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ごちそうさま。目の前には麺と具材が無くなった黒いどんぶり。うん、満足。おいしかった。
ゆっくりと食べたので、先ほど一党を組んだ人たちはもういなくなっている。私は殿になった気分でデザートのアイスクリームを頼む。うむ、くるしゅうない。よいぞよいぞ。
さて、帰りますか。お会計お願いします。
受け持った店員さんが男性なので、私は思わず口をつぐんでしまう。あのあと結局、ニンニクが入った餃子の取り皿をそのまま使ったのだ。アイスの追加は言えるけど、取り皿の追加はおひとりさまにはハードルが高い。てか取り皿頼んでる人は、赤ん坊連れてるお母さんしか思い浮かばないな。
帰ったらしっかり歯磨きしよう。
夜風に吹かれて、薄暗い路地を早歩きで進んでゆく。そういや今なら何時の電車に乗れるだろうと考えていると、前から小走りな若い女の人。
図書館で勉強してたのかな、私と同じような人もいるんだな。けど、なんで焦っているのだろう。視界に入るけど目を合わせない程度にすれ違って、
「……!」
え、私!?
思わず振り返ると、あちらも身体をひねらせていて、目がばっちり合う。
服装は違うけれど、まるで鏡を見ているようにそっくりな顔。ただ、ぼんやりとしていてなぜか印象に残らない。あくびした後の視界のような。
そんな彼女は私より先に正気に戻ったようで、踵を返しパタパタと私から離れてゆく。
『ドッペルゲンガー、目撃されたらしいよ』
…もしや、あれ?
彼女が路地を曲がるのをぼんやりと眺めていた私は、少し迷って、
「ま、待って!」
追いかけようと後をたどる。が、同じように交差点を右に進んで、さらに少し進んでみたけれど、いくつも道が分かれているみたい、というくらいしか分からない。もう日が暮れたし、土地勘もなし。
…はあ。まあそんな簡単に追跡できませんよね。もっと早く気が付けばよかったのかなーなんて。
けど、そこからどうする?ドッペルゲンガーって、本人がみたら死ぬんだよね?
私、ばっちし顔合わせたんだけど。
いやいや、多分気のせいだよね。偶然偶然。もしそっくりさんでも、あれは残りの3分の2ってことでひとつ。私はほうと息をはく。
さて、今度こそ帰りますかね。
この角を左に曲がると日常へ戻るルートへ。さっさとここからおさらばしよう。
今度友達とオムライス食べに来るときに今日のこと話そう。いや、むしろ今話した方がリアリティあるな。私はトートから携帯を取り出して文章を考える。むむむ、ドッペルゲンガーとそっくりさんどっちにした方が食いつくかな。いつにもなく考える。今日解いた課題よりも考える。
だから足音がぎりぎりまで近付くまで気づかなかった。
「「うわぁ!」」今度は角でごっつんこ。そして、お相手は…
まさかのもう一人の同じ顔。
もうなんだなんだ、今日は私のキャパ超えとんぞ。