつ、それでも捨てなかった兵装が火を吹く。毎分五四〇〇発に上る高速射撃が、圧倒的な運動エネルギーをそのまま破壊力にばら撒かれる。正面から突っ込む巨大トカゲに、それを回避する余裕はない。


 獣の嗅覚でも反応すら出来ぬ一瞬、普段ならば堅牢を誇る鱗は、防御の役目の一切を果たすことなく弾丸の雨に引き裂かれ、その下の肉を切り裂き抉り、そして引きちぎる。

 断末魔の悲鳴をとどろかせながら、巨大トカゲはものの数秒で十頭単位で蹂躙された。


 無線を通じて、やや引き気味の部隊員の声が響く。


『いつも思いますけど、オーバーキルっすよね、モーゼルク中尉』


「……だってあたし、爬虫類嫌いだし」


『私怨かよ』


 小学生の折、友達が捕まえてきたイモリだかヤモリだかにギャン泣きしたのはいい思い出。と、勘がよく、ギリギリで回避行動をとったトカゲが突っ込んできた。


 過剰な装備をつけながらも、高機動を得意とする〈クアドロビートル〉の能力を十全に発揮したステップ。するりと突進を回避し、無駄なく砲塔を向けた。

 ファイア。トカゲの横っ腹に機銃の掃射を浴びせ沈黙させる。


 これで終わりか。……いや。


「まだいるのっ?」


 ホロスクリーンの端に映った俊敏な影を認めて、舌打ち交じりにアリシアは操縦桿を引く。〈ヘラクレス〉の機体が跳び、巨大樹の影から飛び出るトカゲを寸前で回避。

 それと同時、トカゲが半ばから爆発した。肉片が飛び散り、原形もとどめないほどに爆散する。

 無線で釘が差される。


『〈ヘラクレス〉。油断はしないように』


「……わかってるわよ、隊長」


 砲弾の跳んできた方向に目をやり、唇を尖らせる。視線の先には、八八ミリ砲を長砲身に換装しただけの、通常機体。〈ケイローン〉──ジェイクの乗機だ。


 シュンとアリシア以外に、大隊内で唯一パーソナルコードを持つ、狙撃特化の大隊長。今は距離は開いていなかったが、それでも乱戦の中、正確に的を射抜く手腕は見事だ。


「──ところで隊長、残りは? 逃げたの?」


 すぐ見える範囲にトカゲはいない。さすがに恐れをなして逃げ出したかと思ったが、返ってきたのは首を振る気配だった。


『残り二十頭ほど、第二中隊が何頭か。残りは全部、〈アキレウス〉が相手してる』




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