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クロス・オーバー  作者: サクラソウ
1章『クロス』
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1『第九九〇機甲大隊』

 ジェイド・マリー連邦、西部『壁』方面基地の格納庫は、作戦前の慌ただしさで喧騒に満ちていた。

 そのただ中、予定された偵察任務における物資の確認に従事するシュン・アズール中尉は、独り粛々と端末のリストにチェックを入れていく。


 まだ十七歳の子供らしさを、それを上回る老成で上塗りしたような少年だ。飛び級を重ね早くからの戦場暮らしで精悍な体つきに、中尉の階級章が胸に光る搭乗服を纏う。黒髪に、沈着な紺碧アズールの瞳を、「シュン」と名を呼ばれて端末から上げた。


「こっちの作業は終わったわよ」


 声が聞こえて、コンテナの中から赤毛がひょっこりと顔を出した。搭乗服の胸に、シュンと同じ中尉の階級章を付けた同じ年頃の少女──アリシア・モーゼルクだ。


「そっちはどう?」


 問いに、リストを確認する。


「もう少し」


「そ。……手伝おうか?」


「必要ない」


「あんたねぇ」


 不興を買ったらしい。

 シュンよりいささか低い背丈でズカズカ歩み寄られ、翡翠の勝気な猫目が細められた。


「このあたしが手伝うって言ってるんだから、光栄に思ったらどうなの?」


 見返し、肩をすくめた。

 少し突っ張った物言いも、慣れてしまったから何とも思わない。


「手伝うようなことは残ってないし、暇なら隊長の方に行った方が効率的だ」


「あんた、いろいろ気は回るくせに鈍いわよね」


「──?」


「なんでもない」


 首を傾げるが、アリシアに説明の意思はないようだ。「とにかく手伝わせなさい」と、端末に手が伸びかけ、不意に止まった。格納庫中に響き渡る、バカでかい声が聞こえたからだ。


「オイ、そこの猪突猛進バカと火力偏重バカ!」


「げ」


 アリシアが硬直。都合の悪いものを目にして一目散に逃げだし、シュンは淡々と振り返る。

 こちらに近寄る二人の青年のうち、明るい茶髪をスポーツ刈りにした、黄金色の瞳の長身が顔をしかめた。


「オイ、火力偏重バカはどこに逃げやがった」


「どこかへ」


「どこかへ、じゃねぇよ。しっかり首輪つけとけや。お前、大隊副長だろ」


 頭を抱えるギリア・ガリアという名の青年は、シュンの所属する第九九〇機甲大隊担当の整備班長だ。つなぎの機械油がまだ新しいから、ちょうど最終整備を終えたところらしい。

 ちなみにアリシアは、その中の第三中隊長だったりする。逃げたが。


「まあいい。後であいつにも言っといてやれ。一応、いつも通りに換装してやったが、あんま無茶はすんなってな。お前もだぞ、猪突猛進バカ」


「わかりました」


「端末から顔上げて返事しろよお前。絶対ぇ分かってねぇだろ」


 言われ顔を上げ、それから向こう側に見えるそれを視界に収める。

 WT3A4〈クアドロビートル〉。連邦正式配備の主力多脚戦車で、八八ミリ滑腔砲が甲虫ビートルの角じみた。四脚は今は折りたたまれ眠りについている。


 広大な国土を持つ連邦のどこでも運用できるようにと、並外れた拡張性とカスタム性を備えた機体だから、搭乗者の好みごとにどれもが少しずつ違った調整をされていて。その中でも、はっきりと別の装備が加えられた二つの機体を確認し、シュンは頷いた。


「いつもありがとうございます」


「礼はいらねぇ。仕事だからな。ただいつも言ってるけどな、お前と火力偏重バカは余計なもん積んで重いんだから、無茶に動くと脚が吹っ飛ぶぞ」


「気を付けます」


「だから端末から顔上げろっての。……グリーベル少佐。あんたからも一言言ってやってくれよ」


 ガシガシと頭を掻きながら、恨めしそうにギリアの視線が横へ流れる。今まで、諦めたようにやり取りを眺めていた青年が、苦笑を浮かべつつ肩をすくめた。鋼色の髪に、愚直な印象を受ける黒目。


