弱小中学野球部に新監督がやってきた!
3月の下旬、午前8時。春先にしては日差しが強い。野球部とソフトボール部が使用する2面のグラウンドにはシャーベット状の雪がダッグアウトの横に少し残っている。本州の北部に位置する地域のため、1月から3月中旬にかけて積もった雪が、春になっても溶けきらないことが多い。そのため、暖かい日差しを浴びてはいるが、雪のある地面を避けながら野球の練習を行うという不思議な光景になる。暖かい地域の野球チームよりも本格的な始動が遅れる、だからこの地域は野球が弱い、仕方ないと嘆く声もよく聞こえてくる。
グラウンドは、去年改装工事が終了し真新しい電光掲示板が目立つ球場と、ずいぶん昔に河童が発見されたと噂のあった小さな沼に挟まれるようにひっそりと存在する。学校と隣接されており、周り雑木林に囲まれているのでダッグアウト付近は木陰が多く、日差しが射す日でも少しヒンヤリする気がする。
期待に満ちた表情、不安の表情、少し眠そうな顔。それぞれの表情でユニフォーム姿の中学生がグラウンドに集まってくる。
その中の縦にも横にもサイズの良い、ツリ目の男の子が期待に満ちた表情で言う。
「ついに俺たちの時代だなー。どんな監督来っかなー」
「ダテは関係ないだろうー。先輩いた時から試合出てんじゃん!」
羨ましいそうに小柄な少年が口を尖らせる。
「まあね。へへっ」
ダテと呼ばれる少年は得意げだ。
「今度の監督はなんか厳しいらしい。」
メガネをかけた色黒の少年が思い出したように言う。
「ここって昔強かった時期があるって知ってる?さほれって今日から来る監督が前に赴任してから始まったらしいよ。そんで、その監督が別の中学に移ってからまた弱くなっちゃんだと。ほら、おれの親父も監督やってたから聞いたことあってさ。まーおれは前の監督ののんびりした感じの方がいいけどね。自分のペースあんまり乱したくないし。」
メガネの少年に続き、口を開いた少年は端正な顔つきに似合わず、一息で捲したてるように自分の持っている情報を披露した。
この4人を合わせた合計8人が今の九井中学野球部だ。去年の秋、先輩方が抜けた新人野球大会は人数不足により、不戦敗。九井中学はこの20年、公式な大会の試合で勝利したことがない。そのおかげで部員は毎年減り、バスケットボール部、サッカー部が人数を増やし、今では九井中学に入学したら野球部に入らないことが暗黙の了解のようになっている。そのため、野球部の風当たりは強く、グラウンドの隣に綺麗な球場があっても使うことができないなど、待遇が悪い。去年からバスケットボール好きの校長先生が赴任したことも拍車を掛けているのかもしれない。
そろそろ練習を始める時間だが、グラウンドのダッグアウトの前には7人しか集まっていない。色黒のメガネ少年が気づき、お喋りな端正顏に声を掛ける。
「そういえばハチいなくない?一止知ってる?」