「おれが言って聞くようなら最初から言ってるよ」


「諦めないでくださいよ。あんた大隊長でしょ」


「不肖ながら、ね」


 年齢はシュンと五つ程度しか離れていないはずだが、ジェイク・グリーベルはシュンとはまた違った意味で老成の気配を醸し出す。落ち着いた、とうより、社会の波にもまれて疲れた、という風な。


 そんなんで大丈夫なのかよ、とギリアが開け放たれた格納庫の外へ視線を投げ。つられてシュンもそちらに目を向けた。

 夏終わりの高い青空。背後には連邦特有の高層ビルディングの灰色がうすぼんやりと確認できるが、正面にはそうした科学文明のかけらも見受けられない。


 森だ。


 最西端に位置するこの基地にしても二〇キロは離れたその場所の緑が、まるでそうと感じられないほどに間近に見える。ほんの数日前までは、不可視の『壁』遮られて、拝むことすらできなかった大森林──これからの偵察で赴く大地が、そこにある。




 ──『壁』が消失したのは、ほんの数日前のことだった。


 X度の経線に沿って、この惑星をぐるり縦に取り囲む、有史以前から存在すると言われた不可侵の障壁。星を二つに分かつそれを出し抜くすべを、人類はついぞ生み出すことができなかった。


 陸路でも、海路でも、空路でも、地下通路を掘ろうと、はたまた人工衛星やその他のいかな手段を用いても、『壁』の向こう側についてうかがい知ることはできない。その向こうへ干渉することができない。そういう、絶対の抑止力のようなものが、この星には存在した。


 けれど。


 何の前触れもなく『壁』が消失し、これまで想像するしかなかったこの星の、もう半分が露わになった。

 調査が始まるのに時間はかからない。連邦陸軍もまた、唯一開かれた陸路を頼りに、調査を開始した、のだが。


「第九九三機甲大隊が殲滅させられた、らしいな」


 ギリアの言葉に意識が戻される。

 シュンは淡々と訂正した。


「正確には一名を除き、です」


 もっとも、生き残った中尉も現在は危篤で話ができる状態ではないらしい。

 だから、『壁』の向こうの情報は、かろうじて帰還した〈クアドロビートル〉のミッションレコーダーに残された、粗い映像記録だけだった。


 あの映像のことはよく覚えている。視界不良の森の中、突然闇が光ったと同時、右斜め前方の僚機の脚が吹き飛び、ほとんど間を置かず主砲が暴発。破裂し粉々に砕け散る。

 被害はそれだけにとどまらず、他の味方も多くはなすすべなく葬られていた。下手に反撃したばかりに誤射して共倒れたものも数機あって。

 そして、その映像の端々に映り込んでいた奇妙な影を思い出してか、ジェイクが顔をしかめる。


「“魔人”。父が……グリーベル准将が大真面目に言ったから、ブリーフィングルームはどよめいたよ。ありえないって」


「そりゃそうでしょうよ。この高層ビルがバカスカ並ぶご時世に“魔人”って。神話の話を持ち出されても、なに言ってんだってなるだけでしょう。なんでしたっけ、壁は……」


「『壁は神の御業なり』。そして、『いつか崩れ去り、魔人が襲来する』とかいう内容だったと思う」


 信じがたいことに、『壁』消失から始まった事態は神話に類似している。無論、偶然の一致と捨ておくこともできるが──シュンの目から見ても、あの映像に映っていたのはまぎれもない人型の何かだった。


 黒瞳が向く。


「シュン──〈アキレウス〉。お前ならあれに勝てる?」


 ジェイクにパーソナルコードで呼ばれてシュンは眉を顰める。


「敵がどういったものであるか、まだ分かっていませんが」


「それは分かってるけど、あくまで現時点での所感で」


「それなら、五分かと」


 正直、あの映像だけでは人型以外の特徴を判別することは難しい。だから、単に勘での概算だが、ジェイクは肩を落とし、ギリアはぎょっとした。


「おいそれ、生還できんのか?」


 シュンはあくまで淡々と。


「任務はあくまで偵察です。敵の撃破ではありません」


「そう、か……」


 釈然としないながら、一応は頷いたギリアに対し、ジェイクは難しい表情だ。


 そう、今のシュンの言葉には多少の欺瞞がある。

 目的は偵察で、敵の撃破ではない。だから積極的な戦闘は必要がなく、逃げて帰って不都合はない。


 だが。


 先の偵察で一人を除き、文字通り全滅した第九九三機甲大隊もまた、同様の任務を与えられていたはずだったのだ。



